2016年06月23日

「ハリケーンの夜」のテープの話(少しだけモハメド・アリ追悼)

 1975年12月8日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行なわれた「ハリケーンの夜」は、《The Hurricane Carter Benefit》等のブートレッグに収録された超優秀オーディエンス音源(ボブ・ディランの部分だけ)が昔から知られていますが、今回紹介する記事に出てくるのはこのテープではありません。オープニングから〈Hurricane〉までの約4時間を収録したモノラル・レコーディングを、15年ほど前に録音者本人が放出したので、それまで文字情報だけで音を全く聞くことが出来なかった部分(モハメド・アリのスピーチやルービン・カーターの電話出演、ロバータ・フラックのセットなど)を含むショウの「ほぼ」全貌が「音」として明らかになりました。「ほぼ」というのは、優秀オーディエンス録音は最後の2曲〈Knockin' On Heaven's Door〉〈This Land Is Your Land〉がなぜかノイズだらけ(この2曲を別の日から持って来たブート、ノイズだらけのまま収録したブートがあります)、新発掘の4時間テープは〈Hurricane〉までの収録という具合で、どちらもショウの最後の最後が不完全でした。

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 とはいえ、今回の記事でも触れられているrec.music.dylanへの書き込みに対して、私も問い合わせを行ない、4時間バージョンを送ってもらったのを覚えています。「リクエストが世界中から」の中には私も含まれます。私からは何を送ったかなあ…。
 この録音者と再び接触があったのは、私がfacebookに登録した2010年のことですが、彼が作ってるディラン情報サイト、Dylan Examinerにこの話が掲載されるまで、彼があのテープの主だったとは気づきませんでした。あちらさんもトレードの件はすっかり忘れてたようです。
 私達が直に会う機会があったのは、2013年7月のポール・マッカートニーのボストン公演の時でした。パソコンの回線の向こうのずっと先のほうには本当に人間が存在しているのを確認するのは、毎回、嬉しいことです。

  





「ハリケーンの夜」のテープの話
文:ハロルド・レピドゥス(Dylan Exmaniner)


 1975年12月、ローリング・サンダー・レヴューがニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにやって来て、「ハリケーンの夜」と題されたコンサートを開催しました。私はこのショウの大部分を見て、録音しました。ボブ・ディランの超マニアなコレクターなら、そのコピーをお持ちのことと思います。
 1975年の秋、私の耳はニューヨークの伝説的アンダーグラウンド・ラジオ局、WNEW-FMにいつも以上に釘付けになっていました。というのも、ボブ・ディランが行なっているスケジュールが謎のツアー、ローリング・サンダー・レヴューの動向を知る唯一の方法だったからです。私は少なくとも1回はショウを見たいと思ってたのですが、それまでのところは、情報を得た時にはもう終わっていました。ある程度、事前に情報を得たとしても、私は見に行くことが出来るのだろうか? 運転免許が取れる年齢ではなかったので、車で行くことは出来ないし…。
 11月30日、ニューヨーク・タイムズ紙の日曜版に12月8日に行なわれるコンサートの広告が載ってるのを見た後、私は両親に学校をサボることを許してもらって、MSGのボックスオフィスに行って、チケット2枚を購入することにしました。ロング・アイランド鉄道に乗って、マディソン・スクエア・ガーデンのすぐ下にあるペン・ステーションに行き、広告に載ってたチケットの発売開始時間の15分前に到着しました。

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 しかし、多くのファンが徹夜で並んでいたので、チケットは8時間早く発売が開始されてたのです。窓口に行ったものの、買えたのはステージの左側の最後列のチケットでした。しかし、1週間後、ナッソー・コロシアムでディラン&ザ・バンドを見て以来、2年と間を空けずに、再びディランを見れることになりました。
 私が以前に見に行ったディランのコンサートの時は、後ろの方の席だったものの、友人のひとりがパナソニック製大きなポータブル・カセット・プレイヤーを会場内に密かに持ち込み、ブートレッガーのように、ディランの演奏を最後まで録音することが出来ました。電池を節約するために、ザ・バンドだけの演奏の殆どはカットしてましたが。
 数週間もたたないうちに、友人はテープを貸してくれましたが、あの頃は、待ってた日々が永遠の長さのように感じられました。私は2台のカセット・プレイヤーを隣同士になるように置き、片方のデッキのプレイボタンを押し、もう片方の録音ボタンを押すというやり方でダビングしました。ケーブルなんかありません。非常に原始的でした。
 私は取り憑かれたように、四六時中このテープを聞きました。その年の夏に、私は自分のカセット・レコーダーを手に入れました。これは手で持つことの出来るコンパクトなタイプのものでした。1974年中に見た3公演----クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング、リック・ウェイクマン、ジョージ・ハリスン----は、これで録音しました。
 当時、コンサートに行くというのは特別な大イベントであり、1975年には、12月の「ハリケーンの夜」までは何のショウにも行ってませんでした。一緒にショウに行ってくれる友人を見つけることが出来なかったので(たいていの親は、子供がコンサートに行くのは危険だと思っていました)、私は姉と一緒に行きました。信頼出来るパナソニックのカセット・レコーダーとマクセルの90分テープ3本を持って。後々のために、ディランや他の大物だけでなく、全アクトを録音しておくことが重要だと思ったからです。Tボーン・バーネットのように、誰が後にビッグになるかなんて、誰にもわかりません。ローリング・サンダー・レヴューのコンサートは約3時間の長さだと聞いていて、噂ではMSGで行なわれる特別公演はもっと長くなるだろうとのことでした。これは私にとって、嬉しさ半分、悲しさ半分でした。というのも、コンサートが終了してもしてなくても、12:30amの電車に乗って帰宅しなければならなかったからです。
 テープの始めには、私が姉に、ウェイクマンのショウでもポップコーンとソーダの売り子がうるさかったことボヤしている会話が入っています。ロック・コンサートなんてバスケットボールの試合と似たようなものだって思ってるかのように、彼等が音楽を気に留めてないことに、私は憤りを感じました。その後の約4時間、私は律儀に出演者全員を記録し続けました。ボブ・ニューワース、バーネット、ロブ・ストーナー、ミック・ロンソン、女優のロニー・ブレイクリー、ジョニ・ミッチェル、モハメド・アリ、「ハリケーン」・カーター(電話で出演)、ランブリン・ジャック・エリオット、そして、ディランの登場です。ロビー・ロバートソンが1曲でゲスト参加しました。その後、休憩。第2部はディランとジョーン・バエズのデュエットで始まり、バエズのソロ、コレッタ・スコット・キング、ロバータ・フラック、ロジャー・マッギン、そして、ディランによる締めのセットがありました。ディランが〈Hurricane〉を歌った後(「この曲はまさに、このコンサート、このショウ、この人物のテーマです。彼は美しい男です。美は牢の中にいるべきではありません」)、私達は帰らなければなりませんでした。電車の席に座るまでテープは回しっぱなしだったので、私達がガーデンを後にして、ペン・ステーションに入って行く際、テープではディランの新曲の1つ〈One More Cup Of Coffee〉が徐々にフェイドアウトしています。
 話を1999年初頭まで早送りしましょう。この年、私は遂にインターネットに参加し、最初にやったことがディランのファン・サイトを探すことでした。私のようなディラン・ファンにとって、インターネットの重要な側面は、情熱を共有することが出来、この全く未発表の音源を何かと交換してくれそうな同好の士を見つけることでした。しかし、掟がありました----テープは売らないというのがルールです。問題はありません。音源を交換してくれる気前の良い人物を探すだけでいいのですから。
 とはいうものの、そこが難しい部分でした。熱心なディラン・コレクターの殆どは、既に良いテープを持っています。彼らが欲しいものが、私の粗末なコレクションの中にあるのだろうか?
 Bob Linksには「トレーダー」のリストがあり、私とトレードしてくれそうな人物がひとりいました。ピーター・ベイカーというイギリス人で、彼は寛大で辛抱強く、たくさんの情報を持っていました。友人からもらって持っていたVHSに入っていたディランの映画『Hearts Of Fire』のラフカットの音声を含むあらゆるものに、彼は興味を示しました。しかし、私の1975年のレコーディングが、ディラン・ファンなら自分のコレクションに加えるべきテープだと、彼や他の人々を納得させることは出来ませんでした。
 ある日、私がrec.music.dylanで見つけたのが、レス・コーケイ氏の投稿です。それによると、彼はローリング・サンダー・レヴュー・ツアーに関するデータをまとめているのだが、ディランの演奏はテープに収められてることが多い一方、他のミュージシャンに関する詳細な情報を得るのに苦労しているとのことでした。私は自分が録音した「ハリケーンの夜」のテープに誰も興味を示してくれないことにがっかりしてたものの、どうですかとオファーを出してみることにしました。
 rec.music.dylanにこんな音源がありますと書き込んだところ、予想外の大反響がありました。テープのコピーが欲しいというリクエストが世界中から届きました。コーケイ氏だけでなく、ベイカー氏及び、以前は全く接触のなかった人々も興味を示してくれました。
 たくさんの人とトレードの約束を交わしたのですが、仕事の同僚に私のやってることを知られたくないということや、その他いくつかの理由から、私は自分のアイデンティティーを隠すためにデイヴ・ピーターズという偽名と私書箱を使いました。デュアル・デッキでコピーを作る際には、私と姉のおしゃべりが入ってる冒頭部分と、〈Hurricane〉以降の私達が電車に乗り込むまでの部分はカットしました。
 私書箱に小包が届き始めました。ディランの未発表音源が入った日本製のマクセルのカセットテープをたくさん受け取りました。コーケイ氏は彼の自宅があるニュージーランドまでの送料の足しになればと、私が見たコンサートをあれこれ送ってくれました。
 ベイカー氏からは、その後しばらくして、もっと良い状態のコピーを作りたいので、オリジナル・テープを貸してくれないかというリクエストがありましたが、テープが自分の手元から離れるのは嫌なので断りました。
 短期間でしたが、私の音源がブームになったのを覚えています。その後は静かになりましたが。
 コーケイ氏は遂に『Songs of the Underground - Rolling Thunder Revue (a collectors guide to the Rolling Thunder Revue 1975-76)』を完成させ、ネット上にアップしました。彼は私のレコーディングについてこんなことを書いています:
ほぼ完全収録している音質(VG+)のテープがある。まさにスーパー・ショウのスーパー・テープ。必聴。

 約6年前(だと思います)、誰かが音源共有サイトに「ハリケーンの夜」のレコーディングを、ディランの演奏と他のミュージシャンの部分の2つに分けてアップしました。
 説明のセクションには、2番目のディラン以外の部分の音源として「ダン・ピーターズ」と書いてありました。友人が両方をダウンロードして、CDRに焼いてくれました。私がそのダン(つまりデイヴ・ピーターズ)だとは知らずにです。1975年にレコーディングしたものが30年後、皆が聞いて楽しめる状態になっているのを見て、私はとても愉快でした。
 もちろん、現在では、Wolfgang's Vaultでストリーミングでコンサートを最初から最後まで全部を聞くことが出来ます(http://www.concertvault.com/the-rolling-thunder-revue/madison-square-garden-december-08-1975-set-1.html)。サウンドボード音源なので、マディソン・スクエア・ガーデンのコカコーラの売り子の声は入っていませんが、数時間を費やして聞くのも悪くはないでしょう。


The copyrighted article "Bob Dylan in 1975 - The 'Night of the Hurricane,' the tale of the tape" by Harold Lepidus
http://www.examiner.com/article/bob-dylan-1975-the-night-of-the-hurricane-the-tale-of-the-tape
Reprinted by permission


posted by Saved at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | Bob Dylan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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