2015年12月29日

〈ヘイ・ジュード〉PVでタンバリンを叩いてるのは私です

 以前拙ブログではこの写真の右下に映ってる女性に関する話を掲載しましたが(「1968年8月セントラル・パーク、迷子のザ・フーとビートルズ速報」)、他のデータ等と照合すると時間的に矛盾があります。8月7日に行なわれたザ・フーのコンサートで、9月4日に行なわれた〈Hey Jude〉のPV撮影の話が出来るはずがありません。たぶん、著者の頭の中で2つかそれ以上の思い出が混ざりあってしまったのでしょう。あれからもう40年以上経ってますから。

heyjude.jpg


 ところで、今回紹介するのは、同じ写真の中でタンバリンを叩いてる男の人の話です。

   




〈ヘイ・ジュード〉PVでタンバリンを叩いてるのは私です
語り:ジョエル・ソロカ


 1968年の夏に、ロンドンから始まってロンドンで終わるヨーロッパ周遊の旅をしました。私は21歳のニューヨーカーで、北アメリカの外に出たのは、その時が初めてです。9月はじめの頃は、エッジウェア・ロードのB&Bに泊まり、朝食に生焼けのベーコンを食べたりしていました。私にとっては全く新しい体験でした。
 9月3日、私はピカデリーの近くにあるアメリカン・エクスプレスに自分宛の郵便物を受け取りに行くために、バスに乗りました。でも、帰る時にバスに乗り間違えてしまったのです。魅力的な女性が隣に座ったので、おしゃべりをしていると、突然、彼女はこんなことを訊いてきたのです:「ビートルズと会いたくない?」 私は「ちょっと考える時間をくれませんか」みたいな返事をしたのですが、彼女は「ダメ。すぐに決めて」と言いました。彼女が言うには、自分はアップルで働いていて、ビートルズは翌日、ニュー・シングルのプロモーション・フィルムを撮影する予定とのことでした。彼らは観客を探していて、彼女は私の顔が気に入ったそうなのです。私は彼女の言うことを一言も信じませんでした。彼女は私に正式なものには見えない書類をくれて、翌日の午後4時にヴィクトリア駅に来るよう言いました。バスがそこで待ってるとのことでした。
 私は半信半疑でしたが、彼女の言ったことは全て、その通りになりました。私達はロンドンから出て、格納庫のようなところに連れていかれました。そこはトウィッケナム・スタジオというところでした。バスの中には、いろんな年齢の人からなる雑多な人間が集まっていました。皆、興奮しながらおしゃべりをしていましたが、これから本当にビートルズに会えるなんて信じられないという雰囲気がありました。バスが到着すると、私達は明るい照明が灯ったスタジオに連れていかれました。技術関係の人たちが、ドラムや楽器がセットされている台の回りを動き回っていました。
 ドアが開くと、ビートルズが入って来ました。これは現実?と思いました。彼らがウォーミングアップしてる間は適当にブラブラしてていいと言われました。私は歓喜の状態でした。ビートルマニアだったのですが、ビートルズを生で見たことがなかったからです。
 ビートルズは〈Hey Jude〉を数回演奏しました。私達はコーラスに加わり、ステージを取り囲めと指示されました。皆、とてもお行儀が良く、いかにもイギリス人という感じでしたが、私は自分がここにいた印を残そうと心に決めて、ステージのすぐ横を確保しました。その時、リンゴがタンバリンを私のそばに置いたのです。私はステージに上って、それを拾いました。



 このテイクを使ってもらえたらいいなあと思っていましたが、撮影は10テイクほどにも及び、テイクを重ねるごとに、私と一緒にステージに上がる人が増えていきました。私はタンバリンを手にすることに取り憑かれていました。ちょっと強引な奴だったでしょう。
 テイクの合間に、私はビートルズのメンバーに自己紹介の挨拶をしました。ポールは愛嬌がありました。ジョンは皮肉屋でした。「キミはニューヨークから来たの? オレたちのコンサートは見に来てくれたのかい?」と訊かれたので、私は彼の皮肉の真意をくみ取ってこう答えました:「お金を払ってビートルズを見たのかってことですか?」 レノンは私の返答を気に入っていたと思います。ジョージはもの静かでした。そして、リンゴはスイートハートで、「リッチーって呼んでくれよ」と言いました。
 撮影終了後、ビートルズのメンバーに、B&Bに行って私や友人たちとパーティーしようよと言いました。少しハイになってたのでしょう。でも、彼らはリムジンの中に連れていかれてしまいました。
 アメリカに戻ると、誰も私の話を信じてくれませんでした。でも、その後間もなく、イギリスのトップ・オブ・ザ・ポップスだけでなく、こっちで放送されているスマザーズ・ブラザーズ・ショウでもフィルムが放送され、私はしっかりそこにいました。
 今、もうすぐ68歳という私には、ビートルズは普通の人間に思えますが、1968年には彼らは神様でした。自分の子供が生まれたことを以外では、これが人生で最も素敵な出来事です。


Original article "That’s me in the picture: Joel Soroka shakes a tambourine at the filming of Hey Jude, 4 September 1968"
http://www.theguardian.com/artanddesign/2015/dec/04/beatles-hey-jude-photograph-thats-me-in-picture?CMP=fb_gu
posted by Saved at 19:46| Comment(2) | TrackBack(0) | Beatles | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
YouTubeでヘイジュードを観てビートルズの大ファンを自認する私が、もしも、私がこの場所にいたらと妄想してぐぐっていたらこちらのサイトにたどり着きました。
タンバリンの男性は少しジョンの雰囲気がありますね。
スタジオで共演した超幸運のファンたちは一生の思い出ですね。
参加したファンの思いはどうだったんだろうと以前から興味がありました。
ナイスな記事のチョイスと翻訳ありがとうございます。
4月のポールのコンサートが待ち遠しいです。
Posted by かつ at 2017年03月15日 19:33
タイムマシンが実用化されたら、9月にロンドンに行って、ジョエルくんを探して友達になって、行動を共にしているしかないですね。
Posted by Saved at 2017年03月15日 19:51
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