2015年02月21日

ポール・マッカートニー死亡説映画『ポール・イズ・デッド』

 2000年にドイツで制作され、2001年にアメリカのどこかの映画祭で上映されて以来、全くビデオソフト化されず、日本では幻の映画となっていた『ポール・イズ・デッド』ですが、2013年3月にyoutubeにアップされていました。今日、気がつきました。
 日本語の字幕がついてない動画なので、鑑賞の手助けになるよう、『ポール・マッカートニー死亡説大全』の第36章から、この映画の粗筋を抜粋しておきます(→参考資料を読むをクリック)。



  




『ポール・マッカートニー死亡説大全』
第36章 2つの『ポール・イズ・デッド』映画より抜粋

 アリソン・アンダースの『ポール・イズ・デッド』は脚本段階のままだが、ドイツでは2000年に同名の映画が公開されている。ヘンドリック・ハンドレグテンが脚本・監督を務めたこちらの『ポール・イズ・デッド』は、物語の場面が1980年晩夏の西ドイツの小村に設定されている。12歳のませた少年、トビアス・ケルナーは、ビートルズと、まだ結成していない自分のバンド、ノズル・ボックスに人生の情熱を注いでいた。彼は長くて暑い夏の日に自室で過ごし、マスコミによるインタビューを録音していた。聞き役もアーティストもどちらも自分だった。
 ノズル・ボックスの推定上のメンバー----トビアスと兄のティル、親友のヘルムート----は川辺に集まって、ビートルズのトリヴィアについて問題を出し合った。トビアスは、夜になると、アラン・バングズのビートルズ番組にラジオのチューニングを合わせて、知識を強化していたのだが、ある晩、ラジオのアナウンサーがリスナーに尋ねた:「さて、<ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー>の終わりの方で、ジョンはある言葉を2回つぶやいています。さて、何と言ってるのでしょう?」これこそが若きトビアスの何の屈託もない生活を引っ繰り返してしまった謎の質問だった。
 丁度その頃、見知らぬ男が村に現れた。彼は背の高いイギリス人で、白のVWビートルに乗っていた。最初のうちは自動車に気づかなかったのだが、「LMW 28IF」というナンバープレートの番号を書きとめている時、トビアスはふと気づいた。
 「これって、『アビイ・ロード』のジャケットにあるナンバープレートでは?」トビアスは興奮しながら兄と友人にしゃべったのだが、ふたりとも彼の空想的好奇心に付き合ってる暇はなかった。ヘルムートはアルツハイマー病に冒された父親の面倒を見なければならず、兄のティルは生まれて初めて真剣に交際しているガールフレンド、テッサとデートすることに夢中だった。
 この間中ずっと、トビアスはまだトリヴィア問題の答えを探していた。彼はステレオで<ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー>をかけ、レノンのつぶやきを聞いたが、英語がわからないので、レノンの言っていることを理解することが出来なかった。この謎を解くために、トビアスはロジャーズ・レコードに行き、バイリンガルのオーナーに歌詞の意味について尋ねた。
 店主のロジャーは意味を教えてくれただけでなく、ポール死亡説全部を順を追って語ってもくれた。間もなくトビアスは、VWビートルの謎のイギリス人がポール・マッカートニーを殺した犯人ビリー・シアーズに違いないと思った。
 学校の用務員にも疑いの目が向けられた----彼は『アビイ・ロード』の歩道に立っている謎の人物ではなかろうか? トビアスとヘルムートは証拠を集め、自分達が発見したことに自信を持っていた----次のアラン・バングスの番組までは。
 ラジオのアナウンサーは10年前に起こった茶番劇を説明した。彼はポール死亡説の噂を馬鹿げた話だと言い、<ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー>のエンディングでジョン・レノンがつぶやいている言葉は「I buried Paul」ではなく「クランベリー・ソース」だと断言した。トビアスはこれを信じることが出来なかった。『アビイ・ロード』のジャケットにある「28IF」というナンバーのVWビートルに乗ったイギリス人の行動が怪しかったからだ。
 夏休みが終わって学校が再開されると、新年度の最初の授業は英語だった。恐ろしいことに、先生は他ならぬミスター・リーシュ(Reash)だったのだ。のっぽのイギリス人は新しい生徒達に言った:「ビリーって呼んでください」彼の苗字は「Shears」の不完全アナグラムになっていた。
 クリスマス休暇が近づいていたが、ビリー・リーシュ先生のクラスには特にこれといって変わったことはなかった。先生は生徒達に楽しい休暇を過ごすように伝えた後、自分はニューヨークで休暇を過ごすと言った。生徒達を送り出す前に、先生はトビアスにプレゼントを渡した。それは瓶に入ったクランベリー・ソースだった。
 数日後の晩、トビアスは真っ青な顔をした兄から起こされた。彼は一言「ラジオをつけろ」と言っただけだった。間もなく、トビアスはビートルズのメンバー----ジョン・レノン----が本当に亡くなったことを知った。
 「ビリー」その時、トビアスの発することの出来た言葉らしい言葉はこれだけだった。
 『ポール・イズ・デッド』は、私達全員が通過する子供時代の好奇心や純真さの喪失を表すぴったりのメタファーである。おもちゃの兵隊で遊び、敵を全滅させたつもりになることは出来るが、本当に欲しいものかどうか注意深く判断しなければならない。本物の銃を持つ本物の兵隊になって本物の血を流すことは、空想とは全く違うことなのだ。非常に辛辣な物語だ。
 この映画は、アメリカでは2001年1月に行なわれたスラムフェスト・フェスティヴァルで初公開され、いくつもの賞を獲得したのだが、未だにDVDもVHSも発売されていない。しかし、英語の字幕付きのものも字幕なしのものも、スタジオから直接入手可能だ。
X-FILME Creative Pool, GmbH
www.x-filme.de
posted by Saved at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | Beatles | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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