2018年02月19日

しつこく書評:ジョン・レノンは、なぜ神を信じなかったのか ロックとキリスト教

 さあ、「第4章ビートルズ」編に行きましょうか。



 まずはビックリしたことから。

(p.158)(『ポール・マッカートニー告白』の引用。1966年5月にロンドンでボブ・ディランに会ったことについて)ポールは「サージェント・ペパーズ…」のさわりの部分を聞かせた。

 これはイチャモンじゃありません。念のため引用元を見てみたら、確かに、この部分は「ペパー」でした。でも、時期からすると《Revolver》じゃないのかなあ。『告白』では、ポールの思い違いらしいものの、本人の言葉なので、そのままにしておこうという判断が下されたのでしょうか?

 ここからは遺憾な点のオンパレードなのですが、『神を信じなかった』本の第4章に登場する引用・参考文献は次のものです:

ポール・デュ・ノイヤー著『ポール・マッカートニー告白』
BARKS(音楽情報サイト)
London Evening Standard(イギリスの新聞)
オッセルバトーレ・ロマーノ(バチカンの新聞)
『スピリチュアル・ビートルズ』(ウェブサイトOVO内のビートルズ特集コーナー)
ハンター・デイヴィス『ビートルズ』
武藤浩史『ビートルズは音楽を超える』
加瀬英明『ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたのか』

 これだけ。作品を論じるのに、特に宗教思想をチェックするのに、日本会議や、教育における体罰容認の会に属している人の著書と同様に、歌詞本くらいはあたってもいいのではないかと思います。

   

(p.159)(イギリスでは)二枚目のシングル「プリーズ・プリーズ・ミー」はチャートで一位を獲得し、それ以降、ビートルズの出すシングル・レコードは、イギリスでもアメリカでも一位を獲得し続けていく。

 〈Please Please Me〉はアメリカでは3位が最高。イギリスでのブレイクとアメリカでのブレイクは時間差があるので、〈Please Please Me〉以降とひとくくりには出来ません。アメリカでは最初の数枚はキャピトルではなく、その傘下のマイナー・レーベルから発売されたものの、リアルタイムではヒットには至らず。反対に、〈Love Me Do〉は1964年になってから全米でナンバー1になってます。それから、〈Please Please Me〉がイギリスで1位を獲得という点も、超細かい人はイチャモンをつけたくなると思います。当時イギリスには統一的なチャートはなく、一部のチャートでは2位止まりだったらしいですから。

(p.159)(ディランと初めて会ったのは)ニューヨークのマンハッタンにあるデルモ・ニコホテルだった
 
 違う。デルモニコ・ホテル。でも、誤植はガミガミ言わないほうがいいですね。私も恥ずかしいことをたくさんやってるので、人のことをとやかく言えません(性格悪いから言ってるけど)。

(p.160)ディランがマリファナを勧めたとか、さまざまな噂が飛び交っているが

 噂ではありません。ビートルズが『The Beatles Anthology』の中で、これは事実と公式的に認めています。ビートルズのことを書くのに、島田はこの本を参照してないみたいです。リンゴもテレビのトーク・ショウで認めています。

   

(p.161)ザ・ヴィートルズとエルヴィス・プレスリーの密会を語る」二〇一〇年一〇月六日、BARKS


 何だこの誤植は! BARKSの名誉のために言っておくと、そのサイトではちゃんとザ・「ビ」ートルズってなってました。私の推測ですが、エルビス、エルヴィスという表現の揺れを後者に統一する際、ワープロで「ビ→ヴィ」と一括変換をして、こうなってしまったのではないでしょうか。私もこれと似た痛いミスの経験があります(編集者が不注意でそうやっちゃったんだけど、最後にもう1度チェックしなかった私にも責任はあります。黒歴史)。

(p.164)ビートルズの曲を追っていった場合、そこにキリスト教の信仰にかかわるものを見出すことは難しい。
(p.170)キリスト教の信仰と関連するものを見出すことは、ほとんどできない。
(p.178)音楽的にもキリスト教信仰の世界から影響を受けた痕跡を見出すことは難しい。       
 何度も繰り返し断言してます。「信仰と関連するもの」を「本気で信仰してることを表す印」といった意味で言ってるのだとしたら、そういうものは見出せないと思いますが、「キリスト教や聖書を連想するような言葉」といったレベルで広義で使ってるなら、発見は難しくはないと思います。実際に、前者が無理なので、島田は後者を探しています。p.181〜で、そういうキーワードが全く存在しない〈Got To Get You Into My Life〉〈Here There And Everywhere〉等を深読みして宗教歌とする説をとくとくと語ったり(『音楽を超える』本の武藤説を紹介しながら)、〈Imagine〉の「brotherhood」で聖フランチェスコや托鉢修道会を連想して、無理矢理キリスト教に結びつけようとしています。このくらいキリスト教臭に敏感なら、嗅覚は次のものにも鋭く反応するはずです。っつ〜か、気がつかないの、おかしいでしょ。ほのめかしじゃなくて、モロだもん。福音書を熟読玩味して、その元となったイエス語録のようなものが存在してた可能性が高いという「Q資料」仮説を導くより、はるかに簡単なことです。大丈夫か、この人?

〈Eleanor Rigby〉教会の歌です、これ。「マッケンジー神父(牧師?)」も登場。
《Christmas Records》毎年クリスマスを祝ってるんですよ。
〈Christmas Time Is Here Again〉クリスマス・ソングを作曲すらしています。ボブ・ディランすらしてないことです。ジョン&ヨーコの〈Happy Xmas〉は後のページでも触れていますが、ポールもリンゴもクリスマス・レコードをリリースしています。
〈I'll Get You〉のコード進行は、神から与えられた試練について歌ったアメリカのフォーク・ソング〈All My Trials〉(ポールはソロ期になってコンサートで演奏。『神を信じなかった』本のエルヴィスのコーナーでは島田もこの曲について語っている)のそれから影響を受けているのではないかと、ロジャー・マッギンは指摘しています。
〈Happiness Is A Warm Gun〉「Mother Superior」
〈Rocky Raccoon〉「Gideon's Bible」
〈The Ballad Of John & Yoko〉「crucify me」が問題となり、放送禁止にした局もありました。
(ビートルズの作品じゃないけど)《Two Virgins》裸ジャケットを包んでる袋には創世記第2章の言葉が印刷

TwoVirgins.jpg


〈Across The Universe〉「Jai Guru Deva Om」(キリスト教ではないですが、宗教ネタとしては最適)

   

(p.170)(上の文の続き)その点で、同時代のふたりの大スター、エルヴィスやディランと、ビートルズは異なっていたことになる。

 島田は、ゴスペル期以前のディラン(ビートルズの活躍と同時期のディランの含む)にキリスト教的なものを殆ど見出してないので、「異なっていた」というのは自己矛盾。

(p.174)じつのところジョンは宗教、とくにキリスト教に対しては否定的であったように思われる。
(p.176)相当に否定的だった。

 相当に否定的だった人物が毎年欠かさずクリスマス・レコードを作ってファンクラブのメンバーに配るんだ。ふ〜ん。メリー・クリスマスってイエスの誕生を祝福するメッセージも聞こえてきます。
 ただし、この20ページ後でこう言ってます。

(p.196)制度化された宗教に対しては否定的な見解を述べているものの、宗教について学ぶなかで、宗教が説く教えや思想については、むしろそれを評価するような発言を行っている。

 p.174〜にあるジョンが否定していたと島田が言ってる「宗教」は、どうやら「制度化された宗教」の意味だったたようです。私のような頭の悪い読者が戸惑わないように、最初にそれを言って欲しい。ボブのコーナーでも、後になってやっと言葉の定義が明確化する箇所がいくつもあり、読んでるこっちは混乱します。推理小説の伏線じゃなくて論説文なんだからさ。この状態で編集と校閲を通過しちゃったことも驚きです。ちなみに岩波新書等でこうした経験をした覚えはありません。

(p.175)(〈God〉について)魔術や易、聖書、タロット、ヒトラー、イエス、ケネディー、ブッダなど、信仰の対象となることが多いものがあげられ…あえて信じられないものとしてイエスをあげており

 間違っていることを書いてるわけではありませんが、ここでジョンが信じてないものとしてはっきり歌ってるエルヴィスとディランを、島田はどうして指摘しとかないのでしょう? マントラ、ギータ、ヨガとジョージが好きなものも言及を避けています。エルヴィスとディランとビートルズを比較している文なので、この箇所は持論を展開するのに格好のネタなので、指摘しない理由が全くわかりません。言及に値せずという島田なりの考えがあるのなら、それをこの本で書いてくれたら、内容がもっとずっと深まったのに。
 《Imagine》ネタでいうと、当時作ったプロモビデオ集の最後にこんなシーンがあります。ジョン&ヨーコが水の上を歩いてるように見える映像になればいいなあってことで撮影したようで、それに成功してるかどうかは意見が分かれますが、水の上を歩くというと、約2000年前にそうしたあの人しか連想しません。

Imagine1.jpg


Imagine2.jpg


(p.176)唯一ビートルズの全面的な協力のもとにつくられたものが、ハンター・デイヴィスの『ビートルズ』…「唯一の権威ある伝記」だというわけである。

 「唯一」が間違い。ビートルズ及び当時の関係者の全面的な協力のもとに作られた公式本『Anthology』(2000年発売)について島田は知らないようです。半公式バイオグラファー、マーク・ルイソンによる大作で、殆ど公式本扱いされている『TUNE IN』(2013年発売)も知らないようです。「唯一の権威ある」デイヴィス本は丸っきり嘘で構成されてるわけではないですが、活動全盛期に出た公式本だけに大本営発表的な箇所やちょっと盛ってる箇所、情報操作をしてる箇所がある、というのが現代での評価です(重要な文献ではあるのですが)。そんな本を「唯一」だの「権威」だのをことさら強調するのは、それを引用してる私は時代遅れで、最新の研究はチェックしてませんてことを告白してるのと同じです。ただし、島田の名誉のために言っておくと、今回、この本で引用した部分(メンバーの幼少期、少年時代に関することがら)はOKだと、私は思います。

   

(p.177)(ジョンは)むしろ無宗教の環境の中で育っていったように見受けられる。…ポール、ジョージ、そしてリンゴにも共通していえることだった。

 この箇所を読んで、私はこう考えました:常識的に考えて無宗教の環境であるはずがありません。欧米の人は、たとえ自分が特に信者でなくても、身近なところに教会があって、キリスト教徒がたくさんいて、基本的な聖書の物語やキリスト教のたどった歴史は何度も聞かされ、教義のあらましは知ってる状態です。クリスマスや他の祝日もそれなりに楽しんだでしょう(ビートルズ全盛期には毎年クリスマス・レコードを作ってたくらいですから)。ジョンとポールが出会ったのも、教会で行なわれたちょっとした催しにおいてです。やんちゃな少年少女が教会に気軽に出入りすることが出来るほど、教会は生活にとけ込んでたことになります。ジョンは幼い頃、近所のストロベリー・フィールズで毎年行なわれる救世軍バンドのパーティーに、ミミおばさんと一緒に行ったそうです。それを無宗教と言うのでしょうか?
 私が想像力を働かせるに、島田は「無宗教の環境」を「厳密に宗教度がゼロの環境」ではなく、「特に何かの宗教を自分から熱心に信じることもなく、入信の儀礼を通過することもなく、まわりからも信仰を強要されることもなく、クリスマス等のお祭りは宗教的信仰の自覚なく祝い、楽しむ程度の環境」というゆる〜い意味で使ったのでしょう(島田には上のような「無宗教」に関する著書があるので、今度、取り寄せて読んでみます)。だとしたら、私のようなロックが大好きなクルクルパーにでもすんなりそういう意味で読めるような「環境」を、本書のここに至るまでのどこかで工夫して作っておいてもらいたいです。それが物書きとしてのテクニック、編集者の腕の見せ所でしょうに。

(p.181)宗教音楽とのかかわりということでは、ポールだけが特別な経験をしていた。(父親が)ポールをリバプール大聖堂の聖歌隊に入れようとしたことがあった。

 数ページ前で、全員、無宗教の環境の中で育ったって言ったばかりなのに、矛盾してます。どう考えても、身近なところに宗教が存在しています。編集や校閲も、矛盾を著者に指摘して、直させなければいけないのでは。

(p.194)(〈My Sweet Lord〉について)ただ、その後、ジョージはこうした曲を歌ってはいない。

 「こうした」が指してるのが「キリスト教とインドの宗教の融合を説くもの」だったら、その通りでいいと思いますが、「(広義で)神を礼賛した歌、宗教臭がただよう歌」を指しているとしたら、次の曲はいかがでしょうか(探せばもっとあるでしょう):

〈Here Me Lord〉〈My Sweet Lord〉と同じアルバムに入ってるんですけどね。
〈The Lord Loves The One (That Loves The Lord)〉
〈Give Me Love〉(神的な存在に、愛をください、地上に平和をくださいとお願いしている歌です)
〈Living In The Material World〉
〈It Is "He"(Jai Sri Krishna)〉
〈Writings On The Wall〉 旧約聖書『ダニエル記』に出てくる言葉。よくないことが起こる兆候です。
〈P2 Vatican Blues (Last Saturday Night)〉 生前にある程度完成し、没後に息子のダニーらが手を加えて完成したアルバム《Brainwashed》に収録されていて、歌の主人公----恐らくジョージ----は自分を「元カトリック」と言ってます。これ、ジョージの思想遍歴を語るのに格好のネタじゃないですか。
〈Brainwashed〉 「Namah Parvati」マントラを収録

   

(p.198)(キリスト発言騒動の時には)イエスについてもキリスト教についても、さらには宗教全般についても、ほとんど何も知らなかったことが示されている。

 ヨーロッパで生まれ育った人がキリスト教について殆ど何も知らないなんて、常識的に考えてありません。イエスがどんな存在かある程度は知ってたからこそ、インタビューの場で「ぼくたちはイエスよりも人気がある」なんて発言をしたのでしょう。島田は宗教学者なので「知ってる」と言えるレベルを一般人の平均より高く設定してる可能性もありますが、万民向けの平易な著書がたくさんあることから察するに、上から目線の人じゃないと思いますけどね。
 この発言をした時、ジョン宅にはヒュー・ショーンフィールド著『The Passover Plot』という本があったことが、インタビュワーのモーリン・クリーヴスによって確認され、記事にも書かれています(ジョンの発言が英語でそのまま引用されてるので、記事全体を読みましたよねえ?)。当時、ちょっと物議を醸した神学本だそうです。ジョンがこの本をじっくり読んだかどうかはわかりませんが、最後の晩餐〜ユダの裏切り〜十字架刑というイエスの物語をある程度知ってる人でないと、そもそも、この本には興味を持たないと思います。

   

(p.189)『アビイ・ロード』のアルバムで電子ピアノを弾いていたビリー・プレストン

 ハモンド・オルガンだと思います。電子ピアノを弾いてるトラックはないと思います。今後、詳しいデータが判明・発表されたら、電子ピアノもってことになるかもしれませんが…。

 最後はイチャモンじゃありません。建設的(と私が思ってる)要望です:

(p.199)ジョンがかかわったビートルズの曲に登場する「彼女」は、日本宗教の文脈においては、観音や弁天といった女性を思わせる仏、ないしは神のことを想起させる。

 〈Got To Get You Into My Life〉や〈And Your Bird Can Sing〉に関する他人の説の紹介なんかにたくさんの紙面を割くより(だって武藤本を読めばいいんだもん)、ジョンと観音と弁天に関する超オリジナルな島田説を50ページくらいかけて説明してよ。こういう面でこそ宗教学者としての本領を発揮して欲しいんです。読みたいのはそれです。それこそ関心も知識もない音楽評論家には書けないことです。
 レノンの作品に見られるこうした女性性に注目した本としては、ユングの原型論をもとに心理分析した『Mother--心理療法からみたジョン・レノン』(待鳥浩司・著)があります。読んで大感動の名著でした。なので、観音と弁天も、私はそんなに的外れだとは思いません。ただ、『Mother』はヨーコと出会ってからの曲の分析が中心であるのに対して、島田はそれ以前の〈She Loves You〉〈She Said She Said〉〈Norwegian Wood〉〈You're Going To Lose That Girl〉〈Every Little Thing〉〈I Feel Fine〉といった曲についても、そう言いたいのでしょうか? しかし、こうして話が面白くなる気配が出てきたのに、『神を信じなかった』本では章の締めくくりに入り、ビートルズの話はひとまず終了となってしまいます。とても残念です。

 第5章は「ロックがキリスト教化する必然性」というテーマで、ローリング・ストーンズやエリック・クラプトン、スティング等が取り上げられていて、ここでもツッコミどころはたくさんあります。
 
posted by Saved at 11:25| Comment(0) | Beatles | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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