2011年02月22日

ハーヴィー・マンデル グラミー2011を語る

[ハロルド・レピドゥス @ Dylan Examiner による電話インタビュー]

 2月13日(日)の晩に行なわれたグラミー授賞式にボブ・ディランが登場した際、普段のバンドメイトであるスチュ・キンボール、ドニー・ヘロン、トニー・ガーニエもアヴェット・ブラザーズとマムフォード&サンズに加わって、アコースティック・ヴァージョンの「マギーズ・ファーム」を演奏した。ジョージ・リセリとチャーリー・セクストンの姿は見えなかったが、そのかわりにいたのがハーヴィー・“ザ・スネイク”・マンデルだった。



 マンデルの活動歴はディランと同じくらい長く、1966年にチャーリー・マッスルホワイトのバンドに加わり、その後、キャンド・ヒート(「レッツ・ワーク・トゥゲザー」が有名)やジョン・メイオール、バリー・ゴールドバーグ、ローリング・ストーンズ(『ブラック・アンド・ブルー』に参加)等とも演奏活動を行なってきた。
 「土曜日の朝(グラミー受賞式の前日)に電話があって、その日のうちにロサンゼルスに飛んだんだ。」マンデルは電話でこう語った。「連絡が来たのは本当にあの日の朝だった。とても興奮したよ。テレビで見ているよりずっと良かったね。」
 マンデルはこんなことを聞いたらしい。しかも、人づてに。「理由は分からないんだけど、ボブが“もうひとり必要だ。”って言い出したらしいんだ。」その後、マンデルの名前が出て来たので、ディランのスタッフはハーヴィー・“ザ・スネイク”と連絡を取ろうと頑張った。
 「オレが知ってるのはそこまでだ。彼等はオレのウェブサイトからコレボレーターのひとりは捕まえたものの、オレはコロラドにいたから連絡の取りようがなかったんだ。でも、メッセージを残しておいてくれたんで、オレはそれを聞いたってわけさ。ボブ・ディランのスタッフがオレに知らせたかったのは、ボブがグラミーで「マギーズ・ファーム」を演奏するので、オレも一緒にプレイしてもらいだがっているということだった。次の連絡? そんなもんが来る頃には、オレはロスに向かう飛行機の中にいたよ。全てはもう動き始めいてたのさ。」
 ディランとマンデルのコラボレーションはこの時が初めてだった。「ふたりとも同じ人脈の中を行き来してたんだけど、今までに一緒に演奏したことはないんだよね。バリー・ゴールドバーグとは一緒にコンサートをやってるんだけど、彼はディランとプレイしたことあったよね。オレは今、キャンド・ヒートにいるんだけど、彼等もディランと知り合いだろ。ジョン・メイオールともローリング・ストーンズともプレイしたことがある。会ったことはあるから、ディランはオレのことを知ってたよ。でも、一緒にプレイする機会は全然なかったんだ。だから、連絡があってびっくりしたよ。でも、こういうことって時々あるんだよな。」
 マンデルがロサンゼルスに到着するやいなや仕事が待っていた。「リハーサルっていうよりも通し稽古だった。テレビで放送されたものは、通し稽古でやったものと同じさ。プロデューサーやつまみを回してる人がいたこと以外はね。2分で終わり。延長は一切なし。」
 ボブが「マギーズ・ファーム」を歌うことをマンデルは最初から知っていた。ちなみにこの曲にはコードが3つしかない。
 「シンプルな曲ってことは知ってたよ。着いた時に、キーはレコードと同じでGなのかと訊いたら、スチュかトニーのどちらかから“いや、Eだ。”って言われた。」
 マンデルはパフォーマンスの後にボブと話すことは出来なかったが、ボブから満足の意は伝わってきたらしい。「機材の片付けをしている時に、オレに手を振ってくれたんだ。それから、“いい表情”もしてくれたよ。でも、オレの片付けが済む頃には、ボブはもう会場を後にしてしまっていたと思う。でも、望み通りのプレイをしてくれて満足した、っていうバイブレーションは伝えてくれたんだ。」
 マンデルはホテルの部屋で再放送を見た。「エキサイティングだったよ。100万人くらいから電話がかかってきたし、メールの数も半端でなかった。ここ数年間では、これほどの量の反響が届いた仕事はなかったね。」
 「グラミーでプレイ出来たのは名誉なことさ。オレがいなきゃいけない理由なんて全然なかったのにね。ボブと演奏出来たらなって、ずっと思ってはいたよ。これが縁で、30人の側近のひとりってことじゃなくて、もっと本格的にプレイすることが出来ればいいなあ。」
 マンデルはローリング・ストーンズのアルバム『ブラック・アンド・ブルー』の「ホット・スタッフ」「メモリー・モーテル」でリード・ギターを弾いているが、グラミーの会場にいる時にはミック・ジャガーに挨拶する機会もなかった。
 「残念ながら出来なかったね。ステイプルズ・センターの中は変だった。見た目よりもはるかに大きくて、楽屋は何百室もあるし、皆がボディーガードに囲まれている。たまたま会った人にしか会えない状態だった。ボブ用には秘密のドレッシング・ルームがあって、それは他の人たちのものよりもさらに奥のほうにあった。スタッフにエスコートされないと入れなかった。」
 今回の体験によってマンデルは、1975年にストーンズのレコーディング・セッションに招かれた時のことを思い出した。
 「自宅にいたら、真夜中にミック・ジャガーから電話があったんだ。最初は誰かのいたずらかと思ったんだけど、しばらくして本物だってわかったんだ。“明日ドイツに来て欲しい。”って言われたので、次の日にはドイツに向かってたよ。ボブも同じだった。最初は誰かがオレを騙そうとしてるのかと思ったけど、ちょっと調べて本物だと分かったら、ただちに善は急げ状態さ。」
 最後に、聞かなければいけない大きな質問がこれだ----ハーヴィー・マンデルはボブ・ディランのバンドの新ギタリストなのか? それとも、グラミーは今回1回限りのギグだったのか?
 「今のところは、今回1回限りだ。既にスケジュールが埋まっちゃってるからね。キャンド・ヒートとのツアーが6月から始まるんだ。このバンドは寒いのが嫌いだいから、暖かい時にしか活動しないし。」

ハーヴィー・マンデルのオフィシャルHP:
http://www.harveymandel.com/

Original copyrighted article by Harold Lepidus, available for viewing on Bob Dylan Examiner. Reprinted by permission

元記事はこちら:
http://www.examiner.com/bob-dylan-in-national/interview-with-harvey-the-sanke-mandel-bob-dylan-s-grammy-guitarist#ixzz1ET9tQu7B


  
posted by Saved at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Bob Dylan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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