2015年11月08日

AJ・ウェバマン、ディランとレノン、ヘンドリクスを語る

 ロック・ミュージックの批評・研究の世界で活躍する論客の中で、今回紹介するAJ・ウェバマンほど論争の的になってる人はいないでしょう。当ページでは、4年前にボブ・ディランのファンジンThe Bridgeに掲載されたインタビューを紹介しましたが、今回Tablet Magazineに掲載されたインタビューでは、ウェバマンはボブだけでなく、ジョン・レノンやジミ・ヘンドリクスについても語っています。内容が内容なので、どこまで信憑性があるかはわかりませんが、AJが彼らと実際に会った経験がある歴史の生き証人であることは確かです。

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【一番左がAJ・ウェバマン】


 昨年、ディラン・ファンの生態をテーマにした本『The Dylanologists』が出た時には、ディラン関連アイテムを集め「過ぎ」の人、コンサートを追いかけ「過ぎ」の人、録音し「過ぎ」の人等、極端な人ばかりを紹介しているという批判が、一部からあがりました。AJが自称している「ディラノロジスト」という言葉をタイトルに使用していなかったなら、反発はもう少し穏やかものになっていたでしょう。AJという人物、及び「ディラノロジスト」という言葉は、ディラン・ファンからも嫌われており、自分をまともな人間だと主張するためのスケープゴートにさえされています。
 我々の持つディラン観は徐々に変化してきました。かつてはリベラル派でプロテスト・フォークの旗手というイメージでしたが、最近では、プロテスト・ソングを上手に書くことが出来たがために、そっち方面で祭り上げられてしまったが、実は意外に保守的な価値観の人間で、政治にはそんなに興味はなさそう、という見方が一般的になってきています。40年以上前に、最初にそう言ったのはAJです。我々のディラン観はAJ的なそれに少し傾いてきています。とはいえ、このインタビューで言い張ってるような極端過ぎる意見と完全に一致することはないと思いますが…。
 とにかく、「痛い人」というレッテルだけで人を判断するのはおかしい、この人物の発言の中にも重要な情報が含まれてるかもしれないという意図で、今回もインタビューを紹介しますが、イスラエル問題やアメリカの政治の部分は、門外漢ゆえご勘弁。ロックに関する部分だけ抄訳しておきました。ポール・マッカートニー死亡説に関する発言は初耳です。


   




AJ・ウェバマン、ディランとレノン、ヘンドリクスを語る
聞き手:デヴィッド・サミュエルズ


あなたの執拗な探求心は何に由来しているのですか? 子供の頃もそうだったのですか?

 1973年11月22日、ワシントンDCにいた時に始まったんだよ。ジョン・F・ケネディーの脳味噌を米国国立公文書館から盗んだ奴を見つけるためのデモ組織に参加してたんだ。脳味噌がなくなってたからだ。ニューヨーク・タイムズの記者がたまたまそれに気づいたんだ。最近にも、取ったのはRFKだと言ってる人もいるという記事があったよ。
 それで、オレたちはこのデモをやったんだが、バーナード・フェンスターワルドって奴も同じ日に検討会を行なっていた。フェンスターワルドと一緒に調査活動をやって、こいつには見た目以上の何かがあるって感じがした。オレは丸1週間、マリファナも吸わずに仕事をして、DC中にポスターを貼ったり、ビラを配ったりして、それからフェンスターワルド主催の研究会で少しスピーチを行なった。
 フェンスターワルドのスタッフをやってる女の子と会ったので、「ハイになろうぜ」って誘い、ちょっと持ってたハシシを吸い始めたんだけど、ジョージタウン大学の中だったから、女子学生があちこちにいた。オレは「キミの寮に行こうよ」と言い、そこに言ってハイになってロックンロールを聞いた。すると、下の階で誰かが叫び始めた。スティーヴン・ソーターだった。カール・セーガンの仲間だ。こいつがオレに見せてくれたのは、暗殺の1時間後に、テキサス州の教科書倉庫ビルの裏で、貨物列車の中で捕まった連中の写真だった。その中のひとりがフランク・スタージスに似てるとオレは思ったんだが、バーナード・フェンスターワルドは、DCとダラスに行って調査したが、そいつじゃないと言った。
 スティーヴンが「お前、フェンスターワルドを信じてるの? フェンスターワルドはたぶんCIAの職員だぜ」と言うので、オレは逮捕者の写真を見て言った。「う〜ん、こいつはハワード・ハントに似ている。こいつはフランク・スタージスに似ている。もう1人の奴はミシガン州立大に通ってた頃にオレが部屋を貸してた奴に似ている。マリファナの売人をやって放校になる前だけど」 すると、スティーヴンは「ちょっと待って。こいつはスタージス? こいつはハント? どっちもウォーターゲートでニクソンの手下だった奴じゃねえか」と言った。ハワード・ハントはピッグス湾事件に関与していた。フランク・スタージズは想像しうるあらゆることに関与していた。
 ということで、オレは国立公文書館に行って、いろんな文書を読み漁り始めた。国立公文書館にあるケネディー暗殺に関する文書を全部読んだ。その後、マイク・カンフィールドって奴に会った。カンフィールドはゴンザレス下院議員を説得して、ケネディー暗殺を調査するための法案を国会に持ち込んでもらい、そうして、暗殺に関して調査を行なう特別委員会が作られたんだ。

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ノーマン・メイラーの小説『ハロッツ・ゴースト』は読みましたか?

 いや。でも、そいつのゴミ箱の調査はしたことあるよ。

何が見つかったんですか?

 馬券。

ハハハ…。

 こいつはチキン野郎だ。ブルックリン・ハイツにあるこいつの家のゴミ箱を調べていたら、こいつが家から出て来た。もめごとになるのを予想したんだけど、オレがトレンチコートを着てたんで、あいつはこっちがFBIか何かだと思ったようだ。そのまま引っ込んでったよ。

  

私もそのブロックで暮らしていました。エホバの証人の「ものみの塔(Watchtower)」ビルから坂を上がったところです。ディランはマンハッタンから見えたこの看板に触発されて〈All Along the Watchtower〉を書いたと思いますか?

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 いやいや。「見張塔からずっと、王子たちは監視を続けた。一方、女たちは皆、出たり入ったりしたいた」というのは、ディランのキャリアについての歌だ。以前、オレがまだディラノロジーの原始的な段階にいた時は、「風が吠え始めた」という一節の「風」とは〈Blowin' in the Wind〉のようにディランのことで、「吠え始めた」はギンスバーグの詩「吠える」のことだと思っていた。それで、その件をギンスバーグのところに行って訊いてみたら、ドアのところに裸で出て来て、「違うよ、ウェバマン、違う違う」と言った。
 だが、こいつからはよくアドバイスを求められた。何度もカモられてたから、どうしたらいいか知りたかったんだろう。

あの人だって人間ですよ。

 注射器使ってたから肝炎を患っていた。その後、ちょっと金持ちにはなったけどね。

昔はどうして皆、注射が好きだったんでしょうね?

 オレに訊くなよ。オレは注射はしてなかった。でも、注射はとても気持ちいいんじゃないかなあ。オレと知り合いだった時のレノンは中毒だった。晩年は痩せてやつれてただろ。ジョンとヨーコは時々服を着てなかった。バスルームに行くジョンの後をつけて行って、小便をするのを観察したことがある。大切なのは、その時ジョンが裸だったってことだ。

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ボブ・ディランのゴミ箱を漁るといった行動は、あなたがそれを初めてやった当時は、人の道を踏み外していてカウンターカルチャー的だと思われていましたが、現在では、社会的本能として広く受け入れられるに至ってます。ある意味、ゴミ学(ガーボロジー)はインターネットの魂です。

 「ゴミ収集人」という意味の「ガーボロジスト」という言葉はオーストラリアに存在してたんだけど、ゴミを研究するという意味の「ガーボロジー」という言葉はなかったんだ。ただし、最近では「ガーボロジー」というと、リサイクルを増やすこととか、ゴミの社会経済的な面を理解することを意味するようになってきた。オレがガーボロジーを実践したのは、主にディランを調べるためだった。

あなたとボブ・ディランが交わした会話についてあなたが著した文を読みましたが、これは楽しいですね。なぜディランはあなたとの会話をストップしなかったのでしょう?

 オレのディラン講座の受講生たちを遠足ってことでディラン宅まで連れて行ったら、ディランが「アル、どうしてこんなにたくさんの人を連れて来たんだよ?」って言うので、「オレのディラノロジー講座の遠足です。でも実際には、あなたが代表しているあらゆるものに反対するデモです」とオレは答えた。そしたら、ディランは服の袖をめくって言った。「見ろよ、オレはジャンキーじゃない」
 その後、6丁目&ブリーカー・ストリーの自宅に戻ったら、ディランが電話をしてきた。「オレのボディーガードか運転手の仕事はしてみたくないかい?」って。オレは言った。「オレを買収して取り込もうとしたって無駄だぜ」 オレはディランのスタジオによく行くようになり、とても楽しい時を過ごした。『Chronicles』でも書いてるよ。比喩的にだけど。
 ディランとオレは常に同じサークルの中にいた。ウェスト・ヴィレッジのドラッグ大好きタイプの人脈だ。ウェスト・ヴィレッジでオレの隣で暮らしてたレイ・グーチって奴は、昔、ディランのドラッグ仲間だった。そういうつながりがあったんだ。その後、ディランは〈Dear Landlord〉を書いたが、これはディランとウェバマンの関係について歌った曲の第1号だ。脅迫に満ちていた。

 

ディランがあなたを脅威に感じたのも当然でしょう。

 そうじゃない。あいつのほうがオレの生活を脅かしていた。何を考えてるのかよくわからないんだけど、一緒の部屋にいた時も、ヒューストン・ストリートに面した部屋で明かりをつけずに、ヒューストン・ストリート&サリヴァン・サリヴァン・ストリートにある聖アントニウス教会を眺めていた。本当に薄暗かった。すると、「アル、お前がオレの生活の中に入り込んできたなら、魂を取ってやる」なんて言う。オレが「魂を取ってやるって、どういう意味? オレを殺すと脅してるの? オレを殺すつもりなの?」と訊くと、「いや。でも、そうしてくれるかもしれないマフィアの人間なら、何人か知ってるよ」と言う。
 でも、考えてみろ。ボブは死ぬまでマフィアから脅され続けたいなんて思ってない。ボブはそういうふうに、オレをからかった。ブリーカー・ストリートでオレを捕まえて、ボコボコにした。

あなたは靴の底にくっついてなかなか取れない何かみたいな存在なのでしょう。

 オレはボブの全ての脅威だった。あいつはのんびりヘロインを打つことも出来なかった。その後、オレはボブの家の前で誕生日パーティーを開いて、ボブをグリニッジ・ヴィレッジから追い出してしまった。これはデイリー・ニュース紙の中央見開きページにその記事が載っちゃったんで、もう、この界隈では暮らせなくなった。ボブの家の前にたくさんのヒッピーが集まるようになっちゃったからね。

そっとしておくことだって出来たでしょうに。どうしていやがらせをしたのですか?

 裏切り者だと思ったんだよ。左翼的信条を捨てたからね。だが、ディランが左翼主義者だったことなんかないんだ。ディランは有名になるのに一番手っ取り早いことをやり始めただけだった。
 ディランがやったことを考えると笑ってしまうよ。「砲弾は永久に禁止されるまで、何回飛ばなければいけないのでしょうか」って皆に歌わせたんだ。別のコンテクストでディランを見てみると、「オレを向こうに連れてってくれる弾丸列車に乗れ。オレのカバンは下に沈みかけているから、もう行動を起こす時間だと思う」なんて言ってるんだ。これは「黒人のヘロイン・コネクションを見つけよう」って意味で、「オレのカバンは下に沈みかけている」とは、つまり「ヤクがキレかかってる」という意味だ。よって、「弾丸は何回飛ばなければいけないのでしょうか」の部分はこうだ。弾丸とはコントロールがきかない黒人のことだ。「永遠に禁止になる前に」の「禁止」が意味するのは、南アフリカではアパルトヘイトに反対してたアフリカ民族会議は禁止されていた、ということだ。

そんなバカな。

 ディランの歌の裏には人種差別的な、アパルトヘイトに賛成するような意味があるんだ。

これは、ディランの歌詞に関するあなた独自の、非常に個人的な解釈だということは、しっかり理解してますよね?

 こういうことが繰り返し出てくる。「昔は外交官とクロム製の馬に乗っていた」は「クロムの最大の輸出国、つまり南アフリカと外交的関係を持っていた」という意味で、「肩にシャム猫を乗せていた」は「白人にとってはお荷物を乗せている」、「シャム猫」とはつまり黒人だ。「彼はまさにその場所にはいなかった」は「南アフリカとの外交関係を破棄しようと決意した時、自分のしてきたことを正当化するのは大変だっただろう」という意味だ。
 これがディランが頭の中で考えてることなんだ。ディランは人種差別主義者で、ホロコーストを否定する歴史修正主義者で、ナチ支持者だ。だが、オレはディランは誇り高きユダヤ人だと思っていた。オレは自分のことが嫌いなユダヤ人、パレスチナの味方で、自分で自分の墓穴を掘ってるような奴だ。自分がユダヤ人であるのと同時にヒッピーでもあるからだ。

 

でも、その後、1980年代にディランが〈Neighborhood Bully〉を書いて、イスラエルがスケープゴートにされていることについて歌った時、ディランはあなたと同じ軌道上にいると感じませんでしたか?

 あれはいい歌だった。でも、その後、ディランはキリスト教徒になった。「お前の父親は無法者で、職業は放浪者。オレに刃物の選び方と投げ方を教えてくれた」というくだりで、「お前の父親は無法者だ」は「お前の先祖はキリストを殺した」ってことだ。「職業は放浪者」というのは「そのせいで世界を放浪することを余儀無くされた」ってことだ。「オレに拾い、選ぶやり方を教えてくれた」というのは「選ばれた民」ってことだ。「刃を投げる」というのは割礼だ。「彼が王国を見渡しているので、よそ者はひとりも侵入することが出来ない」は「誰を受け入れ、ユダヤ教に改宗するのを許すか、とても注意深く観察している」ってことだ。
 オレはバックワード・マスキング(音源を逆に再生すると隠れたメッセージが聞こえてくるという説)も発見した。〈If Dogs Run Free〉を逆に再生したら、「もし火星が我々を侵略したら」みたいなことを言っていた。オレはヤン・ウェナーとは友達で、ヤンはローリング・ストーン誌のランダムノーツでこれを取り上げ、そしたら、たくさんの連中がレコードを逆回転で聞き始めて、「ポールは死んでいる」ということがわかったわけさ。

今のヤン・ウェナーを見ると、結構マッチョな体型ですよね。

 どうやってそうなったのかわからないけど、きっとステロイドか何かを飲んでるんだろう。オレが知ってるあいつは、オレでもいじめることが出来るくらい弱虫だったんだけどなあ。イーストサイド・ブックストアで会って、壁に向かって突き飛ばしたこともあった。でも、今はわからない。

過去50年間、ディランの歌詞の暗号を解読してきたことは、あなたの超オリジナルな頭脳の最適な使い方だったと思いますか?

 オバルチン(欧米で販売されてる麦芽飲料)を買って、ボトルの包装を集めると、オバルチンの秘密を解読することが出来る指輪をもらえます。指輪に記されてる番号がある文字を表しています。オバルチン・アワーにラジオのダイヤルを合わせて、文字を写し、また別の文字を写して…すると、どんなメッセージが出て来たと思う? オバルチンを飲もうだ。
 これと同じケースだよね。こんなことを理解しようとして、オレは自分の人生を無駄に使ってしまった。

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【バッジの文句に注目】


ジョン・レノンとの関係について教えてください。

 きっかけは、オレがアレン・クラインのオフィスに侵入したことだ。バングラデッシュのコンサートのアルバムを出したのに、こいつは金をバングラデッシュ側に渡さず、全部を独り占めしてたんだ。ニューヨーク誌にこの件に関する詳しい記事が載ってたので、「もしこいつが本当に、バングラデッシュの食う物にも事欠いてる人々からぼったくってるとしたら、欲の深いクソ野郎だ」と思い、空腹にあえぐ音楽業界の大物に無料の食事を提供する計画を立て、1番街の果物屋の近くにあるゴミ捨て場に行って、腐った果物を集めて、クラインのオフィスに行って、そこら中に投げ付けたんだ。フィル・スペクターがそこにいたよ。こいつはオレの彼女のアンを攻撃してきた。それから、ボディーガードに命じてオレたちを追い出させた。その後、ジョンとヨーコから電話があったんだ。「あなたとアンと一緒にお茶を飲みたいので、来ていただけませんか」って。ということで、オレたちはバンク・ストリートに行き、交友関係が始まったってわけさ。

ジョンとヨーコは何を求めてたと思いますか? 保護ですか? ニューヨークに来て間もない頃でしたから。

 いやいや。ふたりはアレン・クラインにウンザリしてたので、オレたちがやったことを気に入った。オレたちはジョンとヨーコのためにも発言した。あいつらは行動主義が好きだった。
 ジョン・レノンは革命支持者だった。歌にもある通り、「労働階級の英雄」さ。ジョンはIRAを支持していた。ハシシを売って、武器の密かに手に入れ、それをアイルランドのIRAに送っている連中に、オレは向こうで会ったことがある。ジョンはクレイジーな奴だった。マイアミで行なわれる共和党大会で暴動を起こすための資金をオレにくれた。

ということは、ディランとは違って、レノンは政治意識のある人間だったんですね。

 レノンはしょっちゅうヘロインをやっていた。会いに行っても、「ジョンは気分が落ち込んでる状態なので、部屋の中には入らないで」と言われたことがある。そんな時には、レコードやヨーコの芸術とか、いろいろもらえたんだけどさ。今になって思うと、ジョンは禁断症状{コールドターキー}に苦しんでたんじゃないかな。腕に注射の跡はなかったから、あの頃は炙って煙を吸ってたんだ。
 レノンは革命をやるんだとオレを説得し、ジョン・ケージ宅の裏に行って、ケージ宅の電話回線を延長コードでレノン宅に繋いで、夜、ケイジが寝た頃、彼の回線を使って、FBIに盗聴されずに電話をかけることが出来るようにしたんだ。

ジョン・ケージはそれを知ってたのですか?

 知らなかったと思うよ。オレたちが家具を盗んだことにアンディー・ウォーホールが気づいてることは、オレは知っていた。マイアミから戻って来て、2番街&3丁目の、ヘルズ・エンジェルスのたまり場と同じブロックの地下室にイッピーの本部を作ったので、暖房等を探してたんだ。クーパー・スクエアのそばを歩いていた時に、ドアが開いてたので、上に上がって行ったら、アールデコ調の大理石で出来たドレッサーやランプや時計といった調度品がたくさんあった。「だれかが捨てたのかな」と思ったよ。
 オレはある男にトラックを持って来させて、全部をトラックに積んで、自分のロフトやイッピー本部に運んだんだ。1週間後にニューヨーク誌を読んだら、何者かによってアンディー・ウォーホールのアールデコ調調度品の隠し場所が荒らされた、という記事があった。その後、パーティーで、ダーナ・ビールがウォーホールのところに行って、「アンディ、それを取ったのは私たちなのよ。てっきり廃棄したものだとばかり思ってたの」と言うと、アンディーからは「構わないよ。売らなきゃそれでいい」って言葉が返って来た。

レノンはアメリカから何を欲していたのでしょうか?

 何を欲していたかって? ジョンはニューヨークを愛していた。ジェリー・ルービンもアービー・ホフマンも好きだった。こいつらは皆を楽しませる人間だった。それから、もちろんデヴィッド・ピールもだ。レノンは革命支持者だったから、基本的に、ああいう連中とウマが合った。デモにもやって来た。
 オレはリンダ・イーストマンの実家の前で「ポールは死んでいる」デモをやったんだ。霊柩車も用意して、ポール・マッカトニーの葬式のまねごとをやったんだ。ポールのアルバムは政治に無関心だからだ。ジョンとヨーコも袋に入ってやって来て、声明文を読んだよ。

会わなくなってしまったのはいつ頃ですか?

 ダコタに引っ越した後だ。ふたりはヘロインにどっぷり浸かってしまった。どっぷりさ。中毒になってしまったんだ。

ジョン・レノンがヘロインを使ってるのを見たことはあるんですか?

 いや。あいつはオレがヘロインに反対してるの知っていた。ディランは中毒で、ヘロインを使うために左翼思想を売り飛ばしたって、オレがしょっちゅう言ってたからね。もちろん、左翼思想なんて存在しなかったんだけどさ。ディランは当時そういう思想が流行ってたから、マルクス主義吟遊詩人になっただけなのさ。

あなたがボブ・ディランに腹を立てているのは、あなたはディランと人間関係を持ちたいのに、ディランの側がそんなのお断りっていう態度だったからなんですよね? ディランはあなたのことをクレイジーだと思ってるようです。

 オレはクレイジーじゃない。真相を話そう…。

でも、あなたはディランのファンなんでしょ。ディランをとても頭のいい人間だと思ってるんですよね?

 ああ。あいつは頭のいい奴だ。偏執狂だ。ヒューバーツ・フリー・マーケットに出演した時に、どの曲をリクエストしても歌ってくれた。42丁目の機械みたいに。オレはディランがそのことについて歌を書いてくれるのを待っている。ヒューバーツはオレも昔はよく通った。ディランもあの頃はヒューバーツやガスライト、カフェホワが好きだった。オレはカフェホワで働いてたんだ。ジミ・ヘンドリクスに1晩3セット演奏してもらって30ドル払った。
 ジミ・ヘンドリクスは音楽の歴史の中で、小さな会場で3時間過ごすことが出来るなら、持ってるもの何とだって交換していいと思える唯一の奴だ。
 こいつの演奏をずっと聞いてたよ。ジミが演奏をした時に、誰かが床にガラスのコップか何かを落としてしまっても、演奏が終わるまでは片付けない。1秒も聞き逃したくないからね。よくジミの演奏を聞きに出かけたよ。クレイジーな奴で、舌で弾いたり、ギターを背中に回して弾いたり、いろんなことをやってたな。ディランのカバーもたくさんやった。〈All Along the Watchtower〉とか〈Like a Rolling Stone〉とか〈Wild Thing〉とか。
 ある晩、エリック・バードンが客席にいる時、ジミはオレに「あの人と契約してイギリスに行くんだ。たくさんの金が入って来るんだぜ。そしたら、ありとあらゆるドラッグが出来る」って言うので、「全部やりたいの?」って訊いたら、「ああ」だってさ。
 ジミはいい奴だった。フレンドリーでお高くとまらない人間だった。基本的には、自分を黒人イッピーだと考えていた。アービー・ホフマンに国会にマリファナを送る資金をあげてたよ。全ての議員にジョイントを1本ずつ送ったんだ。アービーによると、かなりの割合の議員がマリファナをFBIに提出しなかったらしい。

マリファナが人々の頭やアメリカ社会を良い方向に変えると思ってたのですか?

 それからLSDもね。オレたちは水鉄砲で警官にDMSOとLSDを吹きかける予定だったんだ。DMSOで皮膚の透過性を高め、LSDは幻覚発現薬だから、連中をクレイジーにすることが出来るはずだ。だが、人々はもはやLSDをやらなくなってしまった。
 最近では、ニューヨーク・シティーのどこに行けばLSDが手に入るのかもわからない。それに、オレが今の状態でLSDをやってしまったら、気が変になって、コーコラン社かどこかの不動産ブローカーになってしまうかもしれない。オレの人生のそういう一部は確実に終わっているのに。
 LSDは試練だったけど、退行現象やアル中を終わらせることが出来た。正しい状況下で摂取すれば、優れた効果のあるものなんだ。

Copyrighted article "A conversation with the noted garbologist about Bob Dylan, John Lennon, Meir Kahane, being a drug dealer, and what's wrong with NY today" by David Samuels
http://www.tabletmag.com/jewish-arts-and-culture/music/194509/a-j-weberman
Reprinted by the permission of AJ Weberman
posted by Saved at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | Beatles | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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