2011年04月11日

ミッキー・ハート教育を語る

 グレイトフル・デッドのミッキー・ハートが教育について語っている面白い記事を発見しました。文中に登場する『The Music Never Stopped』は音楽療法に関する映画で、3月に行なわれたFURTHURニューヨーク公演の際、Best Buy Theater前で試写会のチラシが配られていました。日本で公開されるのかどうか今のところ分かりませんが、脳神経学者オリヴァー・サックスによる原作「最後のヒッピー」は『火星の人類学者』の中で読むことが出来ます。サウンドトラック盤にはグレイトフル・デッドの「Rippe」、1971年2月24日の「Sugar Magnolia」、ボブ・ディランの「I Threw It All Away」等が収録されています。



映画『The Music Never Stopped』公式サイト:
http://themusicneverstopped-movie.com/

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『ミッキー・ハート教育を語る』

著者:ミッキー・ハート
グレイトフル・デッドのドラマー
Institute for Music and Neurologic Function委員

 我が国の子供の教育方法を再考する必要があると警鐘を鳴らす政治家達のドラム・ビートは、私の耳には音楽のように聞こえる。しかし、理科(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Math)ばかりに焦点をあてる傾向のあるこの議論のリズムには、ビートがひとつ欠けている。STEMに足りないのは芸術(Art)の「A」だ。
 私自身、どのようにしてこうしたものを学んだかというと…はっきり言って、とても苦労した。高校時代は理科は嫌いだった。技術? 工学? 数学? オレにこんなもの必要なわけねえだろ!とすら思っていた。音楽が理科と技術と工学と数学がひとつにまとまったものであるということを、殆ど分かっていなかったのだ。こうしたスキルが自分の味方、新しい道具になったのは、私が自分の夢を実現し始めた時のことだった。
 音楽について勉強すればするほど、自然界のリズム・パターンやドラムのバイブレーションと宇宙の形状の間にある関係を、ますます認識するに至った。旧友ビル・グレアムがコンサートのチケットを「再利用」して、バンドにギャラを実際の半分しか払ってくれなかった時、私は数の数え方を学んだ。これが数学の授業だった。グレイトフル・デッドがオーディエンスに音楽を届けるための高品位の音響システムを必要としていた時、私はエレクトロニクスやスピーカーのデザインについて勉強した。これが工学の授業だった。デッドヘッズが私達の演奏を録音して、それを世界中に広めるようになった時、私はコンピューター・ネットワークについて学んだ。これが技術の授業だった。
 かつて理科や数学が嫌いな高校生だった私が、今では、ノーベル賞を受賞した天文学者ジョージ・スムートとコラボして、宇宙形成時の勇壮なイベント----ビッグバンから銀河、恒星、惑星まで----から音楽を作る方法に取り組んでいる。
 私はまた、神経学者のオリヴァー・サックスとも手を組んだ。新作映画『The Music Never Stopped』で描かれているように、損傷を受けた精神を目覚めさせることにおいて音楽とリズムが大きな役割を果たしうることを、彼は私に教えてくれた。損傷を受けた神経の通路はバイブレーションによって再びつながるようになるので、音楽療法には理学療法と同様に人を治す力があるということを、現代科学は私達に教えてくれる。
 脳には、人間のあらゆる活動に先んじて、音楽やイノベーションや創造性といったものがプログラムされていることも、神経学者達は教えてくれた。歴史家や人類学者の知るところとなっている文化の中で、音楽と舞踏を持たないものは知られていない。芸術は洞察に必要なものであり、芸術こそが私達を人間たらしめているのである。芸術や音楽から得るエネルギーが、ひらめき(インスピレーション)を発明(インヴェンション)へと変えるのだ。これによって、発明家が以前には思いもしなかったことを夢に見て、産業と良い報酬の仕事を生み出すことが可能となる。
 私は美術か音楽の授業をただスケジュールに加えればよいと言っているのではない。芸術科目をSTEMと同等の主要な変数にしようと言っているのだ。芸術は創造性を刺激し、好奇心や発見を少しずつもたらすものである。好奇心や発見がないと、学習行為は丸暗記になってしまうことが多い。子供達に上手に暗記する方法を教えるかわりに、自分の力で考えて、イマジネーションを用いることを教えたほうがいいだろう。子供達が将来、知識経済という世界経済の中で競争することになるのだとしても、彼等の頭の中を事実以上のことで満たしてあげる必要がある。オバマ大統領の言葉を借りると、世界の他の地域よりも「もっと革新する」「もっと教育する」ために必要なものとは創造的思考なのだ。教室で教えられることを覚え、それを新しいものを作り出す時に使うことで、教育と革新を結びつけるのが、創造性なのである。
 教室で芸術を教えることは創造性に拍車をかけるだけでなく、学習行為をも刺激する。我が国の科学教育の状況を心配する機関のうち、こうした考えを抱くようになってきているところが増えている。例えば、全米科学アカデミーは、サイエンス&エンタテインメント・エクスチェンジを通じて芸術家のコミュニティーにまで手を伸ばしている。この組織は、スクリーン上で科学--及び科学者--をより正確に説明するために、科学者と映画制作者を結びつけるものである。この組織はまた、学習行為を刺激するツールを開発するために、教師とエンタテインメント業界で活躍するクリエイター(この中にはビデオゲームのデザイナーも含まれる)との協力も促している。
 美術や芸術は、ワシントンで予算のハサミの刃が研がれる時には、たいてい最初にカットされるものなのだが、オバマ大統領はアメリカ国立科学財団の予算の13%増を提案している。この組織は、芸術に基づく学習推進運動等の「非公式的」な科学教育プロジェクトに資金を提供するプログラムを持っている。科学の教育に芸術を用いること、もしくは、博物館等の教室外で科学を教えることは、非公式とは言え、推理力や問題解決能力を高める実用中心、調査中心の学習行為なのだ。
 大切なのは、芸術は誰もが知る最も偉大な頭脳や才能の持ち主にも影響を与えるほど重要なものだということである。アルバート・アインシュタインは、物理学者でなかったら恐らく音楽家になっていただろうと発言している。「理論を考えている時には、音楽が助けになっているようです」という彼の奥さんの報告もある。また、アインシュタインはこうも言っていた:「私はよく音楽の中で考えています。音楽の中で白日夢を見ます。私は音楽の観点から自分の人生を見ています。…私は人生の喜びの殆どを音楽から得ています。」

Original copyrighted article "There's Fire On The Mountain" @ The Huffington Post by Mickey Hart. Reprinted by permission.
http://www.huffingtonpost.com/mickey-hart/theres-a-fire-on-the-moun_b_839285.html

  


posted by Saved at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Grateful Dead | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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