2012年06月17日

2年前、来日が中止になってしまったグレッグ・レイク・インタビュー

 グレッグ・レイクは2010年10月にキース・エマーソン&グレッグ・レイクとして来日公演を行なう予定でしたが、エマーソンが健康診断で結腸ポリープが発見され、治療のためにツアーは中止になってしまいました。ふたりで何をする予定だったのか、共演を予定していた日本人ドラマーが誰だったのかは謎のままです。
 レイクは現在、「ソングス・オブ・ア・ライフタイム(一生涯の歌)」と題したソロ・ツアーを行なっている最中で、その様子の動画がyoutubeに早速アップされていますが、もともと太めだった体型がさらにふた回り膨張していてビックリしました。20世紀末以降、ジョン・ウェットンが来日するたびに、今度もまたグレッグ・レイクに急遽変更になったのかという冗談が聞こえてきましたが、最近のレイクの写真のおかげで、先日UKのステージに登場したウェットンがウェットン本人に見えましたよ(笑)。



 この動画を見る限りでは名曲カラオケ大会のようですが、歌と歌の間に行なうトークも、今回のツアーの主眼のひとつみたいです。マイク・ラゴーニャによるインタビューで、グレッグはその真意をように語っています。このツアー、日本でも行なう予定がありそうですよ。

元記事はこれ:
The Highest Pass and Songs of a Lifetime: Conversations With Jon Anderson and Greg Lake
by Mike Ragogna
http://www.huffingtonpost.com/mike-ragogna/emthe-highest-passem-and_b_1477458.html

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「ソングス・オブ・ア・ライフタイム」ツアーは自伝的なツアーなのですか?

 その通り。「ソングス・オブ・ア・ライフタイム(一生涯の歌)」ツアーのアイデアは、『ラッキー・マン』ていう極めてそのまんまのタイトルの自伝の執筆中に出て来たんだ。原稿を書いている時に、自分のキャリアに影響を与えた重要な曲が次々に思い浮かんで来て、これは俺達みんな、つまりファンと俺が一緒に歩んできた旅でもあるなあって思ったんだ。俺の曲だけでなく他の人の書いた曲も含めて、こうした曲を長年に渡って共有してきたわけだから、この旅をコンサートとして追体験出来たら素敵だろうなって考えたのさ。音楽とともに、トークもたくさんやるんだ。オーディエンスに向かってストーリーを語りたいと思ったんだよ。それで「ソングス・オブ・ア・ライフタイム」というタイトルを思いついたのさ。曲を演奏して、それにまつわるオーディエンス側の話を聞くのも楽しいんだよな。

最初はイギリスでツアーを行なうのですか?

 今年のこのプロジェクトでイギリスをツアーして、その後、ヨーロッパ全域と日本に行く予定なんだ。

アメリカではまだ「ソングス・オブ・ア・ライフタイム」コンサートをやってませんよね?

 まだだ。(カナダで)始まったばかりだから。

あなたの音楽が多くの人の人生の一部になってることを知って、ビックリすることはありますか?

 別に驚かないよ。バーで誰かと会うたびに、『恐怖の頭脳改革』はどうのこうの…って聞かされてるからさ。こうした話の中にはとても面白いものがある。音楽全般が、特にここ数十年は、殆どの人にとって人生のタペストリーになっているんだよね。音楽が文化のとても重要な一部になっているのさ。多くの人々にとって、音楽は人生のある時期と密接に結び付いたものなんだ。




マイルストーンのようなものですね。しかも、多くの人にとっては重要なマイルストーンです。

 そうだといいね。時々、大渋滞で困った話も聞くけど、その殆どは実は愉快なものなんだ。だからこそ、そういう話が好きなんだけどさ。ステージに向かう時、これからコンサートをするっていうよりも、家族の集まる、温もりと幸せが感じられるリビング・ルームに行くような感じにしたいんだ。こういうツアーは今まではやった経験がない。きっと心あたたまる素晴らしいものになると思うんだ。みんなも楽しかった時代を思い出すのは好きだろ。

観客の前に立って曲を演奏するだけというのと比較すると、副音声による解説というか、シーンの裏側コンサートみたいです。これまでのロック体験をお茶の間に持って行くのですね?

 そう。一連の曲がどうやって誕生したのかを考えるのはいいことだ。そのほうが、ただステージに立って演奏するだけよりも面白いだろうし。クラシック界の人と時々話をすることがあるんだけど、オーケストラの指揮者って、ステージに出て来て、一言も発しないで、指揮棒を手にする。そして、曲が終わると、ステージから去って行って、結局、一言もしゃべらないで終わっちゃうだろ。こうしたコミュニケーションの欠如が、クラシック音楽が不人気の一因だと思うんだ。

あなたはエマーソン・レイク&パーマー、キング・クリムゾンといったプログレッシヴ・ロックのバンドで活躍してた時、クラシック音楽を多くの人の人生と融合しました。例えば、『展覧会の絵』では、ああいうフォーマットを使って、クラシック音楽を人々に教えました。

 副作用としてだけど、確かにそうだったね。俺達は普通の人々にもクラシック音楽の扉を開いたと言える。それ以前は、クラシック音楽はヨーロッパのエリートやセレブ、インテリのためのものだったけど、俺達がそれを一般庶民のレベルにまで引き下げて、皆のものだぜって主張したんだ。他の点では、キング・クリムゾンが出てくる頃までは、イギリスのロック・バンドは、ブルースやアメリカの音楽、ソウル、ゴスペル、カントリー&ウェスタンから影響を受けていた。他とは異なるオリジナルな音楽をやるために、ヨーロッパの音楽に目を向けたんだ。それでEL&Pのようなバンドが出て来たわけさ。ピンク・フロイドもある程度はそういうバンドかな。ブルースやソウル、ゴスペルから引っ張ってきたのではない、オリジナルなサウンドを持つようになったんだ。でも、俺達がお高くとまろうとしてたんだって解釈されるのは嫌だね。お高くとまるどころか、俺達は音楽を身近なものにしようと努力してたんだぜ。他の人とは違うことをやろうというのが目的だったんだ。そういうアルバム第1号が『サージェント・ペパー』だと思う。あのアルバムはあまりブルースの影響を受けていない。



キング・クリムゾンについて話してもらえますか? あなたとロバート・フリップとは幼馴染みの間柄なんですよね。子供時代の話を聞かせてもらえますか?

 ロバートも俺も子供の頃、同じギターの先生についていて、一緒に練習したものさ。一緒に大きくなったんだ。話せば長くなるんだけど、キング・クリムゾンを結成する段になって、俺は何年も前からバンド活動をしてたけど、ロバートにはそういう経験が全くなくて、ステージではどんな格好をしたらいいのか悩んでたくらいだった。どういうわけかは分からないんだけど、ロバートは昔からずっと、バイオリン奏者のパガニーニに興味津々だったんだ。パガニーニは悪魔崇拝者で、2本の黒のロウソクの間でバイオリンを演奏して、競争相手を威嚇するような、本当に変わり者だっただろ。それで、ロバートは自分もそういう格好をしなきゃって思ったんだね。俺も一緒にロンドンのポートベロ・ロードに行って、こういう衣装をたくさん買ったんだ。黒のマントとか、黒のトップハットとか、黒のシルクのシャツとか、そういう類いのものをわんさか買って帰宅した後、俺はバンドの演奏を見にロンドンに行ったんだ。夜遅く、アパートに戻って、上階にあがろうと思ってライトのボタンを押したんだけど、つかない。「しょうがないなあ」って思いながら、階段をのぼり始めたら、上の方にロバートがいるじゃないか。最初はロバートだとは気づかなかったんだけどさ。あいつ、昼に買った衣装を全部着て、ホラーのような義歯もつけて、ロウソクで自分の顔を照らしていたんだ。切り裂きジャックになりきってたのさ。ビックリもしたけど、超おかしかったなあ。

あなたがそうさせたようなものじゃないですか。

 客に背を向けて演奏するとか、スピーカーの後ろで演奏するとか、ロバートの変な行動の原点がこのステージ衣装事件なのさ。

キング・クリムゾン時代の名曲に〈21世紀の精神異常者〉がありますが、現在、私達は皆、精神異常者なのでしょうか?

 そうだと思うよ。

毎日こうもやることが多いと、そうならないほうがおかしいです。

 そうだね。あまりに多くのことが求められている。ボストンからフィラデルフィアに戻る電車に乗っていたら、同じ電車に乗ってる人全員がコンピューターに向かって仕事をしていたよ。人生のあらゆる時間が、eメールに返事を書いたり、文書を送ったりさ。1日24時間対応という状態がいいことだとは思わないな。休む暇がないじゃないか。仕事をするのは大切さ。でも、優れたスポーツ選手を見てごらん。彼等は四六時中トレーニングしているわけじゃなくて、トレーニングしたら休憩、トレーニングしたら休憩っていう具合だ。

それがとても大切なことです。

 24時間働きっぱなしなのは、やりすぎだよ。

若い人と一緒に仕事をして、彼等がいかに携帯等の電子機器の中毒になっているかを知ってビックリしました。私もそうなんですけどね。その悪い点は、誰かからメールが来ると、パソコンに来るメールより緊急性が高くて、すぐに返事を送らないと、何かあったのか?って思われてしまうことです。

 今から30年以上前、ファックスが発明される前の時代に、EL&Pの曲に「お前のプログラムをインストールしろ。俺はお前だ」というものがあった(『恐怖の頭脳改革』〈悪の教典#9-第三印象〉)。コンピューターについて歌ったものだ。人間はますます小型化する機械に生活をコントロールされるようになってきているよね。

先見の明がありますね。現在では、フェイスブックやツイッター、ウェブサイト等があって、それが自分のアイデンティティーのようになっていて、もはや生身の人間なんかいなくてもいいようです。

 そうだね。身代わりの人生っていうのかな。どこかで帳尻を合わせないと、そのうち、ツケが回ってくるだろう。新しいものだから、まだその時期は来てないけどさ。絶対に、良いことでないと思うよ。

どこかでツケを払う必要があるでしょう。こういう世の中で暮らしているのですから。

 アップルは----コンピューターの会社ほうなんだけど----世界最大の企業らしいね。電子機器が入ってる小さな箱しか作ってないのにさ。

アップルからお金をもらってるわけじゃないですが、私はアップル大好きです。

 俺も好きだよ。

アハハハ…。「ソングス・オブ・ア・ライフタイム」ツアーの話に戻りましょうか。まずはアメリカでやるんですよね?

 そう。アメリカ中を回る予定だよ。

エマーソン・レイク&パーマーはどのような経緯で結成に至ったのですか?

 ビックリするようなやり方で出来たんだ。キング・クリムゾンは、サンフランシスコのフィルモア・ウェストでコンサートを行なった晩に、解散したんだよ。メンバーのうちふたりが、もうツアーをしたくない、スタジオ・レコーディングに専念したいって言い出したんだ。ふたりというのはイアン・マクドナルドとマイケル・ジャイルズだ。彼等がバンドを辞めた時、俺は思ったよ。こいつらの代わりはいない、キング・クリムゾンという名前で活動を続けるのはフェアじゃない、って。偶然、その晩の出演者の中にキース・エマーソンのバンド、ザ・ナイスもいたんで、ショウ終了後にキースと俺はホテルのバーで会ったんだ。単なるおしゃべりを始めると、キースからキング・クリムゾンの様子について質問されたんで、「解散することになったんだ」って答えたんだ。すると、キースが「こいつはたまげた。こっちもザ・ナイスが終了することになった。俺達も解散するのさ。それじゃ、一緒にバンドを始めようか」なんて言った。本当にこんな調子だったんだ。その後、カール・パーマーを見つけて、EL&Pになったわけさ。



EL&Pの名曲のひとつに、あなたが書いた〈セ・ラ・ヴィ〉がありますね。

 ステキな曲だろ。パリで暮らしてる頃に書いたんだ。フランス的な雰囲気のある曲を書きたいと思ってたんだよね。ジョニー・アリデイっていうフランス人がレコーディングして、ナンバー1になったんだぜ。イギリス人がフランスのナンバー1・ソングを書くなんて滅多にないことだから、超鼻高々だよ。

この曲が入ってる『ELP四部作』は極めて野心的なアルバムでしたね。

 いいアルバムだろ。でも、ある意味、これはEL&Pの終焉の始まりだったと思う。



どうしてですか? ソロに分かれていたからですか?

 というよりもむしろ、バンドが『タルカス』や『トリロジー』『恐怖の頭脳改革』のようなEL&Pならではのレコードを作らなかったからだ。突然、オーケストラと共演したものか、ストレートな歌とかをやりだした。曲やアレンジ、あらゆる点で優れていたとしても、これはかつて人々に気に入ってもらえたEL&Pとは違う。以前のアルバムはコンセプトがあって空想的だったけど、『ELP四部作』は保守的でストレートで、本物のオーケストラと共演したりした。EL&P黄金期の終わりをしるした作品だと思うよ。

『グレッグ・レイク&ゲイリー・ムーア』『グレッグ・レイク&ゲイリー・ムーアII〜マヌーヴァーズ』といったソロ・アルバムをリリースしていますが、こうしたソロ・レコーディングに関してはどのような意見をお持ちですか?

 ソロ・キャリアは方向性の模索みたいなものだった。この巨大なバンドの外に出て、どっちのほうに進んでいけばいいのか分からず、とても混乱していた。10年間やってきたEL&Pの二の舞いなんてゴメンだったしさ。回復して立ち直るのに、しばらくかかった。でも、ゲイリー・ムーアという優秀なギター・プレイヤーに出会い、彼にギターを弾いてもらって、2枚のいかしたアルバム作った。凄いバンドだったよね。

 


短期間、エイジアにも参加しましたよね。

 ああ、1週間だけね。ジョン・ウェットンが抜けちゃったからなんだ。カールから電話があって、お願いがあるんだけどって言われて、ギターを貸してくれってことかと思ったら、「こっちに来て、エイジアでプレイしてくれ」なんて言う。事情も話してくれた。いつだと訊くと、来週だって言うから、俺は日本に飛んで、1週間で全曲覚えなければならなかった。ステージ上にプロンプターを用意して、どうにかやりきったよ。大変だったけどさ。これがエイジアとの束の間の出会いさ。



その間、少しでしたがカールと再会出来て、嬉しかったことでしょう。

 それも大きな理由だったね。それに、ジョン・ウェットンとは昔から大親友だしさ。その後も俺達は友人のままだよ。ジョンは再びエイジアに入って、万事OKさ。

〈夢みるクリスマス〉はクリスマスの定番曲になってますね。

 ちょっとした名曲になっちゃったよ。この曲はクリスマスを、平和を願い、親睦を深める機会に戻すことについて歌ったものだから、とても嬉しいね。しばらく前から、この時期は商売で利益をあげるための大イベントになっちゃってるだろ。あの曲は、クリスマスが人の親睦を深める機会じゃなくて金儲けのイベントになってることに抗議した、プロテスト・ソングだったんだ。これがあの曲のテーマさ。

先日、トランス・サイベリアン・オーケストラのポール・オニールにインタビューしたのですが、彼等のアルバム『Night Castle』にはあなたも参加していますよね。

 トランス・サイベリアンとは時々一緒に演奏してるんだ。友人なんだよ。ポールから参加してくれないかって頼まれたんで、アルバムに参加したのさ。彼はとても面白い奴だ。友達として集まって、よくプレイするんだ。

 


新人アーティストにはどのようなアドバイスをしたいですか?

 音楽ビジネスには落とし穴があって、昔ほど筋が通らなくなっている。自分の音楽を自分に正直に演奏していれば、他の人にも気に入ってもらえるんじゃないかな。

ツアーと自伝の他に、どんな予定があるのですか?

 夏にはニュー・アルバムをレコーディングして、2012年の残りはツアーを行なう予定だ。今回のツアーはとてもうまくいってるので、本当に満足している。全身全霊を注ぎ込んでるけど、とにかく楽しいよ。このツアーで世界中を回るつもりだ。

ゲストの飛び入りなんてありますか? EL&Pの再結成なんて面白そうですが。

 さあね。そんな噂をしている人もいるようだけどさ。

グレッグ、今日はどうもありがとう。とても楽しかったです。

 こちらこそ。

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 最初に貼っておいたツアーの動画ではカットされていますが、トークの部分はこんな感じのようです。恐らく、「女神の口の下にうっすら見えるのはペニスのレントゲン写真だよ」とか語っているのでしょう。

lakebrainsalad.jpg


 1996年にELPが来日した際にグレッグからこの話を聞いて「へえ」と思ったのですが、緊張ゆえ頭が働かず、さよならした後になってようやく、誰のものなのか質問すればよかったと反省。その後、キース・エマーソンに話を聞く機会があったので質問したところ、ジャケット用の絵を選びにギーガーのギャラリーに行った時には、もう既にペニスは描かれており、少なくともメンバーのものではないとのことでした。レコード会社からは削除しろ、もっと薄くしろと言われ続け、最終的には、あのくらいで妥協したのだそうです。
 グレッグの自伝も楽しみですが(ボブ・ディランから「Love You Too Much」のデモテープをもらった際の話が詳しく書いてあればいいな)、既に発表されているキース・エマーソンの自伝も面白かったですね。



posted by Saved at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | Prog Rock | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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