2014年10月26日

ポール・マッカートー死亡説、静かに45周年

 9月下旬のfacebookには「45年前の今日『Abbey Road』が発売されました」という記事が何度も表示されましたが、それと比べて静かに45周年を向かえているのが「ポール・マッカートニー死亡説」です。1969年10月に全米で大騒ぎとなったこの珍事の内容はくだらないの一言で片付けることの出来るものなのですが、アメリカでの死亡説の伝搬状況を1日単位で追い、死亡説ブームの背景にある宗教観を分析し、死亡説ブームがロック界に与えた影響等を詳しく調べで本にまとめた暇人がいるのです。

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【1969年10月14日付ミシガン・デイリー紙】


 アンドリュー・J・リーヴの労作『Turn Me On, Dead Man: The Beatles and the Paul Is Dead Hoax』の拙訳『ポール・マッカートニー死亡説大全』を電子書籍として出版して2年半あまりが経ちましたが、多少アップデートしなければいけない箇所が出て来ました。
 ポール死亡説をジョン・レノンやジョージ・ハリスンの死と結び付けた粗末なビデオが作られ、それが日本でも放送されたことは2014年5月16日付の記事で紹介しましたが、wikipediaで調べたところ、ポール死亡説を広めるのに重要な役割を果たした人物(マスコミ界で出世している人が多い----第32章を参照のこと)のうち、次の人が既に物故者であることがわかりました。

クリストファー・グレン(1938年3月23日〜2006年10月17日)
CBSラジオのアナウンサー。マイク・ダグラス・ショーでポール死亡説を解説する役を担当し、この失礼な噂に立腹するマイク・マクギアの不興を買う。
http://en.wikipedia.org/wiki/Christopher_Glenn

テリー・ナイト(1943年4月9日〜2004年11月1日)
グランド・ファンク・レイルロードの悪徳マネージャーとして有名。1969年5月に、ポール死亡説に大きな影響を与えたと思われるトリビュート・ソング〈Saint Paul〉をリリース。
http://en.wikipedia.org/wiki/Terry_Knight



 テリーは1969年春に契約の話し合いをするためにアップルに行ったものの、過去にギャラの件でもめたことのあるアレン・クレインが関わっていたり、ビートルズが殆ど解散状態であることを目のあたりにして幻滅。アメリカに帰国してリリースした曲がこれです。

   


posted by Saved at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | Beatles | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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