2015年06月28日

ゲーム開発者の見たポール・マッカートニー死亡説騒動

 youtube上で面白いスピーチを発見しました。1999年3月17日にカリフォルニア州サンノゼで行なわれたゲーム開発者会議で、ブライアン・モリアティーという人が行なったものです。前半は誰もが知ってる「証拠」を面白おかしく紹介しているだけなので、時間のない人はすっ飛ばしてOKですが(でも、話し方が面白いので見ましょう)、ゲーム・クリエイターの視点からポール死亡説騒動を語る45分以降は必見です。



 少年時代に6週間に渡って自ら一生懸命「証拠」集めをしたブライアンは、ポール死亡説騒動は「これまでにプレイした中で一番面白いゲームだった」と語り、これは「口コミや学生新聞、アングラ雑誌、アングラFMを通じて一度に大勢の人が参加した超巨大マルチプレイヤー・ゲーム」だったと評しています。
 そして、面白さの要素としてブライアンが強調しているのは「Constellation」です。この言葉は字義的には「星空を見て、意味のある星の配置(星座)を見出す」ということですが、そこから敷衍すると「雑多なデータの中から恣意的な関連を見つける」という意味でしょう。大勢の人間がポール死亡の「証拠」探しに夢中になったのは、星空に星座を見出すように、雑多な情報(ジャケットや歌詞)の中から何か意味のある繋がりを探すことで、手応えや充足感を得ていたからではないかというのが、ブライアンのユニークな分析です。
 ところで、デトロイトのFM局の放送を聞いて触発されて、ミシガン大学の学生新聞にポール死亡説記事を書いたFred LaBourのことを、このスピーチではフレッド・「ラバー」ではなくて「ラボア」と発音しています。スピーチ中に流されるTV番組『ポール・マッカートニー:最初で最後の完全ストーリー』とおぼしき音声でも、フレッド本人が「ラボア」と発音しているので、『ポール・マッカートニー死亡説大全』の該当箇所を修正し、第3版としてアマゾンにアップロードし直しました。もう既にご購入の方は、ファイルの更新をお忘れなく(出来ない場合は連絡をください)。まだお読みでない方は、この機会にお求めいただければ幸いです。
 なお、フレッド・ラボアはカントリー&ウェスタンのバンド、ライダーズ・イン・ザ・スカイのベーシストとして活躍中です。

   

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2015年05月04日

イヴリー・ギトリス:ロックンロール・サーカスのバイオリンおじさん

 今回もヨーコ・オノ関係の記事で、かつ、読むだけ時間の無駄の超些細な情報です。1974年の日本ツアーのバンド・メンバーに関する記事について、私より年齢が10〜15歳上の方々からは、「有名な話だよ」というシンプルなメッセージを多数いただきました。やっぱりそうだったのか(だったら、30年前の時点で正確な情報教えてよ!)。今回の話もレベルの高い(年齢も)皆さんの間では有名な事実で、知らなかったのは私だけの可能性が高いです。

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 1968年12月11日にローリング・ストーンズが企画したテレビ番組『ロックンロール・サーカス』の収録が行なわれました。ローリング・ストーンズはブライアン・ジョーンズが脱退寸前、ビートルズは崩壊を開始、ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスからはノエル・レディングが離脱、クリームは解散。一方、ザ・フーはモッズの代弁者から脱皮して《Tommy》制作へとむかう成長期、結成されたばかりのジェスロ・タルは、メンバーが固まる過渡期で、この日はトニー・アイオミが臨時でギターを担当…なんてことは、他の本とかを読んでください。
 私が注目したいのは、ジョン・レノンがミック・ジャガーの胸を怪しくなでなでしながら、長年そういう関係だったことを告白するムフフなシーン(…も確かに要注目なんですが)ではなく、


 
ジョン・レノン、エリック・クラプトン、キース・リチャーズ、ミッチ・ミッチェルからなるスーパー・グループ「ザ・ダーディー・マック」(このバンド名、大爆笑)が〈Yer Blues〉を演奏した後に始まる、ヨーコ・オノの絶叫をフィーチャーしたジャム・セッション〈Whole Lotta Yoko〉に飛び入りしているバイオリニストのほうです。


Ivry Gitlis & John Lennon 投稿者 LTT

 この番組はいろんな理由でお蔵入りになってしまったものの、バンドの枠を飛び越えたこのスーパー・セッションの部分は音が流出し、1970〜80年代には数々のブートレッグに収録されていました。中学生の時(〈Miss You〉のPVが『ぎんざNOW!』で流れなくなった頃)にローリング・ストーンズの本で〈Yer Blues〉演奏シーンの写真を見て以来、興味津々、ずっと聞きたいと思っており、高校生の時に通販で買ったブートレッグLPでようやく念願が叶いましたが(1981年頃)、しばらくの間は、バイオリンを弾いているのはリック・グレッチだと誤解(日本語で書かれていた何かの本にそう書いてありました)。1990年頃に英語で書かれた記事を読んでようやく、イヴリー・ギトリスというクラシック畑の人だという事実を知りました(ブートレッグ・ビデオで白黒映像を見たのはその2〜3年後)。イヴリーがたまに日本に来てコンサートを行なってる人だと知ったのは、《Rock'n'Roll Circus》が正式にリリースされてから4年後くらいであって、2000年にやっとイヴリーの「魔弓伝説」をライヴで体験することが出来ました(ビートルズ関連アーティストなので、1度はこの目で見ておきたいです)。そういえば、この件に関するイヴリーのコメントってないなあと思い始めたのは、2013年に(私は何て時間のかかる人間なんでしょう!)評伝『イヴリー・ギトリス ザ・ヴァイオリニスト』が出た時です。この番組の収録に参加したもののお蔵入りになり、1996年にやっと正規にリリースされた、ってことしか書いてないんです。これだけ?????

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[最近のイヴリー・ギトリス]

 現在93歳であり、2012年に体調を崩したことが原因で来日がキャンセルになっていることを思うと、そろそろ誰かが話を聞いておかなきゃという危機感は増幅します。とはいえ、単なる音楽ファンの私が個人的にインタビューを申し込んだところで関係各者に相手にされるとは思われないので、今年の来日時も指をくわえて見てるだけかと思ったら、ほんのちょっとだけ運命のひとひねりがありました。
 5月1日(金)の東京オペラシティー公演では特別にトーク・コーナーが設けられ、ファンからの質問を受け付けるということになったのです。休み時間中に質問用紙に記入してさっさと係員に渡したことは言うまでもありません。そしたら、3番目に取りあげられたじゃりませんか。
司会者:次は●●(ここに私の名前が入る)さんからの質問です。1968年12月にローリング・ストーンズのテレビ・ショウの収録に参加して、ジョン・レノンとヨーコ・オノと共演しましたね。その時の思い出をお聞かせください。
イヴリー:(司会者に向かって)あなたはヨーコさんとお友達ですか?
司会者:(いいえのジェスチャー)
イヴリー:まあ、私の友達でもないんですけどね(会場笑)。私は一期一会というものを大切にしています。宇宙という名の小さな風船の中で人間が些細なことのためにあちこちで互いに戦っているという悲しい現状の中で、ある時、ブライアン・ジョーンズという人と出会いました。残念ながら若くして亡くなってしまいましたが、才能のあるミュージシャンでした。ある日彼から電話があって、テレビ・ショウに出演してくれないかと言われたのです。私は彼が有名な人だから番組の収録に行ったのではありません。王様とであろうと王子様とであろうと、私のお金を目当てに近づいてくるお腹の空いた人とであろうと、私は人間としての出会いを大切にしています。その中の人とはお友達になる場合もあるし、私が彼等から学ぶこともあるし、彼等が私から何かしらのことを学ぶ場合もあるし、そんな関係が大事だと思います。

 質問や通訳の時間を含めて約3分ほどイヴリーは語ってくれました。ブライアン・ジョーンズから呼ばれたというのは初耳です(あくまで私にとっては…)。超ビックリ! しかし、念のためネットで検索したら、イヴリーがブライアンについて語ってる記事がありました。Ivry Gitlis, esprit violon で、ブライアンについては「ストーンズはあまり好きではなかったのですが、愛らしくて聡明な若者であるブライアンからバイオリンのレッスンをしてくれとお願いされ、断ることが出来ませんでした」と語り(実際にレッスンを受けるには至らなかったようです)、ロックンロール・サーカスについては「ストーンズのファン数百人の前で演奏しました。クラプトンもいました。問題だったのは絶叫し続けるヨーコ・オノです。殺してやろうかと思いました」と言ってます。やっぱり既に、皆の共有知識になってる事柄でした。
 でも、もっと詳しいこと知りたいよね。イヴリーに会う機会のある方は、訊いていただけませんか(よかったら、インタビューに私も同行させてください)。

   
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2015年04月30日

ヨーコ・オノ 1974年日本ツアーのメンバーは

 1週間前に気が付きました。ビックリです。白黒で時々画面がよれてますが、約1時間に渡って東京・中野サンプラザ公演(ただし、タイトルを信じれば----8月11日?)を収録しています。福島県郡山で行なわれたワンステップ・フェスティバル公演(8月10日)の様子はNHKのドキュメンタリー番組等で一部が放送されましたが、東京公演は初めて見ました。皆さんも、まずは見てください。



 ジョン・レノンと別居していた1973〜74年にヨーコ・オノがやった活動の中で、最大規模かつ最も有名なのが1974年8月上旬にプラスティック・オノ・スーパー・バンドで来日公演を行なったことでしょう。しかし、意外に判明してないのがバンド・メンバーです。30年ほど前にマイケル・ブレッカー・ファン経由で、ヨーコのバンドに参加して日本に来たのがマイケルにとっての初来日で、スティーヴ・ガッドも一緒だったという話を聞きましたが、他は誰がいたのかずっと不明でした(あくまで私にとっては)。
 2009年12月に毎年恒例のジョン・レノン・スーパー・ライブが10回目を迎えるということで、同年秋頃ヨーコが例年よりたくさんの取材を受け、私のような末端ファンにもインタビューする機会が回って来たので、東京国際フォーラム・ホールCでコンサートをやった翌日だったかな、雨の日にホテル・オークラに行きました。
:昨日のコンサートは〈It Happened〉で始まりましたが、1974年に初めてソロとして日本でコンサートをやった時にもこの曲を歌われましたよね。
ヨーコ:あら、そうなの?
:ヨーコさんが正式に出したビデオ作品(《YOKO ONO: THEN AND NOW》)に入ってるじゃないですか〜!

 という具合でインタビューは始まったのですが、昔のこと(もっと正確に言うと、私が本人に直接訊いて詳細を確かめたいと思ってた昔の出来事)を全然覚えてないというのは、会見中、首尾一貫していることでした(涙)。
:この時のバンドのメンバーは誰だったのですか?
ヨーコ:う〜ん、誰だったかしら?
:マイケル・ブレッカーとスティーヴ・ガッドはいたらしいのですが…。
ヨーコ:あの時は、あるコーディネーターに依頼してメンバーを集めてもらったのよね。

 こんな調子です。本人が覚えてないんじゃしょうがないってことで、私はこの後しばらくメンバー探しはやめてしまったのですが、昨年12月にイギリスの豪華本専門の出版社、ジェネシス・パブリケーションズからヨーコのアートが満載の本『Infinite Universe At Dawn』が発売され、1973年10月23〜28日にニューヨークのケニーズ・キャスタウェイというクラブで公演を行なった際にバンド・メンバーと記念撮影した写真とパーソネルが載っていたのは、うれしい驚きでした。

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 デヴィッド・スピノザ(g)
 ケン・アッシャー(key)
 ゴードン・エドワーズ(b)
 リック・マロッタ(dr)
 ウォーレン・ダニエルズ(sax)

 また、aiu: a yoko ono websiteというウェブサイト(本が届いた後に、このページの存在に気がつきました)には、当時のコンサート・プログラムや歌詞の覚え書き、雑誌に載ったと思しき宣伝が掲載されているのですが、以上の中にはマイケル・ブレッカーの名前もスティーヴ・ガッドの名前も出てきません。
 しかし、今回youtubeにアップされた映像と、あらためて存在に気づいた他の動画(いくつもありました)を調べたら、メンバーが大きく映るシーンもあり、マイケル・ブレッカーらしき人とスティーヴ・ガッドらしき人は発見することが出来ました。ところが、今度は他の人の顔と名前が一致しません。

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 この人、デヴィッド・スピノザ? ちょっと違うと思うんだけど。

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 マイケル・ブレッカーかな?

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 この人、ランディー・ブレッカーじゃないのかな? 吹いてるフレーズもランディーっぽいし。ということは兄弟でヨーコのバンドに参加して日本に来たの?

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 この部分だとドラマーは2人いるように見えますが、郡山のカラー映像ではスティーヴ・ガッドがはっきりと見えます。しかも、今みたいな余裕しゃくしゃくの叩き方ではなく、ジンジャー・ベイカーばりの超ワイルドなスティックさばきです!(映像と音声が一致してないのが残念です)

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 スティーヴ・ガッドの後ろにベースが映りますが、演奏している人は左利きですね。誰だろ? ゴードン・エドワーズは右利きのはずです。

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 NHKが放送したドキュメンタリーに映ってるこの頭がモジャモジャの人、ニューヨークを中心に活躍している写真家のボブ・グルーエンじゃないでしょうか。

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 ピアノの人、ケン・アッシャー? ネットにある写真を若くしてヒゲをはやしても、こうなりそうにないなあ。う〜ん、わからない。
 ということで、かえって謎が増えてしまったので降参しようと思ったら、マイケル・ブレッカーの経歴をまとめたMichael Brecker Live Recordingsというサイトに呆気ないくらいすんなり答えがありました(最初にここにたどりついていればよかったよ)。

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[左から]リック・マロッタ(dr)、スティーヴ・カーン(g)、ランディー・ブレッカー(tr)、スティーヴ・ガッド(dr)、マイケル・ブレッカー(sax、fl)、ドン・グロルニック(key)、アンディー・ムソン(b)が正解のようです。先程の写真は、スピノザじゃなくてスティーヴ・カーン(名前からするとインド系の人?)、ケン・アッシャーじゃなくてドン・グロルニックでした。左利きのベーシストはアンディー・ムソンのようです(左利きであることは他の写真で確認出来てはいないのですが…)。日本公演用に、リック・マロッタ以外はメンバーを一新していたんですね。

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 ボブ・グルーエンが撮影したリハーサル・セッションの写真もありました。指揮をしてる人、誰だろ? この人がニューヨークの優秀な若手スタジオ・ミュージシャンに声をかけて、ヨーコの日本ツアー用のバンドをまとめたのでしょうか? 1970年代後半〜80年代前半のブレッカー・ブラザーズ、ステップス、ステップス・アヘッドにつながっていく凄いメンツですよ、これ(そして、後に半数はSMAPのレコーディングにも参加する)。

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 バンドのメンバーとは関係ありませんが、NHKで放送されたドキュメントには客席でマイク2本を使って録音している人が一瞬映ってます。2本のマイクをあんな角度で広げるなんていう芸当からすると、かなりの達人のようです。この時のテープ、今でも残ってるかな?
 数年前にワンステップ・フェスティバルのDVDが発売されましたが、残念ながらヨーコ・オノ&プラスティック・オノ・スーパー・バンドの演奏は未収録でした。


5/1追記: 広島で撮影された記念写真を発見。

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