2023年11月28日

日本公演ブートレッグ小史

 1978年2月28日、3月1日の公演が正式に録音されたテープからレコードが発売されるなんて、21世紀も捨てたもんじゃありません。(似たようなリリースがあるたびにそう思います)
 初来日公演は、フルートぴろぴろのアレンジがロックファン一般に気に入られなかったか、年越し前に正式なライヴ・アルバムがリリースされたためか、いろんな理由があったと思うのですが、アナログ時代には日本公演のブートレッグは皆無でした。西新宿にあったあのKINNIEもボブのブートは作りませんでした。海外では3月のオーストラリア公演、6月のロス公演、6〜7月のヨーロッパ公演が、その思い出が消えないうちにいくつもリリースされているんですけどね。
 日本公演からは、ただ、2/28の〈Reposession Blues〉のみ、1983年にリリースされた《Nearer To The Fire》と、1985年にリリースされた《Don't Sing Twice》に収録されていました。この1曲だけです。

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 ボブ評論家のクリントン・ヘイリンが1989年に自費出版したブート音源本『To Live Outside The Law. A Guide To Bob Dylan Bootlegs』でも、この音源の前はランダウン・スタジオでのリハーサル、後は3月のアデレード公演です。海賊盤業界からは78年日本公演はほぼ無視されていました。

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 CDブートレッグ時代になってその風向きを変えたのが、1995年(?)にリリースされた《Far East Tour 1978》でした。これは2月24日大阪公演を収録したものです。しかも、最初から最後まで全曲収録している(アナログ時代のレコーディングなので、多少カットはありますが)という点でも画期的なアルバムでした。



 これ以後は、武道館公演を含め、いちいちフォローするのが嫌になるほどいろいろリリースされました(もはや把握していません)。

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 1990年台半ばにDAT時代が到来すると、昔のカセットテープ音源をデジタル・リマスターするという作業も行なわれ始め(録音者本人が自分が持ってるマスターから行なう場合が多かった)、《Far East Tour 1978》もそうして出回った音源のひとつでした。それまで定説だった大阪1日目の曲目には含まれていなかった〈To Ramona〉が含まれていたので、全世界のファンが驚愕! 同時期に、78年7月のパリ公演も、オープンリール・テープ(使用した機材はUHER 4200+MKE2002)からDATにコピーされたものが出回り始め(同じ人物が録音したブラックブッシュ、ロッテルダムも)、1978年ツアーが再評価されるようになりました。



 2014年8月に伝説のテーパー、マイク・ミラードが録音した1978年6月ロサンゼルス連続公演が、突然、インターネットの音源交換サイトに登場したのも(このブログのこの記事を参照のこと)、これまでに何度かあった'78ツアー再評価の波のひとつでした。
 今回発売された『コンプリート武道館』のブックレットにには、菅野ヘッケルさんが6月7日にユニヴァーサル・アンフィシアターのバックステージで撮影したボブの写真が掲載されていますが、その日、客席にはマイク・ミラードが録音機材を持って控えていたというのも、クスッと笑える運命のひとひねりだと思います。



コンプリート武道館 (8LPエディション) (特典なし) [Analog] - ボブ・ディラン
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コンプリート武道館 (4CDエディション) (特典なし) - ボブ・ディラン
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アナザー武道館 (2LPエディション) (特典なし) [Analog] - ボブ・ディラン
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ボブ・ディラン完全版 - 和久井 光司
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2023年11月19日

ボブ・ディランと一緒に来日した水産加工業者

 1978年のボブ・ディランの初来日公演を収めた『コンプリート武道館』が全世界で大絶賛されている今日この頃ですが(グラミー箱物行政部門に最低でもノミネートはされるでしょう。最優秀賞を獲得して欲しいです)、このページでは面白トリビアを紹介したいと思います。(文中の[ ]は私が付けた註です)

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 ボブの幼馴染で、ローリング・サンダー・レビューのプロデューサーを務めたルイ・ケンプも初来日に同行してました。羽田空港での写真の画面一番左のサングラスにもみあげ&口髭のおじさんがルイです。ルイは2019年に出版した回想録『Dylan And Me』の中で、'78年の日本公演中の出来事をこう綴ってます:

 1978年にボビーは初の日本ツアーを行ない、オレもそれに誘ってくれた。日本とはたくさんのビジネスを行なってるので、ボビーと旅をしながら取引先の人と会う良い機会だと思った。
 東京の空港では興奮したシーンに出迎えられた。マスコミが大量に押しかけ、イナゴのようにボビーに飛びかかった。
 ゲイリーと警備スタッフとオレはボビーを取り囲んで守った。その日、少し後に行なわれた記者会見では、ボビーは古典的なディランだった。意味の分かりにくい、笑える、鈍い言葉に終始してたが、日本のマスコミは全ての言葉に真剣に耳を傾けていた。
 ボビーのツアー初日のコンサートは日本武道館で行なわれ、その後で、ソニーがマキシム・ド・パリという美しいレストランでボビーのためにパーティーを開いた。ビュッフェのテーブルには何ボウルものキャビアや装飾的なスタイルの寿司が大量に用意されていた。日本の実業界や芸能界の上層部の人間が招待されていて、皆、正装だったが、ボビーとオレは、もちろん、ブルー・ジーンズにレザー・ジャケットだった。その晩のある時、とても立派な感じの日本人男性がやって来た。スーツは高級で、英語もとても上手だった。その人はボビーと握手をして、お会いできて光栄です、日本に演奏しに来てくれたのは日本人にとっても名誉なことですと言った。そう言われて嬉しく思ったボビーは、彼に感謝の言葉を言い、名前を尋ねた。
 男はニッコリして、背筋を伸ばし、胸のところのホコリをフッと吹き飛ばしてから言った。
 「私は盛田昭夫と申します。ソニー・コーポレーションの創業者です」
 ボビーはもう1度、彼にお礼の言葉を述べ、彼の成功を褒め称えた。ミスター盛田は笑顔で敬意の会釈をすると、さっさと暇乞いをした。ボビーとオレは互いを見て、驚きの表情を交換した。


 2/20には地震があって都心部もやや大きめに揺れたようなのです:

 オレたちの宿泊先は東京の中心部にあるホテル・ニュー・オータニだった。とても立派な建物だった。上層階にあるオレたちの部屋からは、眼前に広がる都会全体が見えた。2日目の晩には、ボビーの当時のマネージャーのジェリー・ワイントローブと、外にディナーを食べに行こうという計画を立てた。ジェリーはロスのエンタメ業界の超大物で、エルヴィスやジョン・デンヴァー、フランク・シナトラ、ニール・ダイアモンドの記録破りのコンサートをプロデュースしただけでなく、キンキーのマネージャーを15分間務めたこともあった。『ベスト・キッド』『ダイナー』『オーシャンズ・イレヴン』といった映画のプロデューサーとしても成功していた。
 ボビーの部屋の隣のゲイリーの部屋で8時に会おうとジェリーに伝えておいたので、少し早めにそこに行って、窓からの景色を楽しみながら、ボビーの到着を待った。オレたちがノンビリ、くだらない雑談に興じてると、突然、大地震が起こったのだ。[2月20日午後1時36分、東京は震度3]
 建物は大きく揺れた。
 オレたちの胃袋もだ。
 オレは建物全体がいつ崩壊することになってもおかしくないと思いながら、窓の下枠をしっかり掴んだ。ゲイリーとオレは、地震の際の適切な行動に関する同じ記事を読んでたに違いない。ふたりともアーチ型の出入り口のところに急いで避難したからだ。ジェリーは半狂乱になって、叫び声を上げながら廊下を走り回っていた。永遠の長さに感じられた時間の後(実際は、たぶん、30秒ほどだっただろう)、揺れは止み、オレたちはまだ生きていた。
 ジェリーは部屋に戻って来て、落ち着きを取り戻して言った。
 「生まれてこのかた懸命に働いて、大きな成功を収めてきた。東京でボビーと一緒に地震で死ねたらラッキーだったんだけどな。『ロサンゼルス・タイムズ』の「ボブ・ディランとその一行、東京の地震で死亡」って見出しが目に浮かぶなあ」
 10分後、ボビーがやって来た。こいつはずっとピアノを弾いていて、ボブの世界に深く入り込み、地震には全く気づいていなかった。
 ジェリーは2015年にこの世を去った。『ロサンゼルス・タイムズ』の第1面で彼の死亡記事を見た時に、オレは思った:見出しに自分の名前が載るっていう願いが叶ったじゃないか。ボブ・ディランとは一言も書いてなかったけどさ。


 「日本とはたくさんのビジネスを行なってるので…」というのは、水産加工ビジネスのことを言ってます。ルイの家業はアメリカ五大湖のひとつ、スペリオル湖で獲れる魚の加工だったのですが、ルイの代ではアラスカにも進出しました(ラストワルツの時にはコンサート前のディナー用にアラスカ産サーモンを130kg以上提供----ただし、ボブのシーンの撮影の邪魔をしたのもルイ!)。彼が世に出した商品が「Crab Delights」というカニかまぼこで、その開発には日本の業者も深く関わっていました。カニはどんなに美味しく感じても、ユダヤ教の戒律では食べてはいけないものの1つなのですが、実際にカニは使ってないカニかまぼこならOKです。当時のヘルシー・ブームが追い風となって、「Crab Delights」は全米で大ヒットしました。

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 オレは日本のすり身という手法を使ってタラバガニのイミテーション[カニかまぼこ]を製造する会社をダルースで始めた。何度も日本に行くうちにそれを知り、アメリカにもその市場があるのではないかと思ったのだが、オレの予想は正しかった。シーフード・サラダ、カリフォルニア・ロール等の料理のメインの食材として、この製品はアメリカで大人気となったのだ。オレは日本の機械メーカーと契約して製造機を購入し、技術者をダルースに派遣して、こっちのスタッフをトレーニングしてくれるということで話がまとまった。オレは操業を行なうために、ウェスト・ダルースにある6万立方メートルの大きさのコンクリートのビルを購入した。ここは元はスタンダード石油の流通センター兼オフィスだったのだが、ボビーの親父さん、エイブ・ズィママンはダルースに住んでた頃はここで働いていた。
 このオフィスは実際に、ディラン伝説の中にも含まれている。話によると、ボビーは3歳の時に、ここで初めて人を前にしたパフォーマンスを行なったらしい。親父さんの机の上に立って、ディクタフォンに向かって。このビルを購入する書類にサインした時には、カニかまぼこを製造する予定のところが、ボブ・ディランが初めてレコーディングを行なった場所だとは、思いもよらなかった。 
 カニかまぼこの製造が大成功したのは、その20年ほど前に、オレが親父から水産ビジネスの手解きを受けてた時にもらったアドバイスに従ったおかげだ。
 「息子よ」と親父は言った。「経営には2通りのやり方がある。出来る限り最高品質のものを製造するように努めるか、もしくは、安売り業者になるかだ。2番目のものは、価格をライバルよりも下げることなのだが、それでは長期的にはうまく行かない。自分より早く引き金を引くことの出来る奴、自分より美人の女の子、自分より値段の安い奴はいつでもいるものだ。品質こそ、長期に渡ってビジネスを維持する唯一の方法なのだ」
 オレはこのこと念頭に置いてクラブ・ディライツの製品を開発した。高品質のポラック[鱈科の食用魚]と他の食材のみを使用し、水は最小限しか使わない。常に新鮮さを保ち、おいしく見えるように、冷凍ケースに入れて売った。こうした高品質の製品は販売店にも消費者にも受けが良かったのだが、ホットドッグ最王手のオスカー・メイヤー・カンパニーからも気に入られたのは予想外だった。この会社は、常々、シーフード・ビジネスに参入したいと思ってたのだが、高品質の冷凍食品しか眼中になかった。エイブ・ケンプが約束した通り、高品質の製品を作ってれば、客のほうからやって来るのだ。


 取引のあった日本の業者の社名等は回想録には出てきませんが、この分野のビジネスに詳しくてお心当たりのある方、是非とも面白い話をお聞かせくださいませ。
 数年前にルイが出版した『Dylan And Me』は、出た年のうちに自分用に日本語に訳してこのようにkindle化してあるのですが、紙の本にすることに興味のある方、いらっしゃったら連絡をください。楽しい話満載なんですけどね。

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Dylan & Me: 50 Years Of Adventures (English Edition) - Kemp, Louie, Friedman, Kinky
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【Amazon.co.jp限定】コンプリート武道館 (4CDエディション) (トートバッグ付) - ボブ・ディラン
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コンプリート武道館 (8LPエディション) (特典なし) [Analog] - ボブ・ディラン
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