2019年12月26日

清泉女子大学の入学試験にボブ・ディランが登場

 2018年2月に行なわれた清泉女子大の入学試験・英語の問題の第4問でボブ・ディランに関する文が出題されていたことが、受験生からのタレコミで判明しました。
 超手短にまとめると「2016年に、いわゆる文学者というよりもシンガー・ソングライターであるボブ・ディランにノーベル文学賞が贈られることが発表されたことで、世界は文学とは何かという定義を新ためて考えるきっかけとなった」という内容の文を読んで8個の設問に答える形式の問題なのですが、文学に関する常識と受験に関する常識とボブに関する知識があれば特に本文を一生懸命に読まなくても全問正解出来てしまう問題でした。
 文学に関する常識とは、(1)文学が文字として表現されるようになる以前は口承だった、(2)皆を納得させることが出来るように文学を定義するのは不可能だ、(3)言葉を創造的に使うのが文学だ、ということなどです。受験に関する常識とは、(4)一般常識の範囲内に収まっている言説の文が取り上げられるので、正解もそれに則ったものとなる傾向がある、(5)主観によって解釈に幅が出るものを正解にはしにくい、ということです。以上4つの基準で各設問を見ると、

Seisen1.jpg

(a) だったら受賞しないよってことで×
(b) 従来の文学観にこだわってる人は疑問を抱いたので×
(c) (5)で×
(d) 賛否両論を巻き起こしたので○


Seisen2.jpg

(a) だったら受賞しないよってことで×
(b) (2)で○
(c) ボブ受賞時に定義を更新したようなものなので×
(d) ボブ受賞は委員会が保守的でない証拠なので×


Seisen3.jpg

(a) (2)で×
(b) (2)で×
(c) (1)で○
(d) (1)で×


Seisen4.jpg

(a) (2)で×
(b) (3)で○
(c) (2)で×
(d) 本のない昔より現代のほうが絶対に盛んなので×


Seisen5a.jpg

Seisen5b.jpg

(a) ディランに関する知識で○
(b) ディランの頭の中はわからないが、ディランの芸術活動自体が強さと勇気の連続っぽいので×
(c) 人によって最重要なものは違う。(2)の点で×
(d) 最もよくあるわけではないだろうってことで×

Seisen6.jpg

(a) マイペースで気まぐれという評判なので×
(b) マイペースで気まぐれという評判なので×
(c) 締め切りにギリギリ間に合ったので×
(d) 自伝からも判断出来る。○


Seisen7.jpg

(a) 締めはホメロスの『オデュッセイア』だったので×
(b) (5)ボブの主観は他人にはわからない。本当に1番だって述べてるわけじゃないので×
(c) 一般常識から○
(d) そんな事実知らないから×と判断


Seisen8.jpg

(a) ノーベル文学賞関連なので◯
(b) ボブの話なのにボブが出てこないのは×
(c) 今回は、音楽の話は中心でじゃないので×
(d) (b)と同じ理由で×


 本文をしっかり読んだ後も、同じ結論に達します。大学側が正解を発表しているのかどうかはわかりませんが、過去に出題された問題をまとめたいわゆる「赤本」も同じものを正解としています。

Seisen9.jpg


 このところ、英語で民間の試験を取り入れるのが中止になったり、国語、数学の記述式答案の採点が問題となったり、大学入試はそのあり方をめぐって揺れに揺れていますが、そもそも、各大学の入学試験のスケジュールは、まず新年度が始まった春の教授会で「来年の問題は●●先生が作ってください」ということが決定し、担当となった先生は夏休みの宿題として問題案を作成し、秋に行なわれる教授会の承認をもって「それでは、来年の試験はこの問題でいきたいと思います」と正式決定されるということを、噂として聞いたことがあります。
 ボブのノーベル文学賞受賞が発表となったのは2016年10月。10〜11月、ノーベル財団はしばらくボブと連絡が取れず。12月の授賞式には自分は出ず、代理人が出席。2017年4月1日、ストックホルム公演に合わせてホテルでメダル等を受け取る。しかし、賞金800万クローナ(約1億円)を受け取るためには、受賞式の後、6カ月以内に(6月10日まで)講演を行なわなければならないというルールがあり、記念講演を音声として収録したのは6月4日。6月5日、提出された講演をノーベル財団がネットで公開----今となっては懐かしさすら感じますが、手に汗握るすったもんだがありました。なので、清泉の問題を担当した先生は、6月の記念講演の公表と、それに対する世間の反応を受けた上で、その直後の夏休みに問題を作成したと考えられます。このフットワークの軽さは評価に値します。

↓『英文徹底解読 ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞スピーチ』は2016年12月に人に代読させたほうのスピーチです。17年6月のスピーチに関しても同様の本が出ることを希望します。

   
posted by Saved at 10:28| Comment(0) | Bob Dylan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月13日

マイク・ミラードと同じ方法でコンサートを録音したライヴカセットをリリース



 ザ・ナショナルというバンドがこういう面白いことをやったみたいです。

The National : To Release Live Cassette Box Set From The Greek Theatre In Berkeley, CA, On Record Store Day Black Friday
https://4ad.com/news/1005

ザ・ナショナル、ライブ演奏を収録したUS限定カセットにまつわる特別ドキュメンタリー動画を公開
http://no16.jp/news/2019/11/26/thenational
https://www.indienative.com/2019/11/1us531
https://lmusic.tokyo/news/107052
https://nme-jp.com/news/82061/


 本ブログでもファンによるコンサートの記録に関して過去にこんな記事を掲載しています。参考までに。

伝説のコンサート・テーパーの悲しい末路
http://heartofmine.seesaa.net/article/391621874.html

ボブ・ディランの非公式音源流通事情
http://heartofmine.seesaa.net/article/431755220.html

レッド・ツェッペリン《Eddie》の日の別音源発見とその公表(録音者インタビュー)
http://heartofmine.seesaa.net/article/457003862.html

グレイトフル・テーパーズ:ファンによるコンサート録音の歴史
http://heartofmine.seesaa.net/article/461500041.html

オーディエンス録音の「荒削り」な魅力
http://heartofmine.seesaa.net/article/457823896.html

コンサートの録音には猛反対だったグレイトフル・デッド
http://heartofmine.seesaa.net/article/451712660.html

あるビデオマニアの冒険(1994年2月15〜17日、小倉〜広島)
http://heartofmine.seesaa.net/article/472167804.html

   



posted by Saved at 10:32| Comment(0) | Music Industry | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月09日

あるビデオマニアの冒険(1994年2月15〜17日、小倉〜広島)

文:キャロル・C


 夫と私は1990年に日本を訪れて、この国をとても気に入ったので、1994年2月のディランの日本ツアーは再訪の良い機会だと思いました。最高の瞬間と最悪の出来事のあった旅でした。素晴らしいコンサートを楽しみ、ビデオ撮影も順調でした。しかし、5年間は何のトラブルもなかったのに、広島では初めて捕まってしまったのです。日本のプロモーターの人にです。何と、私の真後ろに座っていたのです。ショウが終わった時、私たちは会場から去る間もなく係員に取り囲まれて、「ディランのセキュリティーの責任者があんたらに話があるそうだ」と言われました。それだけは勘弁です。最悪の事態だと思いました。でも、どうにかテープを持ってその場を脱出しました。
 さらに好ましくないことに、私たちはボブ一行とたまたま同じホテルに宿泊してたのです。ツアーの追ッカケをやっててこんなことは初めてなので、ショウの後、もしくは次の日、ロビーやバーをウロウロしてれば一瞬でもボブに会えるかしらと思って興奮してたのですが、状況は一転。夫と私は一晩中、そして、翌日もボブとスタッフ全員がホテルを去るまで、部屋の中でじっとしてたのです。捕まった晩、後になって、私たちの内通者から、ディランのスタッフが、私が渡したビデオテープがダミー(万が一の時のために手元に用意しときました)だとわかって怒ってると聞いてたので、なおさらです。



 このビデオはその前の晩、2回目の小倉公演で撮影したものです。小倉では2晩とも1階席中央のなかなか良い席だったのですが、そこからだと撮影が出来ません----少なくとも見つからずには。なので、良いスポットを探すために私は2階に行ってみました。最初の晩は、2階席前方に空席がありました。次の晩にはそれより上の後方まで行かないと席は空いてませんでした。見ず知らずの、言葉も通じない人に囲まれて、ひとりで、とても緊張しながらの撮影でした。でも、やり遂げました。高過ぎる場所からなので、アングルは最高というわけではありませんが、素敵なパフォーマンスでした。
 この曲はあくまでサンプルです。そのうち完全版を発表しようと思ってます。皆で楽しめるように。少なくとも、私が持ってるものは全部そうしようと考えています。それまでは、これを楽しんでください。

 私は1989年から2004年まで80近いショウをビデオ撮影しましたが、その殆どは最近まで門外不出の状態でした。夫がトレードに伴うリスクを心配してたのです。ビデオがブートレッガーの手に渡ったり、ディランのスタッフとトラブルになったり、法律的にヤバいことになったりするのは避けたかったのです。それに、コレクター間での「力関係」や競争という問題が、事態を複雑にしてました。
 しかし、今では、非常にたくさんのマテリアルがインターネット上で自由にシェアされる状況になったので、拙宅に個人的に来てくれた人だけでなく、他のファンも楽しむことが出来るように、私のビデオを公開してもいいかなと思うようになりました。
 なので、まずは、夫が自分のDATレコーディングと同期させていた数曲から公開を始めました。イギリスのボブ・ファンに協力してもらって、映像と音の同期や編集をして、DVDのフォーマットにして音源/ビデオのトレント・サイトにアップする予定です。既に、いくつかはdimeadozenでダウンロード可能です。既にアップしてあるものに加えて、もっとたくさんのビデオをフェイスブックやYouTubeにアップしていきます。
 素敵なコンサートの思い出を皆と共有するのは素晴らしいことですが、ボブ・ディランが、あれから何年も経ってるのに、今でもなお強力なパフォーマンスを続けてるのは----一部のショウは人生最高のレベルです----もっと素晴らしいことです。残念ながら、今はもう、年に1、2度、ビデオ撮影のために自分の楽しみを犠牲にしてもいいほど、たくさんのショウを見てるわけではありません。それに、夫亡き今、昔ほど上手に出来る自信もありません。最近になって、ショウを楽しむことに100%集中するのもなかなかいいことだと思えるようになりました。ビデオカメラを持たないで手ぶらでコンサートに行っても、しばらくの間は、こういうカメラアングルだと…とか、警備はどのくらい厳しいかしらとか、この瞬間、あの瞬間を残しておきたかったなあとか、ついつい考えてしまいました。そんなふうに気を逸らされずにコンサートを楽しめるようになるのには、長い時間がかかりました。

* * * * * * * * * *


(ここから先はブログ主、Savedの感想です) つい先日、ネット上に1994年2月15日の小倉・九州厚生年金会館公演の〈The Lonesome Death Of Hattie Carroll〉の動画がフェイスブックとYouTubeに登場しました。私、このコンサート、見に行きました。音は自分で録音したので持ってますが、存在するとは思ってなかった映像版が四半世紀後に突然現れたので腰を抜かしました。そして、動画に添えられてた上記の文を読んでもっと驚愕しました。その翌日から翌々日にかけて、広島で、私のごく近くでこんなことが起こってたなんて全く知らなかったからです。この夫婦がホテルの部屋で息をひそめてた頃、私は友人数人と一緒に、ロビーやホテルの周辺で関係者やバンドのメンバーとお話をしたり(原爆ドームの見えるところで、そのセキュリティー責任者に原爆は上空で爆発したと解説)、朝、広島平和記念公園のほうに散歩に行って帰ってきたボブとちょっとだけ会ったり、なんてことをしてたのです。
 私がこの夫婦と知り合ったのは96年か97年のことで、94年の日本公演の時点では見ず知らず。彼らが来てたことや、録音とビデオ撮影もしてることは、友人になってから知りましたが、広島でこんなことがあったとは今の今まで全く知りませんでした。直接会ったのは98年1月のマディソン・スクエア・ガーデンのザ・シアター公演の時のみです。その後は疎遠になってしまっていたのですが(私だけでなく、欧米のボブ・コミュニティー全体と疎遠になってしまってたようです)、今年になってフェイスブックで、突然、奥さんから連絡があって、現状を知りました。
 彼らがビデオについては門外不出の方針であることは有名でしたが(オーディオは気前良く放出)、ネットの登場とともにファン同士の事情も変化し、残された奥さんの心境も変化して、少しずつコレクションの放出を始めたことはファンにとってはうれしい限りです。



アマゾンで売ってる怪しいアイテム↓

   
posted by Saved at 22:25| Comment(0) | Bob Dylan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月08日

トロントをふらふら

 12月にボブ・ディランのニューヨーク、ビーコン・シアター公演の一部を見に行こうと羽田から旅立ったものの、旅費をケチって直行便にせず、トロント経由にしたのが間違いのもとでした。12月1日夜はアメリカ〜カナダの東海岸北東部は雪で空のダイヤは乱れまくり。私が乗るはずだった夕方発のニューヨーク行きは何度か出発時間が遅れた後に欠航となり、代替便も翌日、翌々日のニューヨーク行きの便は予約でいっぱいで取れず、3日後の晩でないとありません(帰る日だよ)なんて状況だったので、結局、トロントで3晩過ごすことになりました。
 腐っててもしょうがないので、翌日、ダウンタウンに繰り出すことにしましたが、予定は全く入れてなかったので、トロントに関する知識は皆無。そういえば、エルモカンボ、マッシー・ホール、メイプル・リーフ・ガーデンズ、ヴァーシティー・スタジアムってトロントだったよなあって思い出して、中華街にある怪しい格安ゲストハウスにチェックインした後に、街をフラフラすることにしました。そんなに大きな都市ではないので、地下鉄で簡単に移動でき、どこも駅から歩いて行くことの出来る距離です。

エル・モカンボ・クラブ

elmocambo1.JPG


elmocambo2.JPG


 何年か前に売却とか閉鎖とか、悲しいニュースを聞いたような気がしますが、1年前くらいに再開されたようです。ローリング・ストーンズの《Love You Live》のC面に収録されている抜き打ちギグが行なわれた会場として有名です。



    


マッシー・ホール

massey1.jpg


massey2.jpg


 1953年にチャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、チャールス・ミンガス、マックス・ローチが会した会場として有名で、最近ではニール・ヤングのライヴも発売されましたが、私にとっては断然、ボブ・ディランのゴスペルツアーの映像が収録された会場です。現在改装工事中。



    


ヴァーシティー・スタジアム

varcity2.jpg


varcity1.jpg


varcity4.JPG


 1969年9月にプラスティック・オノ・バンドのデビュー公演となったトロント・ロックンロール・リヴァイヴァル・フェスティヴァルが行なわれたところです。場所は変わってないそうですが、再建の際にかなり規模が縮小された模様。スポーツの試合が行われる時以外は、グランドは保護のために白いドームに覆われています。ジョンのトロント公演に関しては、ドラマーとして参加したアラン・ホワイトがこんなことを語っています。

アラン・ホワイトとビートルズ:イエス加入前の話
http://heartofmine.seesaa.net/article/461044966.html



    


メイプル・リーフ・ガーデンズ

 ビートルズもストーンズもボブも、大物はみんなここでコンサートをやってますね。今では大学の体育館になっていて、2階がジム、3階以上がアリーナです。建物の正面はかつてのものを残していますが、内部と上は作りかえられているようです。44年前の12月にはここでローリング・サンダー・レビューのコンサートが行なわれました。

maple1.jpg


maple2.jpg










    

  





posted by Saved at 14:55| Comment(0) | 観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする