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2018年02月07日

《All-Meat Music》とウィリアム・スタウト・インタビュー

 西新宿7丁目もあれからかなり変わってしまい、今やそこを海賊盤のメッカと言う人はいません。一時期、大学受験予備校の町にもなりかけましたが、社会全体が少子化傾向ゆえ、もともと斜陽産業なので撤退が相次ぎ、今いちばんたくさんあるのはラーメン屋と美容院でしょうか。かつてKINNIEだったところは演歌と落語の専門店になっています。試しに店の中に入ってみたところ、ロックの海賊盤は本当に1枚もありませんでした。その時、私の脳内で鳴ってた曲は〈The Times They Are A-Changin'〉です。
 昔、怪しいレコード屋に行くと、怪しいイラストのジャケットの海賊盤をよく見かけましたが(私はTMoQの次のTOASTEDやPHOENIX以降の、ちゃんとアーティストの写真が印刷されてる豪華カラー・ジャケット世代なので、イラスト・ジャケは殆ど買いませんでした)、今回紹介するのは、そのイラストを描いてた人の話です。




《All-Meat Music》とウィリアム・スタウト・インタビュー

聞き手:ジェイムズ・スタッフォード



 1973年1月18日にロサンゼルスの有名なイベント会場、フォーラムで開催されたコンサートには、チーチ&チョン、サンタナ、そして、ローリング・ストーンズが登場した。奇妙な組み合わせに感じるかもしれないが、この3組には1つの理由があった。12月23日にニカラグアで大地震が発生し、死者が6千人、家を失った人が25万人に達していたので、ストーンズとサンタナ、そしてコメディー・デュオは救済活動の手助けをしたいと考えたのだ。
 ミック・ジャガーとニカラグア出身の妻、ビアンカは、滅茶苦茶に破壊された国に飛んで、ビアンカの母親を発見した。彼女は命に別状はなかったものの、家を失っていた。ミックとビアンカは、震災後、多数の死体が放置状態になっているのも目の当たりにした。サンタナは、ティンバレス・プレイヤーのチェピート・アレアスがニカラグアの出身ということが、被災者のために救援資金を集めたいという動機になった。チーチ&チョンに関しては、もともと、自分たちで「ラティーノ・フォー・ラティーノ」というチャリティーを行なう計画を立てていたので、このイベントには適任だった。チャリティー・コンサートは実際に行なわれ、被災者のために35万ドルを集めた。
 この2枚組アルバムはブートレッグの名盤の1つである。収録されている音楽もさることながら、ジャケット・アートも秀逸だからだ。これはウィリアム・スタウトという人物の作品なのだが、彼は驚くべき経歴を持っている。プレイボーイ誌で連載されていた『Little Annie Fanny』を覚えているだろうか? スタウトはそのスタッフの一員だったのだ。『Heavy Metal』の読者だったのなら、スタウトの作品に親しんでいるはずだ。カルト映画の名作『Return of the Living Dead』(邦題は『バタリアン』)は好き? スタウトはこの作品のプロダクション・デザイナーだったのだ。リストはこの後も延々と続く。この人物は気の遠くなるほどたくさんの作品を世に出している。
 アルバム・ジャケットのアートワークというと、ウィリアム・スタウトにとって、全てのきっかけがまさにそれだった。そして、Trademark Of Qualityレーベルがリリースしたレコード中で《All-Meat Music》が最重要アルバムだと私が思うのも、まさにこのアートワークがあるからなのだ。スタウト氏は慈悲深いことに、鉛筆を置いて、このアルバム・ジャケットについて、ブートレッグという陰の世界で働いていた時代について、現在携わっているプロジェクトについて語ってくれた。

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ウィリアム・スタウトが描いたブートレッグのジャケットはどのくらいあるのですか?

 42枚のアルバム・ジャケットを作ったよ。32枚はTrademark of Quality(以後TMoQ)用に、9枚はTMoQから派生したいろんな会社用に、それから1枚はLong Live the Smoking Pig用にだ(レッド・ツェッペリンの《Burn Like a Candle》)。

1970年代初頭、ブートレッガーのために働くのは普通のイラストの仕事ではなかったでしょう。どのような経緯でTMoQと手を組むことになったのですか?

 ハリウッドにあったレコード・パラダイスは、ロサンゼルスでは数少ない、輸入盤やブートレッグLPを置いてる店の1つだった。オレは少し前にいいコンサートを見たんで(記憶ではツェッペリン)、そのブートレッグLPを買うのを楽しみにしてたんだよ。何人かがショウを録音してるのを目にしてたんで、きっとブートレッグが出ると思ってたんだ。「L」のコーナーを覗いたら、それがあったんで、掴んで持ち上げた。「オー、マーン」 オレは大きな声で言った。「このジャケット、全然イケてねえぜ。誰かオレにジャケット描かせてくれよ」
 すると、ある男がオレの肩を叩き、ささやいた。「お前、ブートレッグのレコード・ジャケットを作りたいのか?」
「ああ!」
「今週の金曜の晩、8時、セルマとラス・パルマスの角にいろ」(訳者注:このあたりだ) そして、男は少し間を置いて言った。「ひとりでだ」
 オレは了承した。
 当時、セルマとラス・パルマスの交わるところは、ハリウッド界隈の中でもいかがわしい場所だった。8時ぴったりに、昔の'40年代の黒のクーペ(ウィンドウはスモークガラス)が角に寄って止まった。助手席側の窓が少し開くと、そこから1枚の紙切れが出てきたんで、オレはそれを受け取って読んだ。それには「Winter Tour 1973」って書いてあり、ローリング・ストーンズの曲のリストもあった。
 車の中の声が言った。「来週の金曜日、時間は同じだ」 窓が上がって閉まった。しかし、再び少し下がった。「ひとりでだ」
 オレは自分のアパートメントに戻って、ジャケットの作業に取りかかった。タイトルを《All-Meat Music》に変えて、ロバート・クラムが担当したビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーの《Cheap Thrills》のジャケットへのトリビュートみたいなデザインで、1つ1つの曲に、ストーンズの5人のメンバーをひとりずつフィーチャーしたイラストを添えた。
 次の金曜、オレは約束の時間にセルマ&ラス・パルマスの角に行った。ひとりで。同じクーペがやって来て止まった。助手席側の窓がちょっと開いたんで、その隙間にジャケットを入れた。手紙を投函するように。すると、お返しに50ドル札が出てきた。その車はまるで変てこりんなATMのようだった。そして、クーペは走り去った。
 ローリング・ストーンズの《Rolling Stones Winter Tour》(またの名は《All-Meat Music》)はコンサートの2週間後に出た。ジャケットのおかげで目立ってたね。とてもよく売れた。TMoQはさらにジャケットを注文してきた。
 やっと、ブートレッガーたちからの信頼を得て、オレは連中と顔を合わせて仕事をするようになった。やつらの本名は知らなかったけどね。オレたちは定期的にレコード・パラダイスで会った。全員、店のオーナーのロジャー&オリーとは友達だった。ブラブラするのにステキな場所だったなあ。

TMoQのブートレッグは大人気でしたが、あくまでアンダーグラウンドなレベルでの話です。ブートレッグの持つアウトロー的なイメージは、あなたのキャリアにとってプラスになりましたか、妨げになりましたか? それとも、そのどちらでもなかったのでしょうか?

 ブートレッグのジャケットを描いてた頃は、地元でちょっと有名になったこと以外は、自分のキャリアに何の影響もなかったよ。後でわかったんだけど、イギリスではもっとずっと有名になってたらしいね。何年も経った後、ウォルト・ディズニー・イマジニアリング(WDI)で働いてるティム・オノスコから電話が来て、ウォルト・ディズニー・ワールド用の大プロジェクトのチーフ・デザイナーとして、フルタイムで働いてくれないかって誘われたんだ。オレのことやオレの作品をどうやって知ったのか質問したら、主にブートレッグ・レコードのジャケットからだって言ってた。数年後には、ジミー・ペイジのカメラマン、ロス・ハルフィンからも連絡があった。TMoQのジャケットになった原画を購入したいって。ロスからこのオファーが来たのは丁度いいタイミングだった。本格的な美術の世界でキャリアを積もうとし始めてたところで、絵を描き続けるための資金が必要だったんだよ。オレはロスにTMoQ用の原画の殆どを売った。ロスに買ってもらったジャケット画もあれば、買ってもらえなかったものもある。
 ブートレッグのジャケットを担当してたことで、トラブったことはないね。ジャケット用のイラストを作ることは違法じゃなかったしさ。大手のレコード会社が発注する正規の仕事で、自分が選考の対象になってるって時には、その件は絶対に口には出さなかったけどね。

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先ほど、アルバムのタイトルを《Winter Tour 1973》から《All-Meat Music》に変更したとおっしゃってましたが、その件についてもう少し詳しく教えてください。

 ブートレッガーたちにとってはかなり不本意だったようなんだけど、オレはいつも連中のLPのタイトルを変えてしまった。笑えるやつが好きだからさ。《Winter Tour 1973》じゃおかしくないだろ。《All-Meat Music》はユーモラスだ。このタイトルならローリング・ストーンズのイメージにぴったりだ。

今日、あなたがジャケットを描いたアルバムは、TMoQがリリースした全アルバムの中でベスト作と評価されていますが、当時はそれに対してどんな反応がありましたか?

 オレが描いたジャケットに他のブートレッガー連中はかなり動揺してたよ。ジャケットのおかげでTMoQのレコードは他のブートレッグよりもかなり目立ってたからね。そいつらもオレにジャケットを作らせようとしてたけど、オレはいくつか理由があって、そういうことをやるのはTMoQとだけって決めてたんだ。TMoQの連中とはとても仲が良かった。他のブートレッガーはいかがわしくて、倫理面でも問題があるようだった。Trademark of Quality(高品質のトレードマーク)っていう名前も気に入ってたし、連中は看板に偽りなしだったと思う。オレも、リリースを重ねるごとに、こいつらの出すものがもっとプロフェッショナルなものになるよう努力した。TMoQのファン層に向けて、ちょっと遊んでもみた。自分の頭の中では、マニアックなファンやコレクター、音楽と芸術の愛好家たちに認められるようなジャケットやレコードを作ってるつもりだったんだ。
 どのジャケットにも必ずブタを登場させてたせいで、変な副産物も生まれちゃったんだよな。TMoQのロゴは辞典に載ってるようなブタのイラストだっただろ。それと、オレが破壊分子的なユーモアのセンスの持ち主だってことが、どのジャケットにもブタを登場させていた理由さ。でも、ロックンロールが超シリアスなものと受け取られるようになったおかげで、レコード・ファンの間では、オレがブタとセックスをしてるっていう噂が広まったんだよな。

ウィリアム・スタウトの世界における最新情報を教えてください。

 自分のキャリアを集大成した大型本『Fantastic Worlds of William Stout』がInsight Editions社から7月に出ることになってるんだ。音楽関係のアートに関するヴィジュアル満載の章もあるよ。最もリクエストの多い、オレの音楽関係のアート全てに関する本も書き終えたところだ。現在、画像をまとめてるところなんだ。以前に出した『Legends of the Blues』は2刷に至ってるんだけど、その第2巻『Legends of the British Blues』の作業も佳境に入ってる。第3巻は『Modern Legends of the Blues』になる予定だ。ブルース本それぞれには、肖像画が100点と、同じ数の伝記が載ってる。損得勘定なしで、好きでやってることさ。オレのウェブサイトを見に来てくれ。
 最近、作ったジャケットはバディー・ガイ、アルバート・キング、ジュニア・ウェルズ、キャット(ユスフ)・スティーヴンス、トッド・ラングレン、ザ・ナイス、エマーソン・レイク&パーマー、イギー・ポップの新リリース、それから、アライヴ・ナチュラル・サウンド・レコードの素晴らしいミュージシャンのためにLPジャケットをいくつか担当したよ。

The original article “From The Stacks: Rolling Stones, ‘All-Meat Music’ (and a William Stout Interview!)” by James Stafford
https://wimwords.com/2018/02/02/from-the-stacks-rolling-stones-all-meat-music-and-a-william-stout-interview/
Reprinted by permission


   



スタウト本人のウェブページのほうにも詳しい話が載ってます
http://www.williamstout.com/news/journal/?p=2591
http://www.williamstout.com/news/journal/?p=2599

posted by Saved at 11:12 | Rolling Stones

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