2019年12月09日

あるビデオマニアの冒険(1994年2月15〜17日、小倉〜広島)

文:キャロル・C


 夫と私は1990年に日本を訪れて、この国をとても気に入ったので、1994年2月のディランの日本ツアーは再訪の良い機会だと思いました。最高の瞬間と最悪の出来事のあった旅でした。素晴らしいコンサートを楽しみ、ビデオ撮影も順調でした。しかし、5年間は何のトラブルもなかったのに、広島では初めて捕まってしまったのです。日本のプロモーターの人にです。何と、私の真後ろに座っていたのです。ショウが終わった時、私たちは会場から去る間もなく係員に取り囲まれて、「ディランのセキュリティーの責任者があんたらに話があるそうだ」と言われました。それだけは勘弁です。最悪の事態だと思いました。でも、どうにかテープを持ってその場を脱出しました。
 さらに好ましくないことに、私たちはボブ一行とたまたま同じホテルに宿泊してたのです。ツアーの追ッカケをやっててこんなことは初めてなので、ショウの後、もしくは次の日、ロビーやバーをウロウロしてれば一瞬でもボブに会えるかしらと思って興奮してたのですが、状況は一転。夫と私は一晩中、そして、翌日もボブとスタッフ全員がホテルを去るまで、部屋の中でじっとしてたのです。捕まった晩、後になって、私たちの内通者から、ディランのスタッフが、私が渡したビデオテープがダミー(万が一の時のために手元に用意しときました)だとわかって怒ってると聞いてたので、なおさらです。



 このビデオはその前の晩、2回目の小倉公演で撮影したものです。小倉では2晩とも1階席中央のなかなか良い席だったのですが、そこからだと撮影が出来ません----少なくとも見つからずには。なので、良いスポットを探すために私は2階に行ってみました。最初の晩は、2階席前方に空席がありました。次の晩にはそれより上の後方まで行かないと席は空いてませんでした。見ず知らずの、言葉も通じない人に囲まれて、ひとりで、とても緊張しながらの撮影でした。でも、やり遂げました。高過ぎる場所からなので、アングルは最高というわけではありませんが、素敵なパフォーマンスでした。
 この曲はあくまでサンプルです。そのうち完全版を発表しようと思ってます。皆で楽しめるように。少なくとも、私が持ってるものは全部そうしようと考えています。それまでは、これを楽しんでください。

 私は1989年から2004年まで80近いショウをビデオ撮影しましたが、その殆どは最近まで門外不出の状態でした。夫がトレードに伴うリスクを心配してたのです。ビデオがブートレッガーの手に渡ったり、ディランのスタッフとトラブルになったり、法律的にヤバいことになったりするのは避けたかったのです。それに、コレクター間での「力関係」や競争という問題が、事態を複雑にしてました。
 しかし、今では、非常にたくさんのマテリアルがインターネット上で自由にシェアされる状況になったので、拙宅に個人的に来てくれた人だけでなく、他のファンも楽しむことが出来るように、私のビデオを公開してもいいかなと思うようになりました。
 なので、まずは、夫が自分のDATレコーディングと同期させていた数曲から公開を始めました。イギリスのボブ・ファンに協力してもらって、映像と音の同期や編集をして、DVDのフォーマットにして音源/ビデオのトレント・サイトにアップする予定です。既に、いくつかはdimeadozenでダウンロード可能です。既にアップしてあるものに加えて、もっとたくさんのビデオをフェイスブックやYouTubeにアップしていきます。
 素敵なコンサートの思い出を皆と共有するのは素晴らしいことですが、ボブ・ディランが、あれから何年も経ってるのに、今でもなお強力なパフォーマンスを続けてるのは----一部のショウは人生最高のレベルです----もっと素晴らしいことです。残念ながら、今はもう、年に1、2度、ビデオ撮影のために自分の楽しみを犠牲にしてもいいほど、たくさんのショウを見てるわけではありません。それに、夫亡き今、昔ほど上手に出来る自信もありません。最近になって、ショウを楽しむことに100%集中するのもなかなかいいことだと思えるようになりました。ビデオカメラを持たないで手ぶらでコンサートに行っても、しばらくの間は、こういうカメラアングルだと…とか、警備はどのくらい厳しいかしらとか、この瞬間、あの瞬間を残しておきたかったなあとか、ついつい考えてしまいました。そんなふうに気を逸らされずにコンサートを楽しめるようになるのには、長い時間がかかりました。

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(ここから先はブログ主、Savedの感想です) つい先日、ネット上に1994年2月15日の小倉・九州厚生年金会館公演の〈The Lonesome Death Of Hattie Carroll〉の動画がフェイスブックとYouTubeに登場しました。私、このコンサート、見に行きました。音は自分で録音したので持ってますが、存在するとは思ってなかった映像版が四半世紀後に突然現れたので腰を抜かしました。そして、動画に添えられてた上記の文を読んでもっと驚愕しました。その翌日から翌々日にかけて、広島で、私のごく近くでこんなことが起こってたなんて全く知らなかったからです。この夫婦がホテルの部屋で息をひそめてた頃、私は友人数人と一緒に、ロビーやホテルの周辺で関係者やバンドのメンバーとお話をしたり(原爆ドームの見えるところで、そのセキュリティー責任者に原爆は上空で爆発したと解説)、朝、広島平和記念公園のほうに散歩に行って帰ってきたボブとちょっとだけ会ったり、なんてことをしてたのです。
 私がこの夫婦と知り合ったのは96年か97年のことで、94年の日本公演の時点では見ず知らず。彼らが来てたことや、録音とビデオ撮影もしてることは、友人になってから知りましたが、広島でこんなことがあったとは今の今まで全く知りませんでした。直接会ったのは98年1月のマディソン・スクエア・ガーデンのザ・シアター公演の時のみです。その後は疎遠になってしまっていたのですが(私だけでなく、欧米のボブ・コミュニティー全体と疎遠になってしまってたようです)、今年になってフェイスブックで、突然、奥さんから連絡があって、現状を知りました。
 彼らがビデオについては門外不出の方針であることは有名でしたが(オーディオは気前良く放出)、ネットの登場とともにファン同士の事情も変化し、残された奥さんの心境も変化して、少しずつコレクションの放出を始めたことはファンにとってはうれしい限りです。



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posted by Saved at 22:25| Comment(0) | Bob Dylan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする