2016年10月18日

ボブ・ディランをネタに英語で俳句

 ボブ・ディランがノーベル文学賞に選ばれ、その作品の文学性を論じた似たり寄ったりの記事がたくさん登場したと思ったら(本人が何もやらなくても、ファンや世間がこういう理論武装は全部やってくれる----50年以上前から)、今度は、ノーベル財団が本人と全然連絡が取れず、授賞式に出席するのかどうかも不明という次の局面に騒ぎが移行してる中、面白い本が出版されました。ボブ・ディランの歌のエッセンスを「俳句」に凝縮して遊んでみたという本です。しかも、それをやったのはアメリカ人ジャーナリストで、英語で五七五のリズムで詩を作っているのです。出版社が見つからずに苦労したそうですが、すんなり見つからなかったからこそ、この絶妙過ぎるタイミングで発売になったとも言えます。
 私は高校生の時にマイケル・グレイ著『ディラン風を歌う』という本の「誰にでもできる「…説」遊び」という章を読んで以来、四半世紀以上、自分でも何かクリエイティヴなことが出来ないかなあと常々思ってきたわけですが、いかんせん芸術的センスもその他の能力もゼロなので、何の成果もないまま今日に至ってます。



 そんな時に発見したのがロバート・マクミランの「ディラン俳句」のサイト、Haiku 61 Revisitedです。彼と早速facebookでお友達になると、新作が出来るたびにお知らせが届くようになりました(デリーのレコード屋に関する情報交換なんかも)。そして、遂に今秋、彼がこれまでに書きためた作品が、紙の書籍として出版されたのです。俳句という日本に関連したものなのに、Amazon.co.jp等で扱ってもらえるのかどうかは現時点では不明なのですが、まずはひとりでも多くの本邦のボブ・ディラン・ファン、俳句ファン、文学ファンにディラン俳句の存在を知ってもらいたい(影響力の大きい人の目にとまればいいなあ)と思い、ウェブ上で作品を発表していた頃のロバートのエッセイを紹介します。


英語俳句については、次のサイト、書籍を参照のこと:
愛好者増加中!? 「英語俳句」ってどんなもの?
https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/20625

   



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ディランのエッセンスを五七五に込めて
文:ロバート・マクミラン


 伝説的シンガー・ソングライター、ボブ・ディランが1978年に日本武道館で行なったコンサートを収録したライヴ・アルバム『武道館』のライナー・ノーツには、こんな言葉がありました:

「思えば思うほど、日本に残してきたものの多さに気づきます----私の魂、音楽、そして、料亭{ゲイシャ・ハウス}にいたあのカワイイ娘{こ}。私のこと覚えているかなあ? 私のことを知りたい日本の皆さんは、このレコードを聞いてください。京都の石庭で鳴ってた僕の心臓の鼓動も聞くことが出来ます。いつか、それを取りに戻ろうと思っています」

 料亭にいたこの芸者ガールの身に何があったのか、私にはわかりません。ディランの心と魂を知っているのはディランのみなのですから。しかし、彼の心と魂が残した600曲以上の音楽なら、私たちは聞くことが出来ます。私はボブ・ディランの音楽の大ファンで、ソングライターとしてのこの人物を信奉しているのですが、いろんな人の芸術に手を加えることも大好きなのです。そういうわけで私がやってみたのが、ディランの作品を最も日本的なやり方で漬け物にすることでした。ディランが1962年以来リリースしてきた曲のひとつひとつを、私は「俳句」に作り直してみたのです。
 俳句とは美の簡潔的表現を目指した3行詩です。この形式は日本で始まり、17世紀半ばには人気のジャンルになりました。伝統的な俳句は17音節で、その中には「季語」が含まれ、どこかに「句切れ」もなければいけないというルールがありますが、私は五七五という形式以外の決まりごとは全部捨て去りました。
 その理由は、楽しみながら新しいアートを作りたかったからです。師の芸術で遊んで、どうなるか試してみたかったのです。本を出版したら自慢の種になるかな…。巨人の肩の上に立つようなものかな…。私が最も魅力を感じたのは、エッセンスを失わずに、大きなものを小さくしようというアイデアでした。
 俳句が詩の盆栽だとしたら、ボブ・ディランの歌はセコイアの巨木です。大叙事詩です。どんどん広がります。4分間のものだろうが14分のものだろうが、ボブの歌にはしばしば超現実的な人物が登場し、引喩や象徴が含まれ、歴史的事件や聖書の物語が言及されていることもあります。ジョン・フォードの西部劇映画とロバート・ジョンソンの悲嘆のブルースとフェデリコ・フェリーニの作品に出て来るサーカスが精神分析医宅のソファで出会うような空間で、熱にうなされながら見る夢が無理矢理作られるようなものです。どう解釈していいのかわからず途方に暮れる曲もあります。戯れに言及されている文学や芸術、映画、詩が、時には全く無名の作品であることもあります。小宇宙のような歌もあります。いくつかの曲は確実に世界を変えました。セコイアの盆栽を作ること以上にステキなことはないでしょう。
 『Bob Dylan: Haiku 61 Revisited』はこうして誕生しました。幼い頃からずっと、私の耳の中ではディランの音楽が鳴り響いています。少年時代にアメリカの平原や山を車で移動している時も、学生時代にマリファナを吸いながら音楽の「深い意味」を考えている時も、ディランはそこにいました。現在でも、セントラル・パークを散歩する時には〈Don't Fall Apart On Me Tonight〉か〈New Morning〉が欠かせませんし、バンガロールのオートリキシャに乗る時のサウンドトラックには〈Maybe Someday〉がぴったりで、〈Got My Mind Made Up〉があればデリーのメトロのラッシュアワーに耐えることが少しはたやすくなることを知りました。
 私は長年、こうした曲を頭の中でさまざまな角度から吟味してきました。プロテスト・シンガーのディラン、フォーク歌手のディラン、ロックンロール・アナキストのディランというイメージを殆どの人が抱き、1966年以来、これがずっと定着してはいますが、約50年間分ものディランの音楽を、我々は十分知ってるわけではありません。ボブ・ディランの音楽全部について何か書きたいと何度も思いましたが、理解の役に立つ的を射た意見を自分が持ち合わせているようには感じませんでした。カエルが池に飛び込むさまや、秋の枯枝にカラスがとまっている様子を表現するのにぴったりの詩的フォーマットが、私が探し求めていたカギを与えてくれるとも、全く考えていませんでした。

When I Paint My Masterpiece
私が傑作を描く時


 ボブ・ディラン俳句を詠むというのは私のアイデアではありませんでした。それで1冊の本を書こうというのも違います。インスピレーションを得たのは2009年のことでした。当時、私はロイターでアメリカのマスコミ分析やジャーナリズムの未来予測を守備範囲とする記者をやっていました。そこではTwitterの前身のような文字制限のあるメッセージ・システムで世界中の仕事仲間と連絡を取り合っていたのですが、この仕組みにうんざりする時もあったのです。ある日、こんなことをしてみました。やりとるするメッセージを俳句の形式にしてみたのです:

Microsoft stock up
For no apparent reason.
Can someone check why?
(MS{エムエス}の 株価が上昇 なぜなんだ)

New York Times buyouts.
Now is the winter of their
Newsroom’s discontent.
(新聞社 デスクの不満も 買収か)

 それから1時間あまり、私は同僚のデレクと、俳句に出来るものなら何でもかんでも俳句にしてメッセージをやりとりしたのですが、私たちが歌で遊び始めるのに時間はかかりませんでした。デレクが言いました。ディランを五七五にすることって出来るのかなあ?
 私は答えました。〈Blowin' In The Wind〉はどうかなあ。何かをやったり言ったりわかったりするのに、これを何度、あれを何度…。でもなぜか、いつも答えを運んできてくれるのは風、って内容です。そこで、こういう一句が出来上がりました:

Bob knows so little.
He asks where the answers are.
He has a strong hunch.
(ボブ知らず 答えの在処{ありか} 勘頼り)

 「別の曲でも作れるかい? 例えば、《Nashville Skyline》の〈Lay Lady Lay〉はどうだろう?」って言われたので、私は「まかしとけ」と答えた。ボブは「ステキなお嬢さん、さあ、オレの大きなベッドの上で体を横にして」って歌っています。素晴らしい曲です。レディーに対してこんなに大胆に迫るなんて、何て厚かましい野郎なんだ! ということで、こんな一句はどうでしょう:

Bob wants you in bed.
He has balls and beds of brass.
You’re lying on them.
(キミが寝る ベッドもボブも 超頑丈)

 次の週末、私は自宅でこのアイデアにじっくり取り組み、ボブ・ディラン俳句を20句詠みました。それからというもの、止まらなくなりました。その頃、ディランが出したアルバムは34枚に及び、さまざまなシングルに収録されたアルバム未収録曲を含めると、ディランが作った曲は約500曲ありました。俳句にされるのを待ってる曲がこんなにもあるのです。
 私は燃えました。こんな楽しいこと、やめられません。俳句作りをしながら、コンサートでは何度も演奏しているのに、どのアルバムにも入ってない曲があることを知りました。書いたのに全くリリースされていない曲があることも知りました(この時点では、1967年のベースメント・テープス群は、まだ海賊盤でしか出回っておらず、未発表曲はゆうに100曲はあるでしょう)。書いたのに自分では演奏せず、他人が歌っている曲もあります(ボニー・レイットのために書いた曲が1つ、サーチャーズ用が1つ。KISSのジーン・シモンズやマイケル・ボルトンとの共作曲もあるの? 《John Wesley Harding》のジャケットに写っている2人のバウル・シンガーとは何か書いてないのかな? こちらはないようだ)。アメリカン・ポップ・ミュージックのソング・ブックの中のあらゆる曲を、どこかの時点で歌ってみようとした様子もあります。ディーン・マーティンの〈Return To Me〉、ドン・ヘンリーの〈The End Of The Innocence〉、ゲイリー・デイヴィス師の〈Cocaine Blues〉、ジューン・カーター&マール・キルゴアの〈Ring Of Fire〉などがそれです。私はこうした曲も全部取り上げ、その数は1,200を超えました。TVドラマや映画のサントラ盤、コマーシャル、トリビュート・アルバムにも、ディランの演奏が人知れず収録されています。全部を把握出来たかどうかはわからないのですが、気づいたら1冊の本になっていました。私がこのプロジェクトにつけた名前『Haiku 61 Revisited』は、ディランが1965年に発表したアルバム《Highway 61 Revisited》にちなんでいます。(そもそも、このタイトルはアメリカのブルース・カントリーを突っ切っているハイウェイと、ディランがラジカルに改良したポップ、そしてブルースに対して付けられたものです。〈Like A Rolling Stone〉〈From A Buick 6〉〈It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry〉を聞けば、私の言いたいことをわかっていただけるでしょう)
 ある同僚からは、エージェントを見つけて、本を出版社に売り込もうと提案されました。そうしましたが、ダメでした。少なくとも25回は断られました。そのうちエージェントは姿を消し、契約も期限切れになってしまいました。皆、どうして『Haiku 61』を気に入ってくれないのだろう? 俳句ってそんなに嫌味なものなの? 書籍の購買層には魅力がないものなの? そのうち、本当の問題がわかりました。私は急ぎ過ぎていたのです。あまりに思いつきで書き過ぎ、安っぽい笑いを求めるあまり、曲の理解を怠っていました。
 このプロジェクトを2年間放ったらかしにしている間に、私はニュース編集者になり、ロイターのバンガロール支局でニュース・ウェブサイトを立ち上げ、デリー支局を管轄する立場になり、2つの小説の粗原稿と数十のエッセイを書きました。そして、ニュージャージーの家を売って、マンハッタンでアパートメントを借りました。しかし、ボブの歌にあるように、「私が孤独だった間も、過去が自分のすぐ後ろに控えていた」のです。私は昨年後半に殆ど全ての俳句を書き直しました。今でもまだ納得のいかないものがいくつかありますが、以前よりは良いものになっています。そして、1月にネット上で俳句の発表を開始しました。読者の皆さんに俳句の本歌を示すために、それぞれの曲に関する短いエッセイと、歌詞の脱構築的批評も添えておきました。
 〈All Along The Watchtower〉を例に挙げましょう。3分にも満たないこの曲の中には宇宙が存在します。はっきりとした意味を確認するのは困難です。それは何重もの影に包まれているようです。私はこんなふうにまとめました:

The joker can’t cope.
Chill, says the thief, life’s a joke.
Princess waits, wind howls.
(盗人{ぬすっと}の 人生冗談 姫と風)

 これに、ネットではこんな解説を付けました:

 2つの物語が1つにまとまっており、2分半の不可解な叙事詩となっている:
1. おどけ者はビジネスマンの農場主から搾取されるのにうんざりしているが、その一方で、盗人はおどけ者の立ち位置を最も長期的な見地(死んでしまったら、そんなことどうでもよくなる。コーヒーをおかわりしたって慰めにはならないよ)に調整する。
2. お姫様は監視塔のそばを歩いていると、数人の女性と裸足の召使いに声をかけられる。外は危険だ:うなるように吹く風。寒い天気。吠える山猫。2人のどこの馬の骨かわからない連中がこっちに近づいてくる。恐らく馬に乗って。それでは、ごきげんよう。

 どの曲の時もそうなのですが、雰囲気がカギです。1967年に発表された《John Wesley Harding》に収録されている他のミニマルアート的な曲と同様に、この曲もナッシュヴィルのカントリー&ウェスタン音楽なのですが、この世の終末のような不吉な予兆に満ちあふれています。この歌に関係するキーワードとして、「この世の終わり{アポカリプス}」という言葉が挙げられているのを読んだことがありますが、その理由を理解するのは難しくはありません。第1章は絶望と宿命で幕を開け、第2章には危険な散歩をしているお姫様が登場します。この曲のテーマが何であれ、その色調は非常に明らかで、曲のサイズがコンパクトなので余計に寒気がします。この俳句に関しては、1.と2.のどちらの話も削ることは出来なかったので、ジョーカーと盗人のみのショート・バージョンにして、馬に乗る人と山猫と女性と召使いはやむなくカットしました。
 私には文学が専門の大学教授のような分析は出来ません。博士論文を書こうとしているわけでもありません。私はただ、歌詞を圧縮しているだけなのです。

Thunder On The Mountain, Spirit On The Water
山上の雷、水上の霊


 私が執念を抱いてボブ・ディランをフォローしていることについて、多くの人から質問されます。あなたにとってディランとはどんな人なのですか?と。執念というのは言い得て妙ですが、常に的を射ているわけではありません。私は一介のファンです。執念とは大きなプロジェクトを完遂するのに必要なもののことです。そして、私にとってボブ・ディランがどんな人物なのかは、私自身にもわからないのです。この文はディランの音楽について書いたものです。「ボブ・ディラン」という人が存在するのかどうかも知りません。このアイデンティティーというテーマこそ、ディランが自分をひとりの人物に縛り付けようとするジャーナリストやファンを煙に巻くために、長年使ってきたものです。サム・ペキンパー監督の西部劇映画『Pat Garrett And Billy The Kid』で、ディランがナイフ投げが得意なアウトロー「エイリアス(またの名)」役で登場するシーンを、私はよく思い浮かべます。

デンヴァー:名前は何ていうんだ、小僧。
エイリアス:またの名。
デンヴァー:またの名を何ていうんだ?
エイリアス:好きに呼べよ。
デンヴァー:皆はお前をどう呼んでんだ?
エイリアス:またの名。
ビーヴァー:そんじゃ、またの名って呼ぼうぜ。
エイリアス:おいらもそうしてます。
デンヴァー:じゃ、またの名だ。



 ディランのことは忘れて歌について考えましょう。簡単に分類するのが不可能なくらいたくさんのテーマが存在しますが、ディランは作品の多くに長年に渡って登場するモチーフがあります:

- 恋に破れて不安を抱えたよそ者。悲しみを癒すために放浪しているのかも。
- 愛の喪失に苦しむ人間。愛の死と失望は人を強くするかもしれないが、傷ついてボロボロになり、岩礁で難破し、ずっとそのままになって朽ち果てている船のような、粘着質な人間になるのがオチだ。
- 他人に失望させられる。信頼は素早く過ぎ去り、根拠のないものであることもしばしばだ。しかし、孤独はさらに悪いものである。
- 正しく生きろ。まっすぐ歩け。神はいるかもしれないし、いないかもしれないが、裁判官は確かに存在する。
- 愛においては、決して捕まらない者が必ず存在する。それは決して釣り上げられない大魚のような存在だ。

 ディランの歌は心の砂漠です。しかも、ゴビ砂漠ほど広大です。ディランの音楽の中心には、ソロ・アコースティックであれ、ロック・バンドのバッキングを伴っているものであれ、孤独と憂鬱という心の穴が開いているのです。長きに渡る辛さ、不機嫌、憤り、人間不信、反抗があるのです。そして、こうしたもの全てに渡って、私のよく知るアメリカという背景が存在するのです。そこは大きな眺望の国です:バッドランズ、ビッグ・スカイ、グレート・プレーンズ、ロッキー山脈、ミシシッピ川流域、寂しい大海、大平原、大都市、無限に続く線路。ディランの音楽は人と人の間のスペース、心と心の間のスペースについて歌っているのです。
 私がディランの音楽の魅力を解くためのカギが京都の石庭にあるだろうなんて、自分では全く知りませんでした。皆さんだって、「ディラン」について考える時に最初に思い浮かべるのは「日本」ではないでしょう。ディランが佐賀純一の小説『浅草博徒一代』のフレーズをパクっているのが判明して騒がれたことや、1985年に制作された〈Tight Connection To My Heart (Has Anybody Seen My Love?)〉のおバカなPVを抜かすと、ディランと日本の芸術とのはっきりとした繋がりは殆どありません。しかし、私はこの関係を一度知ってしまうと、見過ごしにすることは出来ませんでした。



 ディラン俳句に関しては、アルファベット順のリストでA〜Gまでの作品は全て発表済みで、現在Hの作品に取り組んでいます。この先、さらに数百の作品が残っていて、全部で650句になる予定です。ディランが正式にリリースしていないブートレッグのマテリアルや他の曲を含むデラックス版も計画しているのですが、こちらにはさらに500〜550曲が追加され、私が詠む俳句はトータルで1,200句になるでしょう。私が新しいエージェントの腕の中に倒れ込むまで、恐らくまだ何マイルもの長い道のりを進む必要があるでしょう。人は本を出版してもらうまで、いくつの道を歩かなきゃいけないのでしょう?とつぶやきながら。

ロバート・マクミラン:Reuters.comグローバル・エディションのエディター。記者、編集者として9年以上勤務。ウェブ版ワシントン・ポストの記者、編集者としても活躍。現在、ニューヨーク在住。

The original article "Distilling Dylan into 17 syllables" by Robert Macmillan
http://www.livemint.com/Sundayapp/zGxpNtRTJMmIcCuyCRsg1H/How-to-distil-Bob-Dylan-into-17-syllables.html
Reprinted by permission
ラベル:ノーベル 文学賞
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