2016年01月09日

カルカッタでジョージを怒らせた私

カルカッタでジョージを怒らせた私
〜3番目のビートルズとのほんのちょっとの出会い


文:C・Y・ゴピナート


 ジョージ・ハリスンが怒り心頭状態なのは、私を睨みつけるその表情からわかりました。口をギュッと結び、とても腹を立てているようでした。
 私達はカルカッタにある古いアパートメント・ビルの8階のエレベーター・フロアで立っていました。1976年のことでした。ジョージの後ろでは、彼が泊まっていた部屋のドアが閉まっていました。私達の前には旧式のエレベーターの格子ドアがありました。エレベーターはクランクが回る音を立てながら、1階からゆっくりと、各階で停止しながら上がってきます。私達のいる階に到着するまで、少なくとも5分はかかるでしょう。私は5分間、ジョージを独り占めです。彼にお願いしたいことがひとつだけありました。

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【ジョージとウダイ・シャンカール 1974年に撮影されたもののようです】


 私はジュニア・ステイツマンという若者向けの新聞の記者をやっていて、その日の朝はいつも通り平穏に始まりました。ところが、午前11時くらいに、突然、編集長の部屋に呼び出されたのです。デスモンド・ドイグはアイルランド人で50代でしたが、30歳以上の人が誰もいないこのオフィスの中で、精神的には最も幼い人物でした。彼はとてもシリアスな雰囲気を装っていましたが、それはとても興奮している証拠でした。彼はそういう気持ちを隠せない人だったのです。
 「噂によるとですね〜」 デスモンドはメロドラマ風に言いました。「ジョージ・ハリスンという人物が、今、まさにこの町のどこかにいるそうなんです。しかも、噂によると、明日にはもういなくなってしまうのだとか。ヴァラナシに行くのではとささやかれています。本日のキミの仕事は、この人物を捜し出してインタビューし、生涯のスクープをものにすることです」
 スタートはこんな感じでした。

 カルカッタは大きな町ではありません。皆が皆を知っている状態です。まだインターネットもショート・メッセージ・サービスもWhatsAppもなかった時代ですが、私は目ぼしい数カ所に電話をかければ重要な情報にヒットすると思っていたのです。まずは、活躍中のロック・ミュージシャンたちに電話をかけることにしました。
 電話をかけるには、まず、親紙であるザ・ステイツマンの電話交換手を呼び出さなければなりませんでした。その日、当番だったオペレーターは、ステキな声のシンシアただひとりでした。私は毎回ここを通すことで、自分の電話の優先度をアップさせていました。シンシアはやさしい人でした。それに、私はシンシアに気に入られているようでした。
 彼女に繋いでもらって電話をかけた先は、伝説的グループ、グレイト・ベアのドラマー、ノンドン・バグチ;同バンドのギタリスト兼シンガー、故ディリップ・バラクリシュナン;別のグループのベーシスト、ルー・ヒルト;ジャズのマエストロ、ルイス・バンクス;別のジャズ演奏家、A・ブラガンザでした。彼らの多くは明らかにラリっていました。朝寝してるところを起こしてしまった人もいました。しかし、ジョージ・ハリスンが町に来ているのに、誰もそれを教えてくれなかったことに、少し傷ついている様子だったのは、皆共通でした。
 「ナイトクラブにかけてみたら。ジョージがどこかに来る予定が入ってるかもしれないよ」と記者仲間が入れ知恵してくれました。グッド・アイデアだ! 私はトリンカ、ムーラン・ルージュ(フランスのではなくて、ベンガル人が勝手に真似したものです)、モカンボに電話をかけました。しばらくして、こんなことしても何の埒も明かないことに気づきました。
 昼時になっても、私はジョージ・ハリスンを見つけるという目標に一歩も近づけていませんでした。取材が得意な記者という私の仕事は危機にさらされていました。鋭い取材を行なうジャーナリストという自尊心、威厳、評判も同様でした。私はランチを食べようと、しょんぼりした気分で下のスタッフ用食堂に行きました。

 ひとつだけ空いていた席に座ると、反対側にいたのは気難しいインド舞踊評論家でした。メインの新聞の記事執筆者の中でも、このインド舞踊評論家は一番の嫌われ者でした。彼は人をバカにした態度で大袈裟なことを言う、簡単な言葉で言うと、嫌な奴でした。
 「大したプリマドンナだよ!」 カレースープをズーズーすすりながら、こいつは文句を言ってました。
 「誰がですか?」と私は何の気なしに訊きました。
 「あの一家全員さ!」とこいつは語り始めました。「ひとりが音楽家で、もうひとりが舞踏家だからって、自分らは背後からお天道様に照らされている存在だ、約束なんか守る必要ないって思ってるのさ。だが、私の辞書では約束は約束だ」
 「約束をすっぽかした音楽家と舞踏家のいる一家って誰なのですか?」と私はぼんやりしながら訊きました。
 「シャンカール家の連中だよ!」こいつはお椀の中にパンを叩きつけ、そこらじゅうにスープを飛び散らかしました。
 「ラヴィ・シャンカールですか?」 私は突然、シャキッとなった。ジョージ・ハリスンがラヴィ・シャンカールを師として慕い、彼からシタールを習っていることは、皆が知っていました。
 「いや」と舞踏評論家は腹を立てながら言いました。「キミらジャーナリストは何も知らないんだね。ラヴィ・シャンカールはカルカッタじゃなくて、ヴァラナシで暮らしているよ。私が言ってるのは、兄のウダイ・シャンカールのことだよ。舞踏家の」
 「その人があなたの約束をすっぽかしたんですね?」
 「その通り」 舞踏批評家はしかめ面で言いました。「特別な来客があるので、今日は会えませんなんて言ってきやがった」
 「その特別な来客とは誰なのですか?」と私はすかさず訊きました。
 「さあね。バカな外国人がサラスワティの粘土像を買うために、明日、ヴァラナシに行くんだとさ」
 「特別な来客」が誰なのか、ピンと来ました。遂にジョージ・ハリスンを捕まえたと思いました。ジョージはラヴィ・シャンカールの兄の家にいるのだ。

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 私はデスクに戻って、シンシアの助けを少し借りて、ウダイ・シャンカール宅に電話をかけました。ミスター・ウダイ・シャンカール宛の手紙を持ってるので、ご自宅にうかがえば受け取っていただけますか?と私が言うと、イエスとの返事でした。そして、ミスター・ハリスンとかいう方宛の手紙も持っているのですが、そのようなお名前の方もいらっしゃいますか?と訊いたところ、電話はガチャンと切られてしまいました。
 と、殆ど同時に、電話交換手のシンシアの声がしました。彼女は朝中ずっと電話の中身を聞いていて、全てを知っていたのです。「ということは、あなた、ジョージ・ハリスンに会いに行くのよね?」と彼女が訊いてきたので、私はそうだと打ち明けました。「ねえ、難しいとは思うんだけど、哀れなシンシアのためにサインをもらってきてくれないかしら。今日はこんなにたくさんあなたのお手伝いをしたんだから」
 お安い御用だと私は言いました。

 約1時間後、私はカメラマンと一緒に苔だらけの古い建物の中にいました。その8階にはウダイ・シャンカールが暮らしているベンガル風コンパウンドがありました。『不思議の国のアリス』に登場するヤマネのように、半分寝ている80代の老人が、エレベーターを動かしていました。彼は中に人がいようがいまいが、全ての階に停まるのです。
 5分後、8階に到着し、私はウダイ・シャンカール宅のドアのベルを鳴らしました。ガタンという音を立てながらドアが開くと、料理人が言いました。「どんな御用ですか?」
 すると、彼の後ろに、現代で最も素晴らしいリード・ギタリストの1人の、あの有名な痩せた顔が見えました。ビートルズ3番目のメンバー、ジョージ・ハリスンでした。この瞬間、ジョージは不安げな顔をしました。マスコミの人間に見つかるのが彼お気に入りの悪夢であることは、明らかでした。
 ジョージは記者である私と、同行したカメラマンに発見されてしまったのです。
 私は料理人に、ウダイと面会の約束があると伝えました。すると、信用されたのか、ドアが開いたので、私は中に入りました。と、その時、ジョージはさっと家の外に出て行きました。私の横を通り過ぎて。私の後ろでドアが閉まりました。しかし、スクープ・インタビューの相手がこんなに近くにいるのに、みすみす逃してはなるものかと思い、私はUターンして、外に出ました。
 ドアが私の後ろで閉まりました。ここにいるのはジョージ・ハリスンとサイ・ゴピナートだけです。ふたりで超遅いエレベーターを待っているのです。
 ジョージ・ハリスンを見ると、エレベーターの格子ドアを睨みつけていました。パジャマとクルタを着ていて、長い髪が背中まで伸びていました。ここで私は1つのことを確信しました:スクープ・インタビューは無理そうだな。私はシンシアを思い出しました。今頃は、ジョージ・ハリスンのサインが手に入るかもって、友達全員に吹聴してるだろうなあ。
 私は取材用ノートの何も書いてないページを開いて、ジョージのほうに差し出しました。
 「サインをいただけませんか、ミスター・ハリスン」と私が言うと、ジョージはこっちに怖い顔を向けました。「キミ、マスコミの人間だよね…」 ジョージはこう言うと、むこうを向いてしまいました。
 ジョージ・ハリスンが私に向かって発したのは、この一言だけでした。

追記:私が書いた記事『ジョージ・ハリスンは真夜中にガンジスのほとりで何をやっていのか?』はジュニア・ステイツマン紙に掲載されました。ジョージの死後、2013年にマーティン・スコセッシがジョージの伝記映画『Living in the Material World』を作りましたが、私が1974年に書いたこの記事にカメラがズームインしている箇所があります(0:47〜0:54)。



 電話交換手のシンシアには、ジョージ・ハリスンのサインをあげました。そして、彼女は今でも、それをジョージが書いたものだと信じています。


Copyrighted article "How I got George Harrison all peeved in Calcutta in 1976" by C Y Gopinath
http://scroll.in/article/801227/how-i-angered-george-harrison-in-calcutta-in-1976
Reprinted by permission

   


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2015年12月29日

〈ヘイ・ジュード〉PVでタンバリンを叩いてるのは私です

 以前拙ブログではこの写真の右下に映ってる女性に関する話を掲載しましたが(「1968年8月セントラル・パーク、迷子のザ・フーとビートルズ速報」)、他のデータ等と照合すると時間的に矛盾があります。8月7日に行なわれたザ・フーのコンサートで、9月4日に行なわれた〈Hey Jude〉のPV撮影の話が出来るはずがありません。たぶん、著者の頭の中で2つかそれ以上の思い出が混ざりあってしまったのでしょう。あれからもう40年以上経ってますから。

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 ところで、今回紹介するのは、同じ写真の中でタンバリンを叩いてる男の人の話です。

   




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2015年11月08日

AJ・ウェバマン、ディランとレノン、ヘンドリクスを語る

 ロック・ミュージックの批評・研究の世界で活躍する論客の中で、今回紹介するAJ・ウェバマンほど論争の的になってる人はいないでしょう。当ページでは、4年前にボブ・ディランのファンジンThe Bridgeに掲載されたインタビューを紹介しましたが、今回Tablet Magazineに掲載されたインタビューでは、ウェバマンはボブだけでなく、ジョン・レノンやジミ・ヘンドリクスについても語っています。内容が内容なので、どこまで信憑性があるかはわかりませんが、AJが彼らと実際に会った経験がある歴史の生き証人であることは確かです。

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【一番左がAJ・ウェバマン】


 昨年、ディラン・ファンの生態をテーマにした本『The Dylanologists』が出た時には、ディラン関連アイテムを集め「過ぎ」の人、コンサートを追いかけ「過ぎ」の人、録音し「過ぎ」の人等、極端な人ばかりを紹介しているという批判が、一部からあがりました。AJが自称している「ディラノロジスト」という言葉をタイトルに使用していなかったなら、反発はもう少し穏やかものになっていたでしょう。AJという人物、及び「ディラノロジスト」という言葉は、ディラン・ファンからも嫌われており、自分をまともな人間だと主張するためのスケープゴートにさえされています。
 我々の持つディラン観は徐々に変化してきました。かつてはリベラル派でプロテスト・フォークの旗手というイメージでしたが、最近では、プロテスト・ソングを上手に書くことが出来たがために、そっち方面で祭り上げられてしまったが、実は意外に保守的な価値観の人間で、政治にはそんなに興味はなさそう、という見方が一般的になってきています。40年以上前に、最初にそう言ったのはAJです。我々のディラン観はAJ的なそれに少し傾いてきています。とはいえ、このインタビューで言い張ってるような極端過ぎる意見と完全に一致することはないと思いますが…。
 とにかく、「痛い人」というレッテルだけで人を判断するのはおかしい、この人物の発言の中にも重要な情報が含まれてるかもしれないという意図で、今回もインタビューを紹介しますが、イスラエル問題やアメリカの政治の部分は、門外漢ゆえご勘弁。ロックに関する部分だけ抄訳しておきました。ポール・マッカートニー死亡説に関する発言は初耳です。


   
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