2020年03月10日

52年前の今頃、ビートルズはインドで瞑想修行中

 この記事を紹介するのにキリのいい50周年は逃してしまいましたが、2年前のインドではビートルズのリシケシュ修行50周年ということで、ちょっとした回想ブームでした。リシケシュの瞑想道場の中でビートルズの取材をしたジャーナリストの回想録がこれです。


50年前のアシュラム・メモ:ビートルズ、マハリシ、カラス、そしてパチンコ
文:サイード・ナクヴィ


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(左)ポール・マッカートニーとホーリー祭を祝う筆者 (右)マハリシと散歩をする筆者

 50年前の2月にリシケシュでビートルズと過ごしたことを回想したきっかけは、編集部の人からの電話だった。あれから長い年月を経た今になって、あのアシュラム訪問について客観的な視点で記事を書いてくれと、熱心にお願いされたのだ。
 このリクエスト自体が、皮肉が内在しているものだった。この編集部員が私の書く記事に見出していた大きな価値は、はるか数十年前に『ステイツマン』紙(コルカタで発行されている高級紙)の専任編集者から受けた冷たい対応とは、好対照をなしていた。
 当時、まだ20代だった私は、2つの世界にまたがる世代に属していた。インドの古典音楽も大好きだったが、ビートルズの虜になるのにそれが邪魔になったわけでもなかった。しかし、インドの主要紙を自認する『ステイツマン』は、ビクトリア時代の堅苦しい性質をまだ払拭していなかった。1966年には最後のイギリス人シニア・エディターたちは去っていたが、シニア・アシスタント・エディターや彼らが育てた茶色い肌(文化的な意味での)の子供たちはまだいた。こうした者たちはリヴァプールの4人組よりもベンジャミン・ブリテンのほうに親しんでいた。『ステイツマン』紙のデリーのオフィスは急速に現地化が進んでいた一方で、専任エディターのK・ランガチャリも新編集部員のR・N・シャルマもビートルズが何者なのか知らなかった。インドはこのような文化的変遷の中にいた。
 私はお祭り騒ぎを期待しながらリシケシュに行き、マハリシの足下で超越瞑想の秘儀のイニシエーションを受けた。
 私の知る限りにおいて、私はあの聖なる期間に、マハリシの承諾を得てアシュラムに滞在していた唯一の「ジャーナリスト」だった。
 マハリシを囲んで祭壇のまわりで胡座をかいて座っていたのはビートルズだけではなかった。ビーチ・ボーイズのメンバー、フルート奏者のポール・ホーン、ドノヴァンもいた。ドノヴァンは1日1曲書いていて、その1つを私は今でも持っている。私しか持っていないものだ。

 When the sun is tucked away in bed,
 You worry about the life you led.
 There's only one thing to do,
 Let the Maharishi lead you.
太陽がベッドの中に隠れてしまう時
人は自分が送ってきた人生が気がかりになる
そんな時、やるべきことはたった1つ
マハリシに導いてもらいなさい


 歌手ではないスターで、注目の的となっていたのが、ミア・ファロウと彼女の妹のプルーデンスだった。アシュラムにはたくさんのスターがいたので、プルーデンスは目立たない瞑想修行者のカテゴリーに属していたのだが、突如、皆から注目されることになった。彼女の小屋の面倒を見ていたサドゥーが、マハリシの小屋に猛ダッシュでやって来て、信じられない報告をしたのだ:プルーデンスは瞑想のトランス状態に入り、それは夜明けから夕方まで続き、今でも継続中だ。
 ビートルズのドラマー、リンゴ・スターが「バトリンズ・ホリデー・キャンプみたいだ」と失礼なことを言ってアシュラムを去ったという躓{つまず}きがあった後なので、マハリシはこうした宣伝材料が欲しかった。ちなみに、バトリンとは1960年代のイギリスにあったチープなホリデー・キャンプである。
 プルーデンスがハマってたような瞑想マラソンを皆に薦めるためにマハリシに必要だったのは、カラスを追い払う方法を考えることだった。彼らはアシュラムに大挙してやって来て、瞑想修行者がついうっかり落とす食べ物を漁っていた。マハリシの挑戦は、チョーラシ・クティア(マハリシのアシュラムのヒンディー語名)にうるさいカラスが立ち入るのを、暴力的手段に訴えることなく禁止することだった。
 アシュラムの管理人で導師{グル}の親類筋にあたるスレシュ・バブが考えたアイデアは、サドゥーたちをパチンコで武装させるというものだった。弾は紙を丸めたものと同程度の殺傷力しかないものにすれば、カラスを驚かせはするが傷つけることはないだろう。ということで、パチンコで武装した白ローブのサドゥーが臨戦態勢を取っているのは喜劇的な光景だった。カラスを阻止するためのこの作戦の効果のほどは定かではなかったが、プルーデンス・ファロウの瞑想小屋の周辺を静寂な状態に保つことが、導師{グル}にとっての最優先事項となった。こうした気遣いからマハリシがプルーデンスの小屋に行くことが多くなり、彼がプルーデンスを口説いているのではという噂が生じた。しかし、現実には、噂はプルーデンスの尋常でない想像力の産物だった。

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画面左下の人がプルーデンス・ファロウ


 ミア・ファロウは別の理由で問題だった。彼女はどうしても喫煙がやめられなかった。「タバコだけだよ」とスレシュ・バブーはウィンクしながら言っていたが。アシュラムでの修行者の間では、もし誰かがマリファナを吸っている疑いがあるとしてもタレコミはなしという暗黙の了解が存在しているようだった。しかし、どんな時でもミアの言いなりだったスレシュ・バブーにとって、彼女は大きな問題を作り出していた。ミアはスレシュのコテージの外の椅子に座って、よくタバコを吹かしており、サドゥーや真面目な瞑想修行者の顰蹙を買っていた。
 ある日、事態は山場を迎えた。私と一緒に来たカメラマンのラグー・シンが、ミア・ファロウがタバコに火をつけるところか煙の輪を作っているところを、勇敢にも写真に収めた。スレシュ・バブーが一緒に写っていれば、完璧な構図だったのだが…。ラグーはその写真をどうにかものにしたのだが、相応な代償も払うことになった。「このクソ野郎!」と叫ぶミアに、眠そうにしているサドゥーが番をしている門の外まで追いかけられ、スレシュ・バブーからは今後のアシュラムへの立ち入りを禁止されてしまった。
 言うより行なうは難し、とはこのことだった。ビートルズが到着してから、最初の1週間ほどはサドゥーの軍団がピリピリしながら警備をしていたが、しばらくすると、瞑想にはぴったりの静かな状態がそれに取って代わった。先に述べたうるさく鳴くカラスを除いては。アシュラムを包囲している記者やカメラマンが最初は騒ぎの元だったが、彼らを帰らせることについてはうまくいった。しかし、かえってこのおかげで、アシュラムの外で座り込んでいた1人、2人は入り込むのに成功した。「私の破綻した人生はマハリシじゃないと直せない」と胸を叩いて訴えながら。カメラで武装してアシュラム内に入ると、彼らの「破綻した人生」は金銭的大成功へと向かう道の追い越し車線に乗っかることになった。彼らは自分のビートルズ体験を写真と言葉付きで猛烈に売り歩いた。

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ホーリー祭でポールの顔に絵の具を塗るサイード


 一方、ラグー・シンはビートルズの話には全く価値を見出していなかった。彼らが何者なにかも知らなかった。
 彼はミア・ファロウの出来事をボツにした。最初は大変興奮していたが、その後、彼の心の中では、この話は終わってしまっていたからだ。編集部の人間に興味を持ってもらえなかった話は先にしたが、これもその延長線上にある。
 ラグー・シンの上司、ラグー・ライは、後にインドで最も偉大な写真家になった人物だが、彼は初日に、大きな木の下でビートルズの面々がマハリシ囲んでいるあの歴史的な写真を撮影した後、2度とアシュラムに戻って来ることはなかった。あれは世界的スクープだった。ラグー・ライがアシュラムに戻って来なかったのは、彼が言うには「ビートルズに対する興味はゼロだったから」とのことだ。
 私が何週間もビートルズの取材を続けられたのは、ひとえに、若者向けのカルト雑誌『ジュニア・ステイツマン』(『ステイツマン』紙が若者向けに発行したマガジン、1967年2月創刊)の編集部員だったデズモンド・ドイグと彼の部下たちに励まされたからだった。

The original article “Ashram Notebook 50 Years Ago: Beatles, Maharishi, Crows And Catapults” by Saeed Naqvi
http://naqvijournal.blogspot.com/2018/02/ashram-notebook-50-years-ago-beatles.html
Reprinted by permission

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 サイード・ナクヴィは50年以上のキャリアのあるインドを代表するジャーナリストで、世界の要人のインタビューも多数経験。日本に来たこともあるそうです。『Being the Other: The Muslim in India』はインドで生活するムスリムを取材したもの。2018年に出版されたアジョイ・ボーズ著『Across The Universe』は、これまでに英語で出版された大量のビートルズにしっかり目を通し、パティー・ボイドやラヴィ・シャンカールの奥さんや弟子、ナクヴィを含む当時を知る多数の関係者に独自取材を行ない、インドの内政や外交をふまえてインド視点でビートルズとインドについて語った大著です。細かい文字が300ページに渡ってビッシリという、とにかく長い本ですが(正直、写真が全くない、ビジュアルが弱いというのも難点)読み応えは十分。日本語に訳したものをあくまで個人的に下の写真のようなeBookのフォーマットにした上で、知り合いの関係者に日本語版出版の打診はしていますが、今のところ、いい返事は来ていません(中身と、かけた時間と手間については褒めてもらえたんですけどね)。
 『The Beatles, Drugs, Mysticism & India: Maharishi Mahesh Yogi - Transcendental Meditation - Jai Guru Deva OM』は超越瞑想の信者が出した資料集的な本で、まとめ方は雑多なのですが、ビートルズのメンバーの証言と大量の写真が目玉です。『Across The Universe』をビジュアルの点で補うのにピッタリ。

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2020年02月16日

『ポール・マッカートニー死亡説大全』に初めて読者レビューが付きました

 12月にはレビューが書き込まれてたようですが、今日気づきました。この本を面白いと思って数年かかって訳して紹介した者としては、伝えたいことがしっかり伝わったようで嬉しい限りです。

 

 『「ジューダス!」ロック史上最も有名な野次: マンチェスター・フリー・トレード・ホールに至る道』にもレビューがつくと嬉しいな。

 
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2020年02月04日

The Museum of Hoaxsにポール死亡説

嘘の噂話ばかりをあつめたサイト「THE MUSEUM OF HOAXES」にポール死亡説のコーナーがあります。
去年は死亡説50周年でしたが、特に大きなイベント等もなく過ぎちゃいましたね。

http://hoaxes.org/archive/permalink/paul_is_dead

 
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