2013年05月03日

ピーター・ポール&ジェイムズ・ブラウン

 以前、A&Rスタジオのスタッフだった人物が書いた「血の轍ニューヨーク・セッション秘話」「ヨーロッパ'73ミキシング秘話」を紹介しましたが、今日はこの人のA&Rスタジオ第1日目の思い出話を紹介しましょう。初日にしてずいぶんと濃い〜体験をしたようです。




ピーター・ポール&ジェイムズ・ブラウン:

オレのA&Rレコーディング・スタジオ初出勤

文:グレン・バージャーPhD


 1972年。17歳になったばかりのオレは、ニューヨーク州ブルックリン、シープスヘッド・ベイ地区にあった自宅の自室に立っていた。ルフラック社が建てたハリウッド・パークという名のアパートメントの5階に自宅はあった。オレが使っていた小さな部屋はペンキを塗り直す必要が大ありなほど酷い状態だったが、ミルトン・グレイザーが描いたボブ・ディランのポスター(髪が虹みたいになっているあれだ)と、ピーター・マックスの大量生産されたラヴ・サイケデリアの作品を壁に張ることで、どうにか取り繕っていた。フロント・ウィンドウの外では地下鉄が高架線の上をガタゴト走り、その左のベルト・パークウェイを車がゴーッと走っていた。電車と自動車が同時に来る時には、それはもう酷い騒音で、テレビの音が聞こえなくなってしまう程だった。

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 オレは困っていた。ケッズのスニーカーを履いて行くべきか、底がコルクでできた青のロンドンブーツを履いて行くべきか、決められなかったのだ。ボロボロのジーンズ、茶色の紐飾りのついた巨大な襟の折り返しのあるクリーム色のスポーツ・ジャケット、ストライプ模様のポリエステル製シャツはもう着ていた。シャツのボタンは上のほうの3つをはずしてあった。靴以外はOKだった。
 遅刻したくないならどっちか決めなければならなかったので、結局スニーカーで行くことにした。迅速に動く必要があるだろう。オレは自分にどんなことが要求されるのか、全く分からなかった。
 アパートのドアの手前で鏡を見ると、長くて赤い髪はバナナのように大きくカールして肩に垂れていた。縁が金でレンズがオレンジ色のメガネのおかげで、ジョン・レノンのような雰囲気が加わっていた。準備OK? オレは大きく深呼吸して、家を出た。準備がOKかどうかは分からないまま。

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【16歳の頃の筆者】


 約4カ月前、高校卒業を控えている頃、オレは自分の人生でやりたいことについてお袋と話した。レコーディング・スタジオで働くのが夢だということは、前にも話したことがあった。音楽業界にちょっと詳しかったお袋は、オレの知らぬ間に親戚の人間にコンタクトを取り、それから数日もしないうちに、オレはハーマン・エデル・アソシエイションで見習いとして働くことになった。ここはコマーシャルに音楽を供給する会社としてはニューヨーク最大手のところだった。
 そこでの仕事は巨大なアラスカ犬のメンデルを散歩させることと、テープ・マシーンを動かすことだった。オレはなかなかの仕事っぷりだったのだろう。たくさんお願いしたら、ここを仕切っている敏腕プロデューサーのスーザン・ハミルトンが、A&Rレコーディング・スタジオのマネージャーに電話をかけてくれたのだ。エデル社はここで全てのレコーディングを行なっており、スーザンは最大のクライアントのひとりなので、A&Rスタジオの人間は彼女の言うことなら何でも聞いた。実際、オレを見習いとして引き受けてもいいと言ってくれたのだ。
 想像も出来ないことだった。数カ月前までは、オレは勉強にうんざりしていた高校生で、こんなこと夢でしかなかった。しかし、そんなオレが今、世界最高のスタジオに初出勤するところなのだ。
 アパートからスタジオに行くには、まず、ベルト・パークウェイの上にかかる橋を渡らなければならなかった。逃げ場のないこの橋の上は、ピザを買うためにポケットに持っていた50セントをしつこくたかる奴がよくいるところだったのだ。ここを無事通過したオレは、真ん中に「Y」と刻印された1枚35セントの真鍮製コインを木製の回転扉にポンと挿入し、上にある電車のプラットフォームに続く階段を駆け登り、落書きだらけのDトレインの閉まりかけたドアの中にかろうじて滑り込んだ。

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【かつての落書きだらけの車両】


 【NYC Subway Token, 1953-2003】
 http://old.gothamgazette.com/article/fea/20030428/202/362

 ガタゴト進む電車の中で座りながら、オレは「A&Rスタジオ 7番街799番地 52丁目の角 7階 メイン・オフィスにいるトニーと面接」と書かれた紙切れを握っていた。何度もそれを見続けた。強く握り過ぎていたので、手が痛くなっていた。握る力を緩めたり目を逸らしたりしたら、メモが線路の上に落ちてしまい、どこに行ったらいいのか分からなくなり、スターダムへの唯一のチャンス、そして、ブルックリンから脱出する2度とない機会が永久に失われてしまうと思っていたのだ。
 スタジオに行きたいと思うのと同じくらい、そこに到着するのも怖かった。電車が駅に停まるごとに胸の高まりは激しくなっていった。高架線を走っていた地下鉄の車両がどんどん高度を下げ、マンハッタンに繋がっている黒いトンネルの中に入って行く時には、鼓動は電車のガタンゴトンと同期していた。
 ミッドタウンの47-50丁目の駅で降りると、ニューヨークの格子状のストリートを進んで、52丁目と7番街の交差点を目指した。ユダヤ系のやせっぽちの少年は、働き蜂たちの間を擦り抜けながら、ビューッと6番街を駆け抜け、自分の脳内にしか存在しないレースに勝った。
 オレは799番地の建物の前に立ち、「A&Rレコーディング」と書いてある金属性の飾り板を見た。ここでいいんだ。足は痛くなり始め、呼吸も少し荒かった。しかし、これはビッグ・チャンスだ。逃してなるものか!

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【A&Rスタジオの看板】


 そこからスタジオに行くのも難儀だった。7番街799番地のビルの1階から6階まではマンハッタン・コミュニティー・カレッジが入っており、建物のフロント・ロビーは大勢のティーンエイジャーでごった返していたのだ。オレは群衆の中に立ちながら、エレベーターのドアの上で光る階の表示を見ていた。エレベーターは1階ごとに停まり、しかも、それぞれの階から永遠に動かないように思えた。時間が経つにつれて、ロビーの混雑は増していった。エレベーターが到着すると、7階に行き着くまでには全員が死亡してそうなほど大勢のアフリカ系、ヒスパニク系の学生と一緒に、オレも頑張って中に入り込み、多数の胴の向こうにあるボタンへと手を伸ばした。2階から6階までは全部点灯していた。「7」を押したのはオレだけだった。エレベーターは1階ごとに停まって多数の人間を吐き出しては、また別の群衆を吸い込んだ。オレはこの移動に苦しみながらも、間もなく不安と興奮がごちゃまぜ状態で足を踏み入れることになっている世界を夢想した。富とスターダムの豪華絢爛な世界。いかしたロック・ミュージシャンがクレイジーなサウンドを奏でている世界。さまざまな天才たちがいて、オレもそうなることを期待されるのだろうか。
 幻想に心を奪われていたのも束の間、エレベーターが上昇するにつれてスリルより不安のほうが大きくなり、遂には、破滅が待っているという確信に至った。そこでは完璧かつ優秀でなければいけないのだが、自分が知っているのは巻き戻しと早送りのボタンの押し方だけだった。頭の中の声が叫んだ。ロビーのボタンを押せ! ここから逃げろ! 今なら誰にも知られず逃げ切れる!
 頭の中の叫び声が金切り声のレベルに達した時、7階でドアがゆっくりと開いた。オレは自分に動けと命令したのだが、体はエレベーターの中でしばらくの間、凍りついたように立ち尽くしていたままだった。当時のエレベーターは現在ほど優秀でなく、オレが心の中で格闘している間もドアは開いたままだった。
 自分の中の何かが身体の中心からわき起こった。欲望という力だ。オレはさあ行こうと自分に言い聞かせ、全力で、恐怖心を押し返しながら、缶詰の外へと飛び出した。
 あたりを見回すと、オレは自分がどこにいるのか分からなくなった。違う階に来てしまったようだ。本当にここでいいのだろうか? 目に入ってきたのは、汚い黄色のソファと、そこで寝ている2人の使いっ走りだった。しかも、ホームレスにしか見えない。内装はしょぼくてチープでボロボロだった。2人の男がオレの前を駆け足で通り過ぎてホールのほうに行った。先頭を行く奴は消化器を頭上にかかげ、「このバカ野郎! 後でキンタマ引っこ抜いてやる!」と叫んでいる。豪華絢爛なんてこんなものなのか。
 不思議なことに、この光景を見て、かえって少し居心地がよくなった。ここは、ブルックリンからは想像してたほど遠くはないんだな。しかし、ここで本当にいいのだろうか? 左のドアが開いていたので、そこに入ってみた。ひとりの男がシャーロック・ホームズみたいなパイプを口に咥えて、製図用テーブルによりかかっていた。1970年代風のもみあげを生やし、いかにもイタリア人という大きな鼻をしていた。
 「何だ?」この人物が目を見開いて、そっけなくこう言った瞬間に電話が鳴った。「ちょっと待って」彼は指を立てて、待っていろという合図を送った。
「それは無理だ。予約が入ってる。ドニーの奴、子供が生まれそう? そんなこと知るか。フィルはマッカートニーにかかりきりだ。昼も夜も」少し間があった。「フィルはそこ使いたがらないな。ラモーンにあなたのスタジオを使えませんなんて言えるか?」また間があった。「ああ。それじゃあな」この男は受話器をガチャンと置いた。
 彼はオレを見て言った。「こいつら、オレに何をさせてえんだよ?」どう答えたらいいのか分からなかったが、この人がポール・マッカートニーのことを話してたに違いないという推測は出来た。ということは、オレは目的地に到着しているのだ。
 「さて、キミは誰で、何の用事なんだね?」
 今度こそ自分の順番だ。緊張してる暇なんてない。オレはどうにか答えた:「ボクは新しい見習いです。スタジオ・マネージャーのトニーさんに会いに来ました」
 「オレがトニーだ。よく来たな。おい、オマエら!」トニーは部屋にいる人全員を呼んだ。「新たな犠牲者だ!」
 部屋にいた他の人全員がオレを見て、哀れみの表情をした。これは全部試験なんだと直感した。自分からも何かをやらなきゃ。オレに出来ること、少なくともそう思ったのが、タフなふりをすることだった。強盗みたいな奴がこっちに近づいて来た時にするように、と心の中のオレが言った。
 トニーはパイプを灰皿の中で叩くと、鼻同士がくっつくくらいにオレに顔を近づけた。ユダヤ系の中でもオレの鼻はそんなに低くはなかったが、身を引くことなく、トニーの目をじっと見返した。
 「ルールその1。口は閉じていろ。しゃべるな。いいか。誰であろうがアーティストに対してハローと一言でも発したら、新しい奴に来てもらうだけだ。音楽業界でのオマエのキャリアは始まる前に終わりだ。わかったか?」
 オレはただうなずいた。今も言葉を発してはいけない時なのかどうかはわからなかったけど。
 「ルールその2。オレが言ったことは何でもやれ。オマエにはノーという権利はない。正しい答えは“はい”だけだ。分かったか?」
 この時、少なくとも何と言っていいのかは分かった。
 「はい」
 「よろしい」
 このくらいでへこたれてはいなかったが、内心少しビビッてはいた。脇腹をつつかれたように感じても、全く平気なそぶりをしてなければいけないことは分かっていた。
 2人のヒップな格好の若い奴がオフィスにブラブラ入って来た。
 ひとりは足取りがカッコよく、ブロンドのチョビ髭を生やし、黒と白のカウボーイ・シャツを着ていた。こいつが言った「レムゼン、ビリー。一緒に来いよ」
 スタジオ・マネージャーのトニーは言った:「何かたくらんでるんだろ?」
 黒い荒毛と髭のカッコいいもうひとりの男が言った。「フォガットのセッションが一休みになったんだ。ブレイキンはA-1に入れるぜ」
 「マティス、デヴォン、こいつは…オマエ、名前は」
 「グレン・バージャーです」
 「見習いの新人のバージャーだ。オマエら、こいつの面倒をみてやれ。こいつらはダン・マティスにグレッグ・デヴォン、ここの一番優秀なアシスタント・エンジニアだ。こいつらについて行け。そうすりゃ、いつか、こういうダメ野郎になれる」
 ふたりはほほ笑んだ。マティスは言った。「一緒に来いよ」
 オレたち5人は廊下を進んだ。足はまだ少しガクガクしていたが、ダンやグレッグが見せているのと同じようなカッコよさを真似しようと思った。最初のパニックは治まり、喜びが取って代わっていた。誰がこの一行を見ても、オレもその一員だと思うだろう。
 廊下の突き当たりには、丸い窓のついた青いドアがあった。オレたちはそれを開けた。
 音楽がどのように作られるのかに興味のある人間にとっては、これはシャルトルの大聖堂の中に入るようなものだった。スタジオA-1。オレは敷居のところに立って中をのぞいた。ブロンド色の木製の床と尖った天井のある巨大な部屋だった。ここでは既に何かが行なわれていた。たくさんのマイクが、いろんな角度で曲がっているブーム・スタンドに付いている様は、アフリカの草原にいるキリンのようだった。複数のヘッドホンが床に散らばっていた。衝立の向こう側には、マイクの網に囲まれている大きなドラム・セットがあった。椅子がランダムに並んでいて、ギター・アンプからはブーンという音が出ていた。この部屋の音は、僧の集団が「オム」を唱えているような、甘い響きを持っていた。あの独特の甘い残り香でロックンロールだと分かったが、このバイブレーションを吸収している暇はあまりなかった。

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 一行がこの大スタジオの奥の端にある小部屋にさっさと向かって行ったので、オレは急いで後を追った。用事とは何なのだろう? どうしてこんなに小さなスペースに狭い思いをして入るのだろう? 皆が無言で輪になった。期待に胸を膨らませながら。オレも自分の場所についた。マティスは包み紙を取り出すと、丁寧にそれを開けた。中には少量の白い粉が入っていた。デヴォンが小さな金属性のスプーンを出した。
 「どこで手にいれたんだい?」とビリーが訊いた。
 「フォガットのメンバーが帰り際にオレたちへのプレゼントだってくれたんだ。下っ端同士で分け合うようにというお達しだ」(フォガットはあの頃のB級バンドだ)
 若者たちは物欲しそうに贈り物を囲みながら、自分の番を待った。ひとりずつ粉の中にスプーンを突っ込み、片方の鼻の穴を塞ぎながら、もう片方の鼻の穴で粉を吸い込んだ。そして、今度は塞ぐ穴と吸い込む穴を逆にした。
 遂にスプーンがオレに回って来た。
 「オマエも欲しいか?」
 オレは既にいろんなものをやったことがあったが、コカインの経験はなかった。1970年代に10代を送ったものとして、オレも手に入るものだったらどんなドラッグでも進んでやった。この時、トニーから言われたことを思い出した。
 「はい!」
 オレは臨機応変の対応で皆に良い印象を与え、しかも、それを正しくやりたかった。震える手で0コンマ数グラムのマジック・ダストをスプーンでかき集めた。そして、それを鼻のところに持っていくのと同時に、鼻から息を出すのではなく吸うのだということを意識しうとしたのだが、うまくいかなかった。初体験だと思われたくなかったのだが、貴重な粉を少しカーペットの上に落としてしまい、クールを装う試みは大失敗だった。皆が顔を見合わせた。オレは恥ずかしくて小さくなった。
 しかし、学ぶのも速かった。さらに2、3周するうちに、オレはカーッとハイになるのに十分な量を吸い込めるようになった。誰かがオレの頭の中に大きな風を吹き込んで、塵や埃を吹き飛ばしてしまうような感じだった。元気がみなぎった。頭は膨らんで大きくなった。照明はもっと明るくなり、不安やはずかしさは蒸発して消え、高い存在の全てが見え、自分が立ってる位置には驚喜した。オレはバカみたいなニヤニヤ笑いをしないようにしなければならなかった。これがスタジオでの新たなレッスンだった。コカインの吸い方はこれでマスターした。
 レコーディング・スタジオの見習いになるという人生の大転機にまだ十分に興奮していなかったとしても、多幸感でいっぱいだった。ここに来てまだ10分も経っていなかったが、オレはもう大爆発状態だった。コカインで増幅された思考が頭を駆け巡っていた。オレってマジ最高。
 小さなスタジオA-2で面白いセッションがあるとマティスから言われた。誰かがオレにやらせる作業を思いつくまで、そこにいろとのことだった。オレたちは廊下を戻っていった。ショボイ内装も少し明るく見えた。調整室のドアの上には「部外者立ち入り禁止のセッション」のサインが赤く光っていたので、オレはためらっていたのだが、マティスは歩いて中に入り、ついて来いと手招きした。どうやらオレは自由に入っていい権利を得たようだ。
 さまざな色のライトが光る薄暗い部屋の真ん中には、小型車くらいの大きさの青い金属性の箱が光っていた。これには黒いノブ、白く光るスイッチやボタン、赤いスライド式ボリューム・コントロールがたくさん付いていた。この機械を操作するためにオレはここに来たのだ。アーティストやミュージシャンが出したものを受け取って、それをいわゆる「レコード」というものに変えるのが、このレコーディング・コンソールという機械なのだ。
 前にはガラスの壁があり、ガラスの向こうにはレコーディング・ルームがあった。オレにとってはこれが初のセッションだった。
 マティスはオレをホリーという名前の黒人のアシスタントに紹介してくれた。ホリーはニコニコしていた。アシスタントはいい人ばかりだった。彼はコントロール・ルームの後ろの右端に椅子を運んできて、座の部分を叩いてここに座れといった。
「テープ・マシンの使い方、分かってるよな?」ホリーは小声で言った。
 オレは首を縦に振りながら「はい」と答えた。
 「合図をしたら、テープを先頭まで巻き戻して、再生と録音を押してくれ。それがオマエの仕事だ」
 ホリーはうんうんと首を縦に振っていた。「オレが面倒を見てやるから心配するな」と言ってるようだった。
 オレは椅子の上に自分の尻を落ちつかせた。これが最初の仕事だった。神様、どうかオレが間違ったボタンを押しませんように。
 オレの反対側の壁のところには、小さなタンクくらいの大きさのスピーカーがあった。ファンキーな演奏が巨大なウーハーと小さなツイーターから間断なく飛び出しており、4拍子の1拍目と3拍目でキック・ドラムが鳴るたびに、内蔵が圧迫されて喉から出かかるように感じた。ディープでハードなノンストップなパーカッションの合間の2拍目と4拍目には、スネアがピシッと鋭い音で鳴っていた。スティックが皮を叩くたびに、オレは耳から血が出てるのではないかと心配になった。筋骨たくましいギターのリックがオフビートで刻まれていた。ホーンセクションは耳障りなヴォーカルの合間にセクシーに渦巻くリフを奏でていた。
 コントロール・ルームの前の方では、スッポトライトの下で、高く盛って固めた髪をした黒人が、取り巻き立ちに囲まれてちやほやされていた。 こいつ、どこかで見たことあるぞ。彼はノンストップでしゃべっていたが、騒音の中では何を言ってるのかは聞き取れなかった。4小節を繰り返すパターンが永遠に続くかに思われた。ドン、お腹がウッ、ビシッ、耳が出血、ドン、ビシッ、ドン、ビシッ…。
 皆は延々と続く音楽を楽しんでいるようだったが、オレは受け付けることが出来なかった。とにかく音が大き過ぎ、ドリルで頭に穴を開けられて入るような感じがしたのだ。
 コントロール・ルームから逃げ出したい衝動に駆られたのだが、オレは新入りだ。どうすることも出来ないと思い、椅子の上にじっと座っていた。
 ファンキーなノイズよりも大きな声で、荒々しい怒号が聞こえてきた。「ボブ! ボブ! そいつを止めろ!」コンソールのところに座っていた白人のエンジニアは、神経質に髪をかき上げ、ボードのところから体を椅子ごとぐるりと回転させて、ホリーにマルチトラックのテープ・マシーンを止めるよう合図を送った。静寂は、それに先行していた大音量と同じくらい居心地の悪いものだった。ホリーが合図を送ってきたので、オレは巻戻しのボタンを押した。
 「ボブ、オレが話してる時にはしっかり聞け」
 「はい。ミスター・ブラウン」
 「罰金5ドル」
 黒のスーツを着た背の低い男は、うなづきながら、ノートに何かを記した。ミスター・ブラウンだって? おいおい、知ってる人だぞ。ジェイムズ・ブラウンだ! ゴッドファーザー・オブ・ソウル、ミスター・ホット・パンツ、パパ・ウィズ・ア・ブランド・ニュー・バッグだ! 超ビックリ!
 ジェイムズ・ブラウンのことは、この2年間くらい頭の中になかったと思う。恐らく〈セックス・マシーン〉のヒット以来、しばらく忘れていた。あの頃の2年は長い時間だった。全盛期は過ぎてるとはいえJBは伝説だ。オレが同じ部屋にいた最初のスターがJBだった。



 「あのトラックはいい」とブラウンは言った。「そろそろ次に行こう。こちらのヤング・レディーとオレでバラードのブリッジを歌う」
 体にぴったりのドレスを着たセクシーな女性の腰に手を回しながら、ミスター・ブラウンは言った。「どうやるか教えてやろう」
 彼はホリーに向かって言った。「マイクを用意しろ」
 ホリーはスタジオに走って行き、マイクスタンド数本を部屋の中心に立てた。ズタズタに切り裂かれた後にクレイジーな接着剤で張り合わされたような声帯が発する声で、ジェイムズ・ブラウンはしゃべり始めた。「我が国の現状はこうだ。黒人が遂に権力を持ち始めてきた。アフリカのプリンスたちが----というのも、奴隷の殆どはアフリカのプリンスの末裔だったんだからな。で、アフリカのプリンスたちはもはや、白人に頭を下げるつもりはない。だから、白人は恐れている。黒人が目を覚ましたら、やっかいなことになるからだ。オレたち全員がやるべきことがある」
 侍者のグループはJBを囲んで、彼の発するひとことひとことに熱心に耳を傾け、うなずいたり、そうだ!と答えたりしていた。巻き戻しているテープがそろそろ先頭に近づいてきていたので、早送りのボタンを押して回転のスピードを落とし、超ゆっくりになったところで停止ボタンを押した。そして今度は再生と録音のボタンを押した。
 ジェイムズ・ブラウンの演説は続いていた。
 「誇りを持て。大きな声で言え」JBはあの有名な声で叫んだ。「俺は誇り高き黒人だ!と。オレたちはこの国を破壊しようなんて思っちゃいない。その仕事なら白人のほうがうまい。オレたちは国を救おうとしている人間だ! そろそろ借りを返してもらおうか! どけどけ、邪魔だ!」
 オレも叫びたくなった。そうだ! ジェイムズ・ブラウン! 民衆に力を! しかし、しゃべるなと言われたことを思い出した。しかも、オレはアシスタントの見習いをやってる白人の小僧だ。やはり、静かにしているのが得策だろう。けど、ファンキーに政治を語れるJBが心底好きになった。
 ホリーがコントロール・ルームに戻って来て、敬意たっぷりの口調で言った。「準備OKです、ミスター・ブラウン」
 「さぁ!」ミスター・ブラウンが声を上げた。
 「ありがとう、ホリー」しかし、次にはこう言った。「ボブ。オマエはホントにトロい白人野郎だなあ。何をやってる? さっさとバラードのテープを用意して、ブリッジの部分を流せ。さあ!」そして今度は、愛らしくこう続けた。「お嬢さん、ジェイムズと一緒にスタジオに来なさい。私が歌い方を教えましょう」
 エンジニアはノブをいくつか捻って、新しいトラックの準備をした。ジェイムズ・ブラウンがコントロール・ルームから出てスタジオに向かっていると、金縁メガネをかけ、たれてる口ひげを生やし、髪がまばらで、頭頂部のハゲがさらに広くなりかけてる男が、レコーディング・コンソールの前の映画館みたいな椅子が並んでる列から立ち上がった。
 この男は特に誰にってわけではなく言った。「こいつは地球で最高の奴だよな」彼はしばらく前にストップしているビートに、まだ気持ち良く乗っていた。
 この人物にも見覚えがあった。脳味噌のメモリー・ドライヴをくまなく検索すると、1960年に5歳の時に生まれて初めて買った大好きなレコードのジャケットがヒットした。《ピーター・ポール&マリー》というタイトルだった。このレコードのジャケットに写ってたのは、今ここにいる髪がなくなりかけているオジサンのいくぶん若いバージョンだ。オレの目の前にいる人物は数多くのヒットを飛ばしたフォーク・トリオ、ピーター・ポール&マリーのピーター・ヤーロウだった。〈パフ〉を書いた人物だ。
 自分は少しハイになってるという自覚はあったが、ゴッドファーザー・オブ・ソウルとハッパ大好きペドおやじというのは奇妙な組み合わせだ!(ヤーロウは1970年に、14歳の女の子を相手に「反道徳的かつ適切さに欠けた行動」を行なった件で責任を認めた。〈パフ〉はマリファナのことを歌った曲だとも言われている)
 オレがこの事態の辻褄を頭の中で合わせる暇も殆どなく、若い女性と一緒にマイクの前に立っているブラウンからの命令が下った。「トラックをスピーカーから流しながら、これを録音するんだ!」
 エンジニアのボブはトークバックのスイッチを押して、髪をもてあそびながら神経質そうに言った。「ミスター・ブラウン、スピーカーから流したら、音がマイクに回り込んでしまいます。音質的に良くありません。ヘッドホンをつけていただけますか?」
 「ボブ! オレの言った通りにしろ。そこをうまくやるのがオマエの仕事なんだよ。いいか。説明してやるからよく聞け。音質じゃなくてフィーリングが大切なんだ。音の回り込みなんか誰が知るか!」
 あれから20年後にヒップホップやサンプリングが出現して、アーティストが任意のレコードから数ビート拝借して、自分の作品の土台として利用するなんてことが行われるようになったが、このジャンルで最も頻繁に「サンプリング」されているのが、粗末なエンジニアリングで作られたロー・テクでダーティーなジェイムズ・ブラウンのレコーディング(特に《ペイバック》)だなんて、当時の人間には知る由もなかった。
 ボブは怒って、後ろにいるホリーのほうを向いて両手を上げた。ホリーはニコニコしてうなずきながら、ボブのところに行き、いくつかのボタンを押して、いくつかのノブをひねった。そして、マルチトラックのテープ・マシーンのところに戻って、赤のボタンを押した。スピーカーを通して黒いヴェルヴェットのような、スローなグルーヴが流れた。ジェイムズは女性シンガーに指示を出した。
 「オレのやることの後に続いて、キミが歌うんだ。ソウルをそのままに歌えばいい。心に正直になって」
 この曲のインストゥルメンタルの中間部が始まると、ジェイムズはうめくように歌った。
 「オー・イェー。ベイビー、アー」
 JBが女性シンガーにうなづいて合図を送ると、彼女がそれを受けて歌った。「えぇ、いいわ」
 JBが「Get it on, get it on, girl, get it on」と言うと、女性シンガーが「Sweet, sweet, James, give it to me good」と歌う。
 こんなやりとりが2分ほど続いた。ダーティーで最高だった! オレは椅子にすわりながら身もだえし始めた。くねくねとしたグルーヴがチャクラをはい上って来た。もう乗るしかない。
 気絶しそうになった時、オレは肩をつつかれた感じがしてビックリした。振り向いたら、スタジオ・マネージャーのトニーがいた。彼は親指で椅子から立ち上がって出ていけという指示した。オレは校長室に連れていかれるような気がした。体をよじらせるのも禁止だったの?
 廊下に出ると、トニーは言った。「坊主、これが初仕事だからヘマするなよ。マイクが見えるだろ?」
 ホッとしてため息が出た。オレはまだトラブルは起こしてないようだ。
 廊下には巨大なマイクが2本あった。どちらも7フィートのアトラス製マイク・スタンドに付いていた。先端についてるマイクは、1リットルのソーダ瓶くらいの大きさのマイクだった。
 「U-47をA-1に運んでくれ。ブレイキンていう奴がいるから、次はそいつから指示を受けろ」
 トニーは向こうを向いて歩き去った。オレは突然、自分が小人になり、背の立たない深みにいるように感じた。深呼吸して、巨大な重金属のユニットを大きな部屋に押して行こうと頑張った。なんとかそれを操縦していたが、マイクは危険なほど揺れて、壁にぶつかりそうになったが、少しずつ進んでやっとA-1にたどり着いた。30分くらいの道のりに感じ、汗はダラダラ。途中何も壊れなかったし、誰にも見られてなかったので、ホッとした。
 黒のベスト、黒のズボン、縁なしのメガネを身につけ、首の回りには「パッチ・コード」を巻き付けてビシッと決めたリチャード・ブレイキンは、オレからマイクをつかみ取り、スイッチをカチッとさせて言った:「これじゃない。48じゃなくて47が必要なんだ。いいか、よく見ておけ。こっちはフィギュア8で、47はオムニ」

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【ノイマンU47とU48の違い】


 「つい、うっかり…」オレはフィギュア8やオムニが何のことか全く知らなかったが、無知を晒したくはなかった。確かに分かっているのは、廊下にあったマイク2本のうち、自分は間違ったほうを持って来てしまったということと、もう1本のマイクも壊さず持ってくるという難しい作業をしなければならないということだった。
 ブレイキンにはオレの目の中にある恐怖心が見えたのだろう。もしくは、オレが取りに行くよりもっと早くマイクが必要だったのだろう。「一緒に来たまえ」彼は辛抱強い教師っぽく言った。
 オレはブレイキンについて廊下を歩いた。
 「やり方を教えてあげよう」
 彼は巨大なスタンドを上手に握って、横に付いてる大きなノブをゆるめ、床と平行になっていた上側のブームを下げてノブを締め、片手でスタンドの下側をつかみ、もう片方の手でマイクを握り、全体を押しながらA-1まで運んだ。その間約4秒。ああ、なるほど。
 ブレイキンは別のノブを緩めて、アッパー・スタンドを高く伸ばすと、マイク・ブームをぐるりと回して、半円状に並んでいる5人の黒人ゴスペル・シンガーの中心に持っていった。指揮していたのは小柄の白人だった。
 彼らはパワフルなハーモニーで「ロック・ミー・ライク・ア・ロック、オー・ベイビー!」と歌った。
 あっ! オレは気が付いた。指揮しているこの超小さい人ってポール・サイモンだ。〈明日に架ける橋〉のポール・サイモンだ! もちろん、頭の中に最初に浮かんだ言葉は「ワオ!」だった。ポールは本当に背が低かった。なぜだかは分からないけど、オレは彼を見た時、興奮はしなかった。寒気がした。ちょっと怖かった。
 しかし、ゴスペル・シンガーは素晴らしかった! あの大きくスウィートな部屋でゴスペルの歌声が豊かにブレンドするさまは感動的で、少し目がウルウルしたほどだった。
 オレはブレイキンの後をついてコントロール・ルームに入り、そこでふたりきりになった。声が震えないように努力しながらオレは訊いた。「コーラス隊は何ていう名前ですか?」
 「ザ・ディキシー・ハミングバーズさ。今の曲は〈ラヴズ・ミー・ライク・ア・ロック〉っていうんだ」(このトラックはサイモンの次作《ひとりごと》に収録され、シングル・チャートでも最高2位を記録した)

  

 ブレイキンはある機械の隣にオレの席を作ってくれた。後で知ることになったのだが、これは「エコー・マシン」というものだった。リヴァーブにディレイを加えて、そのエフェクトにさらに豊かな深みを付加するものだった。テープが終わりに来た時に先頭まで巻き戻したり、再生ボタンと録音ボタンを同時に押したりといった仕事は、上手に出来るように感じたし、やるべきことを与えられて部屋の片隅に隠れていて、安心かつ安全に感じた。
 スタジオで揉み手をしながらポール・サイモンの近くをウロウロしている太って髭を生やした男を、ブレイキンは指さした。
 「あいつがラモーンだ。フィル・ラモーン。ここのオーナーだ。いいか。あいつには近づくな。天才肌で、時々ちょっとキレ易い。オマエの仕事はあいつから見えないところにいることだ。それが出来れば、オマエはここで生き残れる。オレがしろと言ったこと以外はするんじゃないぞ」
 あの人が伝説的なレコーディング・エンジニアのフィル・ラモーンなのか。目立たぬようにしているというのはこの上なく都合がいい。オレは仕事をしている大スターの様子を見ることが出来るぞ。どんな感じなのかな? オレはまだワクワクしていた。自分の知覚能力が高まると思った。ものごとをもっと深く見ることが出来るようになると思った。それに、ティーンエイジャーのオレは相当の知ったかぶりだった。
 ラモーンは繊細さと力、自信、不安がひとつになった説明のつかない人物のようだった。彼はサイモンの後をついて回り、彼の発するひとことひとことを逃すことなく聞いていた。彼のようなスタジオの巨人がサイモンにあんなにペコペコしているのを見て、オレはショックを受けた。フィルはまるで領主に対するベテラン執事のようにしか見えず、それでオレは勘違いをしてしまった。労働者階級のリベラルでヒッピーな腹の中で抵抗を感じ、自分はそんなこと出来ない。たとえ相手がポール・サイモンのようなスーパースターでも。オレは判断した。ラモーンの動きはプードルだ。しかも、サイモンも自分がああいうふうに扱われるのを期待しているのだ。ブレイキンはV型のコンソールにあるノブのひとつをひねり、彼がゴスペル・シンガーの真ん中に置いたマイクを通してサイモンの作業をじっくり聞いた。サイモンのリハーサルは厳しく、同じフレーズを何度も繰り返し歌わせた。彼は1回ごとに違いを聞き分けていたようだが、オレには全部同じに聞こえた。
 全然先に進まないことに我慢出来ないほど退屈して、オレの精神はさまよい始めた。大きな部屋を外を見つめながら心が戻っていった先は11-17-70だった。その日、ブルックリンの自宅の自分の部屋で椅子に座りながら、エルトン・ジョンのコンサートのラジオ放送を聞いていた。それはラモーンの指揮のもとで、このスタジオで行われているものだった。オレはあの日、亡くなった親父の埋葬の時を待ってる間にそのコンサートを聞いてたのだ。



 亡くなる数週間前、オレが学校から帰宅すると、車椅子の親父が居間で涙を流していた。自分の親父が泣いているのを見たのはこの時が初めてだった。オレはこの要素を見ないようにうつむき、アゴに力が入るのを感じた。オレは親父とは反対側にあるビニール・カバーの椅子に座り、どうしたの?と訊ねた。すると、子供をもうけた以外、人生では何も成し遂げてない、という答えが返ってきた。
 この言葉を聞いて、オレは自分の頭のネジを締めた。パニックが襲って来るのが感じられた。悲惨だなあ。意識の外側で、オレの周囲は真っ暗になった。暗黒は恐怖。しかも、その輪郭は憤りだ。この瞬間、オレは思った。自分は決してそんなふうにはなるまい、人生で何かをやり始めよう、と。
 その2年後、親父が亡くなった日の晩にエルトンが演奏していた部屋に、自分がフィル・ラモーンといることになるなんて、あの時には思いもよらなかった。コークの効果は薄れてきており、気分は下降し始めた。影が現れた。憂鬱が幸福感と混ざりあい始めていた。
 サイモンは既に録音済みのリズム・セクションの上にバック・コーラスのオーバーダブを開始した。彼は何テイクも繰り返したので、オレは何度もエコー・テープを巻き戻した。コカインの残りカスのせいで気分がギスギスしていた。でか過ぎる音量やら、しつこい繰り返しやら、何やらで、忍耐力は遂に限界に達した。オレはブレイキンに帰ると言った。彼は何かブツブツ言ったが、作業に夢中で、目はラモーンとサイモンしか見ておらず、指はボタンの上にあった。オレは見えないように静かにコントロール・ルームから廊下に出た。
 フロントのエレベーターに乗り込むと、死なずに抜け出せたことにホッとし、また来ることにワクワクした。
 エレベーターで下がりながら学生たちを見た。彼らはすぐ上で何が起こってるか知らない。少し前にオレの身に何が起こったかなんて全く眼中にないはずだ。不思議なことに、オレと体を押し合っている学生全員からは隔絶されているような気分だった。自分はこいつらとは違う。オレはイニシエーションの最初の段階を通過し、今でもなお完全には理解出来ないやり方で既に変容を遂げているのだ。
 やっとのことでストリートに出て、現実の世界に戻り、都会の喧噪に取り巻かれ、酸素を吸って生き返った時、少し前に体験したことをふと思い出した。ジェイムズ・ブラウン、ピーター・ヤーロウ、それからポール・サイモン。1日目なのにだ。これだけでも、オレは自分の人生で何かをやったと言うことが出来る。レッスンその1を思い出した。オレはジャンプし、握りこぶしを空に向かって振り上げて言った。イエス!

Copyrighted material "Peter, Paul, and James Brown: My First Day in the Recording Studio" by Glenn Berger
http://www.glennberger.net/2013/03/21/peter-paul-and-james-brown-my-first-day-in-the-recording-studio/
Reprinted by permission
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