2014年10月11日

ブライアン・エプスタインのレコード店で最初に〈マイ・ボニー〉を買った若者

 今回紹介するのは、アーティストでも業界関係者でもなく、レイモンド・ジョーンズという一般人のインタビューです。
 NEMSにレイモンド・ジョーンズという若者が〈マイ・ボニー〉のシングル盤を買いに来たことで、ブライアン・エプスタインがビートルズというグループの存在を知ったというのは、有名な「話」です。しかし、その時の客の名前が判明しているなんて出来過ぎではないか、劇的効果を狙った伝説の脚色ではないか、と思う人も多く、さらには元スタッフが自分が話をでっち上げたなどと発言したこともあって、レイモンド・ジョーンズの実在が疑われていたことすらありました。が、このインタビューを読むと、さまざまなことの辻褄が合うはずです。



 www.beatlesbible.comというサイトに翻訳掲載に関する問い合わせをしたところ、全部はダメ、一部ならいいということでOKをいただきました。本当は全部載せたいのですが、ここでは特に、事実でないことを言い出した元スタッフとの確執など、結構どうでもいい部分をピックアップしておきました(他の肝心な部分は『ビートルズの謎 (講談社現代新書)』に詳しいです)。


レイモンド・ジョーンズ・インタビュー

 レイモンド・ジョーンズはビートルズの歴史において、些細だがとても重要な役割を果たした。彼こそ、1961年10月28日に、リヴァプールのホワイトチャペル12〜14番地のNEMS店で〈マイ・ボニー〉のシングル盤を注文・購入した人物なのだ。そして、当時、この店のレコード部門の経営を担当していたブライアン・エプスタインが、ジョーンズに応対したのだ。
 ジョーンズの語ったビートルズの話にエプスタインの好奇心は刺激され、彼は1961年11月9日にキャヴァーン・クラブに足を運んで、彼らの演奏を見た。エプスタインがビートルズのマネージャーになり、レコード契約を獲得し、世界的名声を確立するに至る一連の出来事の、発端となったのがジョーンズなのだ。
 後に、NEMSでエプスタインのアシスタントを務めていたアリステア・テイラーは、レイモンド・ジョーンズは実在の人物ではなく、本当に注文があったように見せかけるために、自分がでっちあげた人物だと語ったが、テイラーの発言はキャヴァーン・クラブのDJ、ボブ・ウーラーや、リヴァプルール出身の作家/ブロードキャスターのスペンサー・リーによってによって反駁された。
 2010年8月、レイモンド・ジョーンズは当サイトに掲載されている自分のプロフィールにコメントを残し、eメール・アドレスも記されていたため、我々はインタビューに応じてもらえるかどうか、コンタクトを取って打診した後、電話とメールでやりとりを行なった。この会話の中で、レイモンドはリヴァプールで暮らしていた頃の話や、ビートルズやブライアン・エプスタインの思い出を語り、それまで表に登場して真相を語ることが殆どなかった理由も明かしてくれた。以下は、レイモンドが我々に語ったことである。


ビートルズのことを知ったのは、どのようにしてですか?

 私はマシュー・ストリートにあるキャヴァーンのランチタイム・セッションの常連でした。そこから歩いて5分しか離れてないデイル・ストリートに職場がありました。キャヴァーンにいくら長居してても、夕方その分働く限り、上司は大目に見てくれました。とてもラッキーだったと思います。初めてビートルズを見た時には、もうぶっ飛びましたよ。自分の耳と目が信じられませんでした。聞いたことのないサウンドでした。ドラマーはピート・ベストで、彼がカール・パーキンスの「マッチボックス」を歌っていました。
 ある日、キャヴァーンのDJのボブ・ウーラーが私の職場にやって来ました。チケットの印刷を頼みにです。それで、私はボブにビートルズが次にどこで演奏するのか尋ねると、チケットを受け取る時に教えるよと言いました。時間と会場を調べてから、私に教えてくれるんだと思いました。
 ボブはチケットを受け取りに来ると、袋を開けて、チケットを2枚、私にくれました。彼はそれにサインし、私がタダで会場に入れるようにしてくれました。ノッティー・アッシュ・ヴィレッジ・ホールでのショウでした。それから、私はビートルズのオッカケになり、夜に行なわれる公演の殆どを見に行くようになりました。もう夢中でした。

ビートルズのメンバーと会ったことはありますか?

 知り合いだったとは言えませんが、話したことはあります。私の父はリヴァプールのバスで働いていました。ジョージ・ハリスンのお父さんもそうでした。ふたりともよくダヴコートにあるトラムウェイ・ソウシャル・クラブに行ってました。私が父と一杯飲みに行くと、ジョージ・ハリスンもお父さんと一緒にそこにいたことがありました。その晩のジョージはあまり話し好きではありませんでした。オフのジョージはステージにいる時とは別人でした。
 ビートルズがシングルを2枚ほど出した頃、ブライアン・エプスタインは全国紙で〈マイ・ボニー〉を買いに来た男の話をしていました。その記事で、エプスタインが私のことを、18歳のレザー・ジャケットを着た「みすぼらしい」若者と言ってたので、とても腹が立ちました。私はNEMSに苦情の手紙を書いて、この発言に気分を概している旨を伝えました。手紙には、皆がスーツを着てるわけではないし、生活のためには肉体労働をしなければならない者もいるのだと書きました。
 そしたらすぐに、NEMSのスタッフから、エプスタインのオフィスまで連絡をいただけませんかという手紙が届きました。オフィスはその頃にはデイル・ストリートから少し外れたムアフィールドにありました。私が連絡を入れると、オフィスまで来てください、実際に会って直接謝罪がしたいからと言われました。簡単な謝罪の言葉の後、ふたりでデイル・ストリートにあるパブ、リグビーズに行って、2杯ほど飲みました。エプスタインは私にありとあらゆることを質問し、同時にメモも取っていました。彼がそう言ってたわけではないのですが、たぶん『A Cellarful Of Noise』の準備をしていたのではないかと思います。
 しばらくして、近所に住んでる女性が、どういう目的があったのかは定かではないのですが、ブライアンに手紙を書いたのです。そしたら、エプスタインの秘書、ダイアナ・ヴェロから返事が届き、エプスタインの本を送りたいので私の住所を教えてくれと書いてありました。1週間後くらいに、確かに本が届きました。

  

あなたはどうして人前に出て、正しい主張をしなかったのですか? さまざまなビートルズ伝の中で、あなたは謎の人物として記されています。実在しない人物だと言う人すらいます。自分の話を語りたいと思って当然だと思うのですが…。

 ボブ・ウーラーから第1回リヴァプール・ビートルズ・コンヴェンションに招かれたのですが、あまり居心地の良い体験ではありませんでした。注目される立場というのは私には似合いません。それで、目立たぬようにしうと決めたのです。数年後、別のコンヴェンションではレイモンド・ジョーンズが登場しますと宣伝されました。友人のロン・ビリングスリーの奥さんのシルヴィアが、そこで私には会えるかもと思って行ったのですが、ボブ・ウーラーが、自分がレイモンド・ジョーンズだと言い張るアリステア・テイラーと口論しているという内容でした。ボブはアリステアがウソをついていることを知っていたので、誰か私の行方を知らないかとオーディエンスに訊いたのですが、シルヴィアはその場では恥ずかしくて発言することが出来なかったので、後でボブ・ウーラーのところに行って、私と連絡を取ることが可能だと言いました。その後、彼女の旦那と友人から私のところに連絡が入り、次に私がボブ・ウーラーに連絡を入れました。ボブも私もテイラーの発言に嫌悪感を覚え、行動を起こそうと話し合いました。ボブは本の出版を計画中で、真実を発表したいと言いました。スペンサー・リーがボブに関する本を書きました。タイトルは『The Best Of Fellas: The Story of Bob Wooler』です。スペンサーもMOJO誌に掲載された「Nowhere Man Found!」という記事中で、私の話を書きました。その後、MOJO誌からは、『Ten Years That Shook the World』という本の中で私の話を使いたいので許可が欲しいという旨の連絡がありました。私が妻と一緒にBBCのテレビ番組を見ていたら、アリステア・テイラーが、レイモンド・ジョーンズという名前と、その人がキャヴァーンの常連だったという話をでっちあげたのは自分だと語っていたので、ビックリしました。全部見えすいた嘘です。ただちにスペンサー・リーに電話を入れると、彼は、やめさせなきゃいけない、我々には証拠があるのだから、と言いました。スペンサー・リーが優秀な鼻で真実をかぎ分けて明らかにして以来、私は世界中の人から確認を求められ続けています。妻と私はここスペインの地元のテレビ用にインタビューを録画しました。

  

アリステア・テイラーはインタビューで「レイモンド・ジョーンズは40年の間に1度だけ姿を現しました。ラジオ・マージーサイドにとても酔っ払った状態で電話をかけてきました。私はレイモンド・ジョーンズなんか覚えていません。話はそこで終わりです。故人であるボブ・ウーラーと私のどっちを信じてもいいでしょう。レイモンド・ジョーンズという人物が実在するのか、私がでっちあげたののか、どちらかなんですから」と発言しています。実際にはどんなことが起こったのですか?

 ラジオ出演の件は本当です。1度、BBCラジオ・マージーサイドでスペンサー・リーと話しました。でも、ラジオに出るのが嫌で、とても緊張していたのです。後でスペンサーからも、飲んでたのか?と訊かれましたが、私は飲んでなんかいませんでした。

〈マイ・ボニー〉のシングルや、ブライアン・エプスタインの署名が入ってる本を、今でもお持ちですか?

 今でもあったらいいんですけどねえ! 一緒に保管しておいたはずなのですが、今ではどこにあるのかわかりません。エプスタインの秘書から近所の人に届いた手紙なら、今でも持ってますよ。これはNEMSに行ったのは私だという唯一の証拠ですね。私の名前はビートルズの歴史とともに語り継がれるだろうと、いろんな人から言われます。そうかもしれませんが、私はただ、自分にたくさんの楽しみを与えてくれたグループの作ったレコードを1枚買っただけです。

Copyrighted article "Raymond Jones interview"
http://www.beatlesbible.com/features/raymond-jones-interview/
Reprinted by permission
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