2014年09月25日

テリー・ボジオ、ブレッカー・ブラザーズを語る

 再結成とか何周年記念とかが大流行している今日この頃ですが、昨年《Heavy Metal Bebop》のラインナップというコンセプトで再結成されたブレッカー・ブラザーズ・バンドが、11月に来日します。残念ながら弟マイケル・ブレッカーは既に故人であるため、代わりに兄ランディーの奥さん、アダ・ロヴァッティが参加しているのですが、このアルバムでプレイしている他のメンバー、ニール・ジェイソン(b、vo)、バリー・フィナティー(g)、テリー・ボジオ(dr)は健在です。
 ブレッカー兄弟というと、1970年代からありとあらゆるジャンルのスタジオ・セッション(別名、小遣い稼ぎのバイト)を超節操なくこなしてきましたが、SMAPがここまでビッグな国民的アイドルになるのに、彼らの一助も小さくはなかったような気がします。まずは、6枚目のアルバム《SMAP 006〜SEXY SIX》の中の、香取慎吾の歌う〈歯が痛い〉にマイケル・ブレッカーが参加し(このアルバムの1曲目は〈East River〉へのオマージュです)、その後のいくつかのアルバムでもブレッカー兄弟を含むニューヨークのAチームが起用され続けたことで、これまでジャニーズとは全く縁がなかったジャズ/フュージョン誌等が取り上げざるをえなくなり、専門性の高いCD屋もSMAPのアルバムを置く必要が生じました。新譜紹介コーナーの論調も最初のうちこそ「●●が参加してるので仕方なく」でしたが、新アルバムをリリースするごとに徐々に、「今度は誰」という積極的な興味を示しているものへと変化していきました。現在では、SMAPのコンサートはお父さんを含む家族全員で楽しむファミリー・イベントになっており、このお父さん層の意識や行動の変革に、ニューヨークの一流アーティストの起用は多かれ少なかれ好影響を与えたのではないでしょうか。

  

 昔は、アイドルというと音楽性は二の次で、まともな文化的営為の扱いはされていませんでしたが、21世紀に入ると、ジャニヲタだけを相手にしているのではない、優れた評論本が登場するようになりました。今年の春に出た『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(市川哲史・著----歴史に残る名著!)では、SMAPを始めとするジャニーズ事務所勢の趨勢に丸々1章がさかれ、鋭い分析と評価がなされています。このような読み応えのある本の存在は、彼ら(&プロダクション・チーム)が批評に値するほどレベルアップした証拠です。あくまで私の個人的な音楽史観の中ではですが(世間と意見が違うことが多いので、一応こう断っておきます)、彼らが現在のようになった重要なきっかけのひとつを与えてくれたのが、ブレッカー・ブラザーズだったと思います。

  

 かなり道草してしまいましたので、そろそろ本題に戻りましょう。11月にブレッカー・ブラザーズ・バンドのメンバーとして来日するテリー・ボジオには、ビリー・シーンとのコラボ盤《Nine Short Films》のリリース時に電話インタビューしたことがあります。話題の中心は新譜についてでしたが、このチャンスを利用して、フランク・ザッパのバンドにいた頃のことや、その後の活動のことも訊いたことは言うまでもありません。ブレッカー・ブラザーズのことも訊きました。時間にしたら3〜4分で、量的にはこの前置きより短いのですが、自分だけで秘蔵してるのももったいないので、これを機会に紹介したいと思います。
 このインタビューは2002年に行なわれたものですが、当時、テリー・ボジオはなぜか日本と縁が薄く、1989年にジェフ・ベックと来て以来、ずっとご無沙汰が続いてました。誰もが驚愕するあの超巨大ドラムセットを日本で保管し、毎年のように来てくれるようになるまで、あと5年かかりました。



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posted by Saved at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz/Fusion | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする