2018年03月10日

オーディエンス録音の「荒削り」な魅力

 我々ロック・ファンにとっては、オーディエンス録音は、TMOQやRubber Dubber、その他の海賊盤を通して、そういう怪しい世界もあるのかあ…と知ったものですが、演奏者、主催者、会場側の許可を取らずに勝手に録音したものとしては、今から約120年前にニューヨークのメトロポリタン歌劇場でメイプルソンという人物が行なっていた行為が、その始まりだと言われています。クリントン・ヘイリン著『BOOTLEG!』でもそのあたりの話が書かれていますが、たとえそうした音源に興味を持ったとしても、自分にとって詳しくない分野だと、該当のCD等を見つけるのは至難の業です。今回紹介する記事は、YouTubeに存在する古{いにしえ}のレコーディングを紹介している優れた記事です。
 今では高性能小型マイクや小型デジタル録音機があるので、こっそり録音するのは簡単になりましたが、その前はDAT、さらにその前はカセットテープが使われていました。1970年代のカセットテープ時代のテーパーに話を聞いたところ、現代のノートパソコン以上の大きさのデッキをマジソン・バッグの底に隠し、「よしっ、今日もやるぞ!」と心の中で気合いを入れて会場入り口に向かったそうです(係員とのトラブルも何度か)。1980年代になってウォークマン・プロが発売された時には、その「小ささ」を大変ありがたく思ったのだとか(こうした状況を考えると、DAT以降の録音なんて苦労のうちには入らないでしょう)。
 カセットテープの前は、当然、オープンリール・テープです。1960年代前半のニューヨークのフォーク・クラブでは、誰かが客席で演奏を録音していても、咎められることはなかったそうです。現在、流通しているボブ・ディランの駆け出しの頃のライヴ・テープの多くはそうして作られたものです。当時のマニアが録り溜めていたテープの中には、もしかしたら無名時代のボブの演奏が含まれているかもしれないとして、調査をしている人もいます。1960年代前半ではロック・ファンの殆どは子供で、お小遣いも限られていました。彼らよりも年齢が高いジャズ・ファン、クラシック・ファン、フォーク・ファンのほうが録音機材に金をつぎ込む余裕があったようです。駆け出し時代に関しては、ビートルズやローリング・ストーンズよりも、ボブ・ディランのほうがはるかにたくさんのコンサート音源が残っているのは、そういう理由もあるのです。
 とはいえ、1964年2月に行なわれたビートルズのワシントンDC公演の映像も注目に値します。言うまでもなく、これはプロによる撮影ですが、映り込んでいるものが重要なのです。最前列で、膝の上にオープンリールのレコーダーを置き、マイクを宙に突き出して録音している少女がいます(このページに写真あり)。そのテープ、出来はどうだったのでしょうか? 今でも残っているのでしょうか?
 そして、オープンリールの前は…もう想像すら出来ません。蝋管蓄音機…ポータブル・レコーディング・ターンテーブル…何それ? ファンによる勝手録音とその影響も私の生涯の研究テーマの1つなのですが、まだまだわからないことだらけです。






オーディエンス録音の「荒削り」な魅力


文:タイラー・ウィルコックス



 最近では、観客のほぼ全員がスマートフォンを持っていて、コンサートをそこそこ良い音で録音して、その晩の記念品として持って帰ることが可能だ。しかし、オーディエンス録音の伝統はiPhoneの発売のはるか前までさかのぼり、実際、ロックンロールが登場するよりもずっと古い時代から存在するのである。テクノロジーが普及して手頃な価格になるまでは、コンサートの録音は、コンサート・ホールやクラブに高価でがさばる機材を持って行く手間暇を惜しまないような、機材マニアや偏執狂的ファンといった極少数の連中のやっていることだった。彼らが残したローファイ音源を聞くのは、近年の高音質なリスニング体験に慣れている者には少々忍耐力が必要なことだが、ヒスや他の雑音の向こうには、もの凄いお宝が蓄えられているのである。


アルベール・アルヴァレス
ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場
1902年




 全テーパーのゴッドファーザーがライオネル・メイプルソンだ。彼は1900年代前半にメトロポリタン歌劇場で、パフォーマーではない立場からオペラの断片を録音したのだが、使用したのは当時の最新テクノロジーだった。蝋管に音を記録し、それを再生することも出来るエディソンの家庭用蓄音機だ[プロンプター・ボックスや、プロセニアム・アーチの後ろに設置したらしい]。メイプルソンの録音が魅力的なのは、あの世のものみたいなクオリティーだからというだけではなく、その時代の最も有名な歌手が一流の歌劇場でパフォーマンスを行なっている様子を捕らえているからでもある。録音黎明期には、レコーディングというと堅苦しい雰囲気で行なわれていたのだが、メイプルソンの蝋管は、そうではなくて、歌手が最も生き生きとパフォーマンスを披露することの出来る場での彼らの様子を記録しているのだ。上記のクリップは、当時(録音されたことは殆どないが)最も愛されていたシンガーのひとりである、フランス人テノール歌手、アルベール・アルヴァレスの歌唱の断片を我々に伝えている。蝋管録音技術ではありがちな欠点(パチパチノイズ)が、終始、大量に存在してはいるものの、こうした音の記録を聞くことは、現在においても心躍るタイム・トラベルである。短時間とはいえ、過去と現在の距離が、突如、はるかに短くなったように感じられることだろう。

   


デューク・エリントン楽団
ファーゴ、クリスタル・ボールルーム
1940年11月7日




 1940年秋に行なわれたデューク・エリントン・オーケストラのファーゴ公演をクリアな音質で収めたこの音源ほど、初期のアマチュア録音の奇跡がはっきりと感じられるものはない。サウス・ダコタ州立大学のふたりの学生がポータブル・レコーディング・ターンテーブルを使って行なったこの音の記録は、歴代最高のラインナップのエリントン・バンドの絶好調の様子を収録している驚愕の音源なのだ。ジミー・ブラントン(b)、ジョニー・ホッジス(sax)、ベン・ウェブスター(sax)、ソニー・グリア(dr)等の名演奏家を擁するラインナップで、当時としては新曲だった〈Ko-Ko〉〈Harlem Airshaft〉〈Never No Lament〉などの10曲をガンガン演奏しているのだ。ハード・スケジュールの演奏活動を行なっていたエリントン楽団にとっては、ツアー中のいつもの1夜だったかもしれないが、このレコーディングのおかげで、この公演は、過去40年間、さまざまなフォーマットでリリースされ、繰り返し追体験されている。


チャーリー・パーカー
ニューヨーク・シティー、スリー・デューセス
1948年3月31日




 ディーン・ベネデッティはチャーリー・パーカーに取り憑かれた人物だったと言っても過言ではない。アーティストを熱心にオッカケることは、1940年代の極少数の熱狂的ジャズ・ファンやミュージシャンの間では、そんなに珍しい病気だったわけではないのだが、そうした熱意を新たなレベルに引き上げたのがベネデッティなのである。彼はディスクに音をダイレクトに記録する重量級のレコーダーをパーカーのギグに持ち込んだのだ。彼はロサンゼルスからニューヨークまで、チャーリー・パーカーを執拗に追いかけ、彼がさまざまな環境の中で行なった変幻自在のソロを、約9時間分、記録したのである。その中には、パーカーがマンハッタンにあるスリー・デューセスというナイトクラブで行なった、スリリングな夜のセッションも含まれている。ベネデッティ本人もアマチュアのサックス奏者で、主にソロに関心があったようなので、パーカーが演奏していない時には、しばしば、録音機のスイッチをオフにしている。その結果、ベネデッティ音源(1990年にモザイク・レコードからリリースされた)は、荒削りで、断片的にか音楽を聞くことが出来ない。しかもローファイだ。しかし、パーカーの毎晩異なる即興演奏の妙を伝えてくれる唯一の音源として、ビーバップのロゼッタ・ストーンともいうべき、計り知れない価値のあるものなのだ。


ハンク・ウィリアムズ
ペンシルヴァニア州ウェスト・グローヴ、サンセット・パーク
1952年7月13日




 カントリー・ミュージックの吟遊詩人ことハンク・ウィリアムズは、プロ生活の間は常にツアー活動を行ない、さまざまな会場でさまざまな観客を前にして歌っていた。29歳という若さで亡くなる数ヶ月前に、彼はペンシルヴァニア州東部の小さな町にやって来て、屋外コンサートに出演したのだが、その場には、地元のミュージシャン、メルヴィン・プライスが原始的なテープ・マシンを持って来ていた。プライスはウィリアムズと彼のバンドが〈Hey Good Looking〉〈Jambalaya〉〈Lovesick Blues〉といった最も有名なヒット曲を軽快に演奏する様子を、30分弱、録音した。飲酒やドラッグ禍が伝説的なレベルになっている頃だが、ここでのハンクはいたって健康そうであり、曲と曲の間には観客に向かってジョークを飛ばし、数十年分もの霧を簡単に晴らしてしまうほどのヴォーカル・パフォーマンスを披露している。


セロニアス・モンク+ジョン・コルトレーン
ニューヨーク・シティー、ファイヴ・スポット
1957年




 ジョン・コルトレーンがセロニアス・モンクのバンドで活躍していたのはごく短期間だったものの、後に、このコラボレーションを自分の芸術を高めるのに役立ったと認めている。自分が音楽的大躍進の寸前のところにいると感じたコルトレーンは、1957年にモンクと一緒に作っていた音楽を検証したいと思い、ニューヨークの小クラブ、ファイヴ・スポットに出演している時に、客席にいた人(自分の奥さんのナイマか、モンクの奥さんのネリーである可能性が高い)に演奏を録音するように頼んだ。ハイファイからはほど遠いが、マイク1本で録音されたテープにはアンビエンスもたくさん収録されており、ふたりのジャズの巨人が何気なくなく披露している革命的インタープレイだけでなく、タバコの煙でくすんだファイヴ・スポットの閉店後{アフターアワー}の雰囲気も記録しているのだ。それから60年後の今、この音源を聞いていると、歴史が1度に1音ずつ作られていく様子を盗み聞きしている感がする。

  


ボブ・ディラン
サンフランシスコ、メソニック・メモリアル・テンプル・ホール
1965年12月11日




 客席でコンサートを録音する人の殆どは無名の一般人だが、ここでは違う。最近、発掘されたボブ・ディラン&ザ・ホークスのサンフランシスコ公演の録音に関与したのは、ビート詩のアイコン的存在、アレン・ギンズバーグなのだ。彼は絶妙のタイミングで「録音ボタン」を押した。オープニングのアコースティック・セットには《Blonde on Blonde》に収録されている名曲〈Visions of Johanna〉のライヴ初演(〈Alcatraz to the 9th Power Revisited〉と紹介している)も含まれ、エレクトリック・セットではボブのヴォーカルは火を吹き、ザ・ホークス(間もなくザ・バンドになる)も素晴らしい演奏をしている。この時期のディランのショウは、裏切られたと感じたフォーク・ファンがフォーク・ロックの新曲にブーイングをするという対決の場と化すことが多かったが、このサンフランシスコ公演は、終始、和気藹々とした雰囲気で、観客は歌の一言一句に耳を傾けている。普段は殆どニコニコしないギンズバーグが、ディランが1960年代のギアをトップにチェンジするのを目の当たりにして、嬉しい笑顔になっているのを想像することも出来そうだ。


ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
ボストン・ティー・パーティー
1969年3月15日




 ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは活動期間中はメインストリームでは大人気を博すことはなかったが、多数のコアなマニアをファンに持っていた。ブライアン・イーノの言葉を借りると「レコードを買った人は多くはなかったが、買った者は皆、自分のバンドを始めた」とのことだが、バンドを始めなかった者の中には、バンドのコンサートを録音した者が多数存在した。このテープはVUの最もワイルドな音源の1つで、異常なギター・プレイが大好きな者にとっては桃源郷である。録音に携わった人物(「ザ・プロフェッサー」という異名のみが伝わっている)が、ルー・リードのフィードバックが加えられた即興演奏を捉えようとして、マイクを出来るだけギター・アンプに近いところに設置したので、その結果、リードの爆発したソロと、ドラマーのモーリーン・タッカーが容赦なく叩き出す躍動のリズムが、盛大な音で録音されていた。後に、ブートレッガーはこれを「伝説のギター・アンプ・テープ」と呼んだ。ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドには、音質に難のあるオーディエンス・レコーディングなら数多く存在し、その一部は正式な筋からリリースされてもいるが、この音源はリードのヴォーカルが殆ど聞こえないことから、コレクター間のみでしか流通しないという運命をたどる可能性が高い。しかし、熱狂的なファンにとっては必聴の音源だ。


ザ・グレイトフル・デッド
ニューヨーク州ポートチェスター、キャピトル・シアター公演
1970年6月24日



 グレイトフル・デッドはテーパー文化と最も密接に結びついているバンドだ(第2位は僅差でフィッシュ)。デッドヘッズは、バンドの30年の歴史の最初期から解散までの大量のサウンドボード・レコーディングに恵まれているが、素晴らしいクオリティーの必聴オーディエンス・テープも無数に存在する。この不明瞭な音質の、神秘に満ちた1970年のテープは、長年、ヘッドヘッズから愛されており、聞いて驚いたリスナーから熱狂的なレビューが寄せられている音源だ。目玉は、デッドの面々が超自然的領域を探してトリップしている長大な〈Dark Star〉組曲だ。マイクの近くの人物は感動し、静かなエクスタシーのようなものに捕らえられて、「オー・マイ・ガーッ」という声を発している。我々が同じ反応をすることが出来るのも、このショウを録音した人物のおかげである。

The original article "The Scruffy Charm Of The Audience Tape" by Tyler Wilcox
https://pitchfork.com/thepitch/the-scruffy-charm-of-the-audience-tape/



[おまけ] カスタマーレビューは要注目です。

 

posted by Saved at 20:30| Comment(0) | Bob Dylan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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