2011年08月07日

1992年1〜2月頃のレコーディング活動に関する新データか?

 Examiner.comという大ブログ群の中のボブ・ディランの専門ページ《Dylan Examiner》には、ハロルド・レピドゥスによって毎日のようにディランねたの記事が載りますが(私もこのくらいフットワークが軽くなりたいものです)、8/1の記事は『ボブ・ディランは1992年に「Hey Joe」をヘンドリクスのベーシスト、ノエル・レディングとレコーディングしたのか?』という内容でした。ハワード・スターンのラジオ番組で故ノエル・レディングの昔のインタビューが放送され、その中でノエルがレコーディングに誘われたと発言していることから、ハロルドがこれまでに判明しているレコーディング・データと突き合わせて書いた記事がこれです:

『ボブ・ディランは1992年に「Hey Joe」をヘンドリクスのベーシスト、ノエル・レディングとレコーディングしたのか?』 by ハロルド・レピドゥス(Bob Dylan Examiner)

 ボブ・ディランはジミ・ヘンドリクスのデビュー・シングル「Hey Joe」の未発表カバーをノエル・レディングとレコーディングしたのだろうか? グレン・ダンダス著『Tangled Up In Tapes ー A Recording History of Bob Dylan』によると、ディランはラジオ・シティー・ミュージック・ホールでレイト・ナイト・ウィズ・デヴィッド・レターマン10周年記念スペシャルを収録したのとほぼ同じ頃、ニューヨーク・シティーで2曲をレコーディングしている:

スタジオ不明 ニューヨーク州ニューヨーク
1992年1月

1. Hey Joe (Billy Roberts)
2. Dignity

Bob Dylan (vocal & guitar), バック・ミュージシャン不明
このセッションのテープは未流通


 今週、ハワード・スターンは休暇中なのだが、シリウスXMチャンネルの『墓からの声』はいつも通り放送される。これは、もうこの世にいない人々のインタビューを毎週紹介する番組だ。
 今日の放送のパート1は1992年1月29日に収録されたノエル・レディングのインタビューだった。ノエルはかつてジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスのベーシストであり、このインタビューが収録された頃、彼はレイト・ナイト・ウィズ・デヴィッド・レターマンのメイク係だったキャンディーという女性と結婚する直前だった。番組のプロデューサーであるゲイリー・デラベイトがアル・ヘンドリクス(ジミの父親)に電話をしようとしている時、ハワードとノエルの間には次のようなやりとりがあった:

ハワード・スターン(以下H):デヴィッド・レターマンとは話したことある?
ノエル・レディング(以下N):先週会ったよ。先週、10周年のイベントに出かけたから。
H:パーティーで? 私は何にも招かれなかったけど。
N:楽しかったよ。一緒に来ればよかったのに。ボブ・ディランがオレのいるテーブルのところに来て、ニュー・アルバムか何かで1曲プレイしてよなんて言ったんだぜ。
H:それで君はボブ・ディランのニュー・アルバムでプレイする予定なんだ?
N:まあ、そう頼まれはしたね。
H:それってつまり、ノエル…。


 スターンがそれって単なる社交辞令だよと言いかけたその時、アル・ヘンドリクスと電話がつながった。その後もレディングは話を続けた。

H:それで、君は10周年スペシャルの収録に行ったの?
N:ああ。楽しかったよ。素敵なショウだったね。場所はラジオ・シティーで…その後のパーティーにも行ったんだ。ドラマーのアントン(・フィグ----『Empire Burlesque』『Knocked Out Loaded』にも参加している)と彼の奥さんと一緒にいたら、ディランがやって来て、オレ達のテーブルのところに座って、話を始めたんだ。
H:ディランがパーティーにいたの?
N:ディランは俺にとってはヒーローのような存在だ。
H:それで、どうしてディランがそこにいたの? ショウの出演者だったわけ?
N:ああ。1曲歌ったよ。
H:それならいても不思議じゃないね。でも、調子は良くなかったんだろ?
N:いや、良かったよ。ディランはオレにはヒーローのようなものだろ…、お袋のためにサインをもらったら、ニュー・アルバムか何かで1曲弾いてくれと頼まれたんだ。H:で、それはいつの予定?
ロビン・クィヴァース(番組の共同ホスト):電話番号は教えてもらったの?
N:2つもらったよ。そのうち連絡を取るつもりさ。
H:それじゃ、ディランに電話をかけてみよう。アル・ヘンドリクスと電話なんかしてる場合じゃない。


 レディングの発言に出て来たレターマン10周年記念スペシャルは1992年1月18日に収録されて、スターンのインタビューはその11日後に行なわれている。この頃、ディランはニューヨークのスタジオで「Hey Joe」と「Dignity」をレコーディングしている。とすると、「バック・ミュージシャン不明」のひとりがノエル・レディングだった可能性があると考えると筋が通るだろう。ディランは「Hey Joe」でウォームアップしてから、1989年の『Oh Mercy』でボツになった曲「Dignity」にトライしたのかもしれない。この時のレコーディングは流通していないので、憶測の域を出ることないのだが…。しかも、ノエル・レディングは2003年5月11日にこの世を去っている。
 ちなみに、ディランは1992年7月12日のフランス、ジュアン・レ・パン公演で、コンサートのオープニングの曲として「Hey Joe」を初演している。この日には「Maggie's Farm」「Just Like Tom Thumb's Blues」「Joey」も演奏され、「伝記的」な内容のセットリストであった。また、「Hey Joe」の元歌のひとつと思われているのが「Little Sadie」というトラディッショナル曲であり、この曲は1970年の『Self Portrait』用にレコーディングされている。


Original copyrighted article "Did Bob Dylan record 'Hey Joe' with Hendrix bassist Noel Redding in 1992?" by Harold Repidus on National Bob Dylan | Examiner.com:
http://www.examiner.com/bob-dylan-in-national/did-bob-dylan-record-hey-joe-with-noel-redding-january-1992
Reprinted by permission.

 私のほうでもグレン・ダンダスの『Tangled Up In Tapes』を確認したところ、1994年の3rd Editionにはこのデータは未掲載だが、1999年の4th Editionには「この成果をあげることの出来なかったレコーディングの間に、デヴィッド・レターマン10周年スペシャルのリハもやったらしいが、詳細は不明」との記述がありました。しかし、2004年の『Tangled』では再び未掲載になってるので、編集の段階で裏付けがなさすぎると判断されたのかもしれません。今回の放送でノエルは「プレイした」とは発言してないものの、ディランが1992年1〜2月にスタジオでレコーディングをやっていた可能性は高いと考えて差し支えないでしょう。少なくともレコーディングをやりたいという意向があったのは確かでしょう。
 今後、音か文書の資料が出て来た時のために、この件は頭の片隅で覚えておくことにします。

  

posted by Saved at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Bob Dylan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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