先日はデリーのレコード屋についての記事を書きましたが、今日は旅の一番の目的だったリシケシュのビートルズ・アシュラムについて書きます。wikipediaによると、長らく廃墟の状態だった場所が2003年に地元の森林局に返還され、2015年には正式に一般公開されたとあります。一般公開前でも、管理人にお願いすると(&チップを50ルピーほど)中に入れてもらえたようで、その頃に訪れた強者もいるようですが、旅が苦手な私などは、ネットであらかじめ行き方を調べることが出来て、列車やホテルの予約も出来るようになって、そういうお膳立てが用意されてやっとアシュラムに行くことが出来ました。アシュラム内も、今でこそ、主要な建物の前には、いつ、何の用途で作られた建物なのか、簡単な解説が記された看板がありますが、公開前は文字通り廃墟オンリーだったようです。
アシュラムの一般公開の少し前の2013年には、アシュラムに近いところにジャンキー・ジュラという吊り橋の建設が開始されましたが(完成は2020年? 建設にそんなに時間がかかるものなの?)、そもそもビートルズがリシケシュに行った1968年当時にはアシュラムからかなり上流のラクシュマン・ジュラ橋しかなく、ジャンキー・ジュラとラクシュマン・ジュラの中間あたりの位置にあるラム・ジュラ橋が出来たのも1986年のことでした。今ではリシケシュの町から、かなり楽にアシュラムに行くことが出来るようになりました。同時に、一般公開に際して、アシュラム内の調査が行われたようです。
参考ページ 世界攻略ジャーナル「リシケシ ビートルズアシュラムを攻略」(2009年7月)
上のページは一般公開前の2009年5月に、まだジャンキー・ジュラ橋がなく、解説が皆無だった頃にアシュラムを訪れた人のもので、調査が進んだ現在から見ると要訂正の箇所が一部ありますが、情報が殆どなかった頃のものなので仕方ありません。しかし、2020年代の旅行サイトに、このアシュラムの見所としてビートルズとは関係のない建物の写真ばかりが掲載され、肝心の彼らが寝泊まりした建物や瞑想修行をした場所等がないがしろにされているのはいただけません。Googleで「Beatles Ashram」で検索して出てくる画像の8割以上が、ビートルズとは関係のない、「映え」を狙っているだけのような建物の写真です。今回の私の記事はそれに異を唱えるのが目的です。
アシュラム入り口入場券 外国人は入場料が1200ルピー。2022年12月には600ルピーだったのに。入り口ではパスポートの提示を求められ、チケットにもその番号が記されました。後で、Google Lensの翻訳機能を使って見てみたら、これはアシュラム入場券というより、トラの保護区への入場許可証でした。帰る時にもこの許可証の提示を求められるので(ちゃんと出たというチェック)、なくさないように。私はカバンの奥にしまいこみ、見つけるのに苦労しました。なお、警備の人に質問したところ、トラはこの付近にはもういませんが、山の向こうには生息しているのだとか。
チラシ このチラシ、もうないってことでもらえませんでした。涙。
瞑想用ドーム群 門を入り、坂道を登り始めると、まず現れるのがたくさんの瞑想用ドームなのですが、表示によると、これは1976〜8年に作られたものなので、ビートルズとは関係ありません。「9番でジョンは瞑想した」というのはアナクロです。2020年代にもなって、こんなファンタジーは語らないでいただきたい(それが歴史的事実だったら私のほうが訂正しますが…)。
アシュラムのもともとの名前「チョーラシ・クティア」は「84」という意味で、マハリシの師匠、グル・デヴことスワミ・ブラフマナンダ・サラスワティが84歳まで生きたことを記念して作られた84の瞑想部屋がその名で呼ばれていました。それはこれとは別のところに存在しています。ドームは100基以上あるので数が合いません。
私の知人も15年ほど前にドーム群を見て、「ここでビートルズが…」と感慨もひとしおだったようですが、私は彼女に事実を教え、ちょっとがっかりさせてしまいました。
ちなみに、これは1960年代のアシュラムの絵葉書です。瞑想用ドームはありません。(ポール・メイスン著『The Beatles, Drugs, Mysticism, & India』より) 右上に6棟並んでいるのが海外からのVIP用宿泊施設。ビートルズが使っていたのは一番右の第6棟。左上は郵便局、オフィスなど? 真ん中にあるのはキッチン? 下の右端は食堂。次は講堂と、その左右にあるのが42部屋ずつある瞑想用独房(チョーラシ・クティア)、その左がマハリシ私邸、といった感じでしょうか。
ビートルズのアシュラム滞在に関する重要資料が、マハリシの高弟で、ビートルズの世話係を担当していたアメリカ人女性、ナンシー・クック・ド・ヘレーラが2003年に出版した回想録『All You Need Is Love』です(アジョイ・ボーズ著『Across The Universe』でも頻繁に引用されています)。アシュラムに行く前に一読をお勧めします(とは言いながら、私はビートルズ関連の90ページほどしか読んでないのですが…)。アシュラム概要に関してはこうあります。
アシュラム構内は、片側には6棟の居住区が具合良くおさまっていて、大講堂、食堂、多数の洞穴が半円を描くようにありました。(洞窟はインドの暑い夏の間は中で人が暮らします。他の季節には、その上で講義が行なわれました) 建物の間には、石で縁取られた道のある庭がありました。
第2の門とアシュラム案内図 さらに上に進むと第2の門があり、ここからはアシュラム内を時計回りにぐるっと回っていきます。
郵便局 ジョンとヨーコがシンシアに隠れてやりとりしていた手紙は、きっとここを通過していたのでしょう。
印刷所 『バガヴァッド・ギーター:マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーによる解釈と注釈』等はここで印刷されたのだとか。
フォトギャラリー/カフェテリア/トイレ サルツマン撮影の写真、超越瞑想の解説、自然保護区の解説、カフェテリア、トイレがあります。建物の写真を撮るのを忘れてた模様。
キッチン ナンシーはキッチンについてこう語っています。
キッチンといっても名ばかりで、衝立で仕切られた縦12フィート[3.6m]×横15フィート[4.5m]ほどの場所です。床は汚れ、煉瓦の壁みたいなカウンターには、薪を燃やして使うかまどが2つありました。
でも、かまどは3つありました。こことは別のキッチンがあったのでしょうか?
大ホール ビートルズとマハリシの壁画が書いてあるホールです。1976年に建てられたものなので、ビートルズとは関係ありません。近年、ここでヨガや音楽等のイベントが行なわれているので、別の意味で思い出の場所となっているようですが…。
4階建てのアパートメント? 道を挟んで大ホールの反対側に、4階建てのアパートメント(+屋上にはドーム付き)が2つあります。かなり目立つ建造物です。これは1976年に瞑想の指導者になるためにアシュラムに来た修行者用の寄宿舎です。ビートルズとは関係ありません。マハリシ私邸はこの裏にあります。
6棟のゲストハウス 海外からの参加者(VIP)用宿舎。ビートルズやマイク・ラヴ、ドノヴァン、ミア・ファロウら、超VIPは一番奥の第6棟で寝泊まりしました。
第6棟 10畳ほどの部屋とバスルームのセットが5〜6ありました。
上の門とその向こうに見える道 ナンシーはこう記しています。
午後5時頃、「瞑想者の道」の静けさを守るためにコース中は使用厳禁だった道路を、複数の車がやって来る音が聞こえました。ジニーと一緒に眺めてると、黒のロング・コートを着た若者数人が車から降り、3人の女の人がそれに続きました。車の屋根には複数のシタールとギター、そして、サイケデリック柄のあらゆる種類のバッグがありました。
ジェイン・アッシャーとポールは3月の最終週に帰らなければなりませんでした。6週間、平静な生活を送ったことになります。ジェインはお芝居に出演するという反故には出来ない仕事の約束がありました。ふたりがアシュラムに別れを告げたのは、心あたたまるシーンでした。ポールは地に膝をついて言いました。「マハリシ、ここで過ごした日々は、ボクたちにとっては、あなたが思ってる以上に貴重なものでした。平和で静かな状態が破られないよう、とても気をつかってくれました。ビートルズのメンバーだからこそ、ボクにはこの価値がわかります。約束を守ってくれました。マスコミや外部の人からボクたちを守ってくれました。これ以上の贅沢はありませんでした。ボクたちはあなたのことを忘れません。ジョンとジョージも帰国したら、ここで立てた計画に取りかかる予定です」
リックと私が彼らと一緒に上の門まで歩いて行くと、リックはポールから三脚を貰いました。ポールは私に言いました。「新しい人間として、ここを出て行くんだ」 ジェインも幸せのオーラを発してました。ジョンは門の側に立ち、ギターを弾きながら、ふたりに別れの言葉をかけました。ジョンは到着した時には青白くやつれた顔をしてましたが、今では違う人間になったようでした。私が写真を撮ろうとすると、片足を岩の上に乗せ、ギターを弾きながら、楽しそうにポーズを取ってくれました。
門の外に見える道が「瞑想者の道」なのでしょうか?
講義部屋 ここがアシュラムの中で最も古い建物だったところだそうです。現在はほとんど林と化しています。
チョーラシ・クティア ここがアシュラムの中心です。入口から徐々に中に入っていきます。電気も何もなく、真っ暗です。
講堂を挟んで左右に42ずつ、全部で84(自分で数えたわけじゃありませんが)の真っ暗な独房があります。中にはいるとひんやりしていて涼しいです。
大講堂 講義やミアの誕生会、ジョージの誕生会が行なわれたのはここ。
マハリシ私邸 ナンシーがこう書いてます。
マハリシの私邸は他の建物からは離れたところにあり、ガンジス川を見下ろす崖の上にありました。庭は手入れが行き届き、野良牛が入って来ないようにフェンスで囲ってありました。アシュラムの他の建物とは違って、マハリシの屋敷は本職の大工の力を借りて作ったものです。インド・スタイルの平屋で、周囲にはベランダがあり、手入れも行き届いてました。スクリーンで覆われ、ペンキが塗られ、石の床はピカピカに磨かれていました。マハリシはこの屋敷をドリス・デューク[若くして米のタバコ会社を相続した人物]が寄付してくれたお金で建てました。マハリシは騙した信者から莫大な金を集めて、それをスイスの銀行の秘密口座に隠してるという話が、よく新聞や雑誌に載ってましたが、アシュラムにあるこのささやかな家が、私が目にした限りでは、マハリシが耽った最初の贅沢です。
コースは順調に進み、マハリシもリラックスして機嫌が良い状態でした。毎日、午後になると、正規の講義の後に、ビートルズのメンバーや他のスターたちがマハリシの私邸の屋上に集まって、追加でプライベート・コースを受けました。
儀式を行なうための地下室 そして、今回私にとってハイライトだったのがこれ。地下の私的な祈りの部屋です。ここで特別な儀式を受けたミア・ファロウは、マハリシからいやらしいことをされそうになったと感じました。ナンシーはミアから次のような話を聞きました。
「プライベートなプジャ[ヒンドゥー教の祈りの儀式]の部屋に来るように言われたわ。私の誕生日に私のためにプジャをやるからって」 ミアは人を小馬鹿にするようなやり方で笑いました。「いったい、どうやって断ればいいのよ」
「続けて」 私の中にアイルランド人の気性がわき上がってくるのがわかりました。
「私は祭壇型のテーブルとグル・デヴの絵の前にある小さなカーペットの上でひざまづかされたの。マハリシは少しプジャを執り行った後、私の首に花輪をかけたの。その時よ、口説いてきたのは」
「どういうふうに?」
「私の髪を撫で始めたのよ。儀式と口説きの区別くらい出来るわ」
「あのねえ、ミア。マハリシにそうしてもらえたのは名誉なことなのよ。手で髪を撫でたのも儀式の一部です。あなたの髪に触ったのは、マハリシにとっては儀礼なんです。マハリシはヘレン・リューティスにもそうしました。そういうふうにして愛する師[グル・デヴ]にあなたを見せたんです」 怒りを爆発させないようするのは自分との戦いでした。
後日、同じ儀式を受けたナンシーはこう感じました。
マハリシは足を伸ばしてローブを前に寄せると、ついて来なさいという合図をしました。私たちは前のベランダに行き、地下に続く階段を下りました。階段の先にあるドアは普段は鍵がかかってるのですが、私たちが行った時には開いてました。マハリシのプライベートなプジャの部屋に入るのは初めてでした。小さな部屋には黄色い布がかけられ、蝋燭の光で穏やかに照らされてました。高いところにある小さな窓からは、外の空気(昼間には光も)が少し入って来るようになってました。素敵なスパイシーなお香のかおりが部屋いっぱいに広がってました。壁側には小さな祭壇とグル・デヴの肖像画がありました。生き生きとした花で作られた輪がテーブルの上にありました。マハリシは私に小さなクッションの上で跪{ひざまず}くように言いながら、さらに蝋燭とお香に火をつけました。そして、花を私の頭の上に、肩の上に置き、自分の師を前に祈祷を始めました。
この時間中、私は恍惚状態でした。マハリシが私のために特別なプジャをしてくれてるのです。何て光栄なことでしょう。動きの1つ1つが大切なものです。マハリシは私の肩からレイを取ると、グル・デヴの前に置きました。そして、自分の手を私の頭の上に置き、髪を上から下まで撫でました。私は頭全体でマハリシの手の温もりを感じました。マハリシがサンスクリット語でチャントをしてる間中、私は自分自身がマハリシの神に紹介されてるように感じました。幸せの涙が頬を伝わりました。私は至高の幸福を体験してるのだとわかりました。
ナンシーの記述通りのところがありましたよ。テラスから下に続く階段。そして、小さな窓のある部屋が2つ。電気が全くないので真っ暗。スマホの明かりを頼りに中を進みました。残念ながらグル・デヴの祭壇はもうありませんが、私的な祈りの部屋はこの2つの部屋のうち、どっちか、もしくは両方でしょう。
そして、マハリシ私邸の下には再びドーム群が登場し、第2ゲートの裏にはこんな言葉がありました。
アシュラムの調査は始まったばかりで、まだわからないところだらけです。私が見逃していた場所、誤解していた点、判明した新事実等がありましたら、是非とも情報をお寄せください。しばらく時間が経って、さらにいろんなことがわかった時点で、再度訪れたいと思いますが、テキトーな連中に壁にテキトーな絵なんか描かせるよりも、アシュラムがアシュラムとして使われていた当時の様子を出来るだけ正確にレストアするという方向で、調査・運営・管理が進んでいることを切に希望します。
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The Beatles, Drugs, Mysticism & India: Maharishi Mahesh Yogi - Transcendental Meditation - Jai Guru Deva OM - Mason MS, Paul
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All You Need Is Love: An Eyewitness Account of When Spirituality Spread from East to West (English Edition) - de Herrera, Nancy Cooke