2017年01月24日

ジョーン・バエズ、ボブ・ディランのノーベル賞受賞と自らの引退時期について語る

 高校生の時に中野サンプラザでジョーン・バエズのコンサートを見ました。7月の学園祭をサボって表参道のキョードー東京までチケットを買いに行き(席は最前列ど真ん中)、高校にはお昼頃到着しましたが、左翼系の社会科教師(元自衛官タモちゃんのAPA論文に書かれてる程度のことは、35年くらい前にだいたい教えてもらいました----自虐史観だけの教師とは出会ったことありません)からは、そういう理由ならばということで、ちょっと叱られただけで済みました(アリバイを作ったので、とっとと早退w)。
 今回紹介する昨年10月のインタビューでは、2017年のコンサート・スケジュールはなしと言ってますが、ドナルド・トランプの大統領就任式の日に全米各地で行なわれたWomen’s Marchのサンフランシスコ会場に姿を見せました。何かあったら人々の前に出てきて歌うという姿勢が崩れる気配は全くありません。





インタビュー:ジョーン・バエズ、ボブ・ディランのノーベル賞受賞と自らの引退時期について語る

聞き手:ランディー・コルドヴァ



お元気ですか?

 ええ。ジムから戻ってきたばかりで、たくさんの殿方がウェイトを持ち上げるのを見てたわ。

健康維持に関する話なのですが、どのようにしてこんなにステキな声を保ってるんですか?

 簡単じゃないのよ。30代半ばくらいから人は重力と戦い始めるでしょ。すっかり変わってしまったわ。最近では「どうしたら出来るだけスピーディーに欲しい音を出せるかしら?」って感じ。そうするのがあまりに大変になったら、引退の時ね。

そういう計画なのですか?

 ええ。辞めるわよ。



でも、今では80代になっても活動してるミュージシャンがたくさんいますよ。

 いるわね。でも、そういう人たちの中で、声で有名な人はひとりもいないわ。私にとっては声が天からの恵みでした。私はロックンローラーじゃありません。ヒットメイカーでもありません。私の場合、声帯から出てくる声への依存度が非常に高いんです。(ミック・)ジャガーは高くありません。(ボブ・)ディランもそう。ピート・シーガーもそう。それに、慢心しちゃうのよね。誰も(私の声が劣化していることを)教えてくれないから。「バエズ、あなた酷い声ですね!」なんて言ってくれる人、いないでしょ。

でも、そう言われたい人なんていないでしょう。それとも、あなたは「私をステージに立たせて!」なんてガツガツしないタイプの人なのですか?

 来年は私はツアーはやりません。アルバムを作って、それから様子を見ます。辞める時には、きっと、それに伴って心理的な負担があるでしょうね。

自分はロックンローラーではないとおっしゃってましたが、ロックンロール・ホール・オブ・フェイムにノミネートされて驚きましたか?

 「皆さん、ちょっと遅いんじゃないの」もしくは「私、ここで何やってんのかしら?」のどちらかでしょう。でも、1960年代に始まったあの音楽のスイッチには私も関与してたので、ロックンロールの一部ではあるわね。

名声や賞についてはどういう考えをお持ちですか?

 あまり考えません。ステキなものだとは思うけど。

ディランがノーベル文学賞を受賞した件について、あなたのご意見は?

 とても素晴らしいと思います。細かい決まりや意味的な問題は理解出来ませんが…。ボブのマナーはダメだけど、言葉のほうはノーベル賞に値すると思うわ。

マナーがダメとはどういうことですか?

 だって、ノーベル賞を取ったら、普通は折り返し電話をかけて「メッセージ承りました。ありがとうございます」って言わない?

あなたはずっとディランの歌に引きつけられていますが、どのようにしてマテリアルを選んでるのですか?

 うぶな言い方に聞こえるかもしれないけど、曲の方が私を選ぶの。本当にそうなのよ。ある種の歌詞を探したりはしません。(現在、レコーディング中のアルバムに関しては)徐々に弧が大きく膨らんでいく様子を見ているうちに、トム・ウェイツの曲が見つかったり、リチャード・トンプソンの曲が見つかったり、ジョシュ・リッターの曲が見つかったりするの。

キャッチーなコーラスのある心地よいポップ・ソングに魅力は感じないんですか?

 もちろん、感じるわ。どんぴしゃりでそのカテゴリーじゃないんだけど、ドノヴァンの…超名曲ってわけじゃないんだけど、〈Catch the Wind〉みたいな曲は聞いてて楽しいわ。今時の音楽には、あまり結びつきを感じないんだけど、スタージル・シンプソンのような人はとても気に入ってるわ。でも、10歳前後の子の聞く音楽の多くは耐えられない。私には13歳の孫娘がいるんだけど(ため息)。

あなたがその年齢の頃のポップ・ミュージックは今より優れていたでしょう。少なくとも、メロディーはもっと良かったですよね。

 白人音楽はメロディーが美しくてステキでした。ゴギー・グラントやアンドリュー・シスターズとか、美しい女性ヴォーカルがありました。その後、私が夢中になったのはリズム&ブルースなんだけど、こっちにも美しい声がたくさんありました。メロディーはそれほどでもなかったけどね。コードのパターンも似たり寄ったりで。でも、大好きだったわ。ハマっちゃった。そして、ちょうどその真っ只中でフォーク・ミュージックが出てきて、道が敷かれちゃったわけね。フォークは、楽しいんだけど何も語ってないバブルガム・ミュージックに対する反逆でした。

あなたの年齢がそのまま最新アルバムのタイトルになっていますが、人目にさらされてる人間でそういうことをする人はあまりいませんね。不安は感じなかったですか?

 選んでやったことなのよ。既にプログラムは決定していて、マネージャーから言われたの。「今度は誕生日を祝いたくないかい?」って。0.6秒くらい考えてから、イエスって答えたわ。この社会では、未来や死んでいくプロセスに、人は直面したくはないの。殆どの人は考えたくもないことなんだろうけど、毎日、鏡を見るとそれを思い知らされるのよ。

ペトゥラ・クラークのインタビューを読んだのですが、彼女はマスコミの人間が80代になってどういう気分ですかって質問するのにうんざりしていたのだとか。あなたもそれに共感しますか?

 いいえ。みんな、そんなこと訊かないもの。若く見えるから(クスクス笑)。今はまだ「80」って言い始めたばかりなので身の毛がよだつけど、「80」って日頃から言ってれば、そのうち恐ろしい要素が消えちゃうんじゃないかしら。

話題を変えましょうか。あなたのスペイン語アルバム(1974年リリースの《Gracias a la Vida》)は古典的名盤で、今や多くの家庭にあります。再びスペイン語のレコードを作る予定はありますか?

 わかりません。私がこの世で作るアルバムは、1枚よりそんなに多くは残ってないでしょう。真面目な話、そういうアルバムは作らない可能性の方が高いと思うわ。でも、未来のことなんてわかりません。あのアルバムを出した時は、私は政治問題にどっぷり浸かっていたの。行方不明になっちゃったチリ人や独裁政権とか。それでああいうアルバムを作ったの。あれが、何かしたい、どうにかしたいって時の私のやり方なのよ。

それがあなたにとっての音楽なんですか?

 難しい質問だわ。たぶん、そうなんでしょうね。少女の時は確かにそうだったわ。私は学校では人気者じゃなくて、メキシコ系で、あらゆる点で不適切な存在でした。でも、ウクレレを弾き始めて、それを学校に持ってったら、みんなが喜んで聞いてくれることに気づいたの。家では趣味で弾いてたのよ。4コードのリズム&ブルースを。それが始まりね。


The original article "Interview: Joan Baez on Bob Dylan's Nobel Prize and when she'll give up performing" by Randy Cordova
http://www.azcentral.com/story/entertainment/music/2016/10/26/joan-baez-interview-bob-dylan-aging/92732656/


   
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2015年03月19日

自分を「赤子殺し」と誹謗中傷する看板にサインするジョーン・バエズ

 この記事はDAILY KOSというサイトに2009年にアップされたものですが、つい最近発見して面白いと思ったので紹介します。ジョーン・バエズのフットワークの軽さ、人間としての器の大きさには驚きです。この記事を書いたウェイダウンサウスという人物は、恐らくジョーン・バエズのマネージャーか、それに近い仕事をしているスタッフだと思います。



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自分を「赤子殺し」と誹謗中傷する看板にサインするジョーン・バエズ
文:ウェイダウンサウス


 あなただったらどうする? もし、自分を名指しして「赤子を殺し、アメリカ兵殺害を促した」と非難する看板を掲げた人達と対面したら。普通の人だったらキレるかも。もしくは、最初は冷静に議論を始めたつもりでも、結局頭に血が昇って、しまいには、最近、各地のタウン・ホールの前でよく起きている怒鳴り合いを始めるのがオチだろう。
 しかし、歌手生活50周年を迎える今も、非暴力と他者への思いやりという理想を揺るぐことなく掲げながら音楽活動を行ない、我々全員を鼓舞し続けているジョーン・バエズの場合、そのどちらでもないのだ。
 昨晩、アイダホ・フォールズでは、ヴェトナム戦争に従軍した4人の元兵士がジョーン・バエズのコンサートに抗議していた。彼等の掲げる看板には「ジョーン・バエズ----赤子を殺すのは兵士ではなくリベラル」「ヴェトナム戦争時、ジョーン・バエズは我々の敵に慰安と支援を与え、アメリカ兵殺害を促した!」と書いてあった。

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 開演1時間前に、コンサートに抗議している人達がいることを知らされたジョーンは、すぐさまストリートに出て行って彼等に言葉をかけた。
 ジョーンが姿を見せた際に、彼等が言った最初の言葉のひとつが、「公民権運動や女性の権利についてあなたがしたことは、我々は評価していますよ」だった。
 彼等はまず、この点ははっきりさせておきたかったようだ。
 ジョーンは彼等の意見表明をじっくり聞いた。コンサートに抗議する退役軍人達が言いたかったのは、まず、ヴェトナムから帰還した時、反戦活動家によって騙された気分にさせられた、ということだった。ジョーンは、昔も今も皆さんの味方です、と言った。ジョーンは自分の立ち位置と、元軍人全員を支援していることを説明するが、彼等の反応は複雑だった。
 この時、ジョーンのツアー・グッズの販売を担当しているジム・スチュワートが話の輪に加わってきた。ジムにはヴェトナム戦争時に空軍大尉だったという経歴がある。彼はまた、世界一心のやさしい人物でもある。ジムの口から語られるヴェトナム体験は、決して軽々しいものではない。彼はジョーンの腕を取って、4人の男に向かって言う。「オレはこのレディーを100%支持するね。ジョーンは当時、正しいことをやっていた。オレ達が帰国した時には、味方になってくれた。利益の100%が退役軍人支援のチャリティーに行く曲もレコーディングした」
 話を聞くジム:

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 議論に加わるジム:

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 信じられないことに、4人の抗議人のひとりが、ジムを非難するように問いただし始めた。彼はジムに所属部隊や配属地の詳細を話してみろと言った。まるで、お前の軍歴なんてでっち上げだろとでも言わんばかりの勢いでだ。ジムがこんなふうに疑われるなんて、この記事を書きながら思い出しただけでも目から悔し涙が出て来る。この抗議人達がそこにいたのは、理屈としては、元アメリカ兵が冷遇されてることについて抗議するためだったが、それなのに、彼等は意見が違うからといってひとりの退役軍人を見下し、疑ってかかったである。
 ジムは彼等の術中に陥ってしまい、埒が明かないと判断して引き下がってしまった。ジョーンはジムに味方して言った。「彼の話は本当よ。でも、これ以上説明してもしょうがないと思っちゃったんじゃないかしら」
 皮肉なことに、コンサートを見に来た男性がこの場にやって来て、これまでのやりとりとはあまり関係なく、言葉を差し挟んだ。「連中がヴェトナムでやったことは間違ってたって分からない奴は、頭が鈍いんだよ」 この発言を聞いた時のジムの顔ったら。彼は文字通り1分もしないうちに、両方の側から非難されたのだ。
 この時点で、私は「赤子を殺すのは兵士ではなくリベラル」という看板を持っている男と話を始めた。彼が「オレは赤子はひとりも殺しとらんよ。誰かがやったから全員連帯責任だなんておかしいね」と言うので、私は彼に訊いてみた。連帯責任はおかしいと言っておきながら、ジョーン・バエズの名前を記して、彼女が赤子を殺したと暗に言っているような看板を掲げることは、どうして正しいことなのかと。すると、男はこう答えた。「ある種のアナロジーさ。お前さんにはわからないだろうがな」
 う〜ん…確かにわからない。
 「看板を破壊してやろうか、でも、そんなことしたら、憲法で保障されているあいつの言論の自由を踏みにじることになるよな」とジムが言ったので、ジョーンと私は、この退役軍人がジョーンとしているのはあくまで会話であるという点、そして、ジョーンが赤子殺しではないという点を考えると、我々が問題にしているのは彼の権利ではなく、礼儀作法のほうだ、と答えた。この抗議人が一番訴えたいのは、連帯責任という考えは間違っているということなので、その主張は我々にも理解出来る。しかし、彼はこうも答えた。「オレは人工中絶に反対だし、誇りを持ってこの看板を掲げている」 彼はこう言うと、看板をさらに高く掲げた。

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 我々がこんな議論をしている間、抗議人のひとりが「赤子を殺すのは兵隊じゃない」と何度も繰り返すので、私は言った。「こんな十把一からげな発言なんて出来ないくらい、戦争ではたくさん悲惨なことが起こります。特に、空から爆弾を落とす時にはね。最終的に行き着く結論は「戦争は地獄である」ということでしょう」
 私は続けた。「私よりあなたがたのほうがそのことをよくご存じのはずです」と。彼等はこの発言に驚いていた。「向こう側」の人間が彼等の体験を理解していることにショックを受けたようだった。少しの間、彼等は言葉を失っていた。
 ジョーンが話の腰を折るようなことをせず、彼等の発言を最後までじっと聞いていたことが功を奏し、この頃になると、彼等の怒りも収まり始めた。すると、予測不可能なタイミングで、彼等はジョーンに看板にサインしてくれと頼んできたではないか。ジョーンは「酷いこと」が書いてある表ではなく、裏にならサインしましょうと答えた。素晴らしいことに、「赤子殺し」の看板を持っていた男は、サインしてくれたら、彼女の名前を看板から消しましょうと言った。
 ジョーンは全員にサインした後、ひとりひとりに自伝の本をプレゼントした。ショウのチケットもあげようとしたが、彼等は受け取らなかった。ジョーンは「アメリカ兵の殺害を促した」と書かれたポスターの裏にもサインした。「皆さんの幸せを願って、ジョーン・バエズ」と。

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 劇場内に戻ると、ジョーンは泣き崩れてしまった。「あんな人達に立ち向かうなんて、大した度胸の持ち主だ」と私は言った。しかし、ジョーンが涙を流してるのは、自分がああいう扱いを受けたからではなく、ジム・スチュワートがあんなふうに味方してくれたからだった。ジョーンは言った。「ジムの声、震えてたでしょ。あれこそ勇気ってものよ…」
 ジョーンの言う通りだった。ヴェトナム戦争の泥沼を思い出すことは、ジムにとって軽々しく出来ることではない。しかも、彼はジョーンを擁護するために、別の元軍人から自分の兵役を中傷されるのに耐えたていのだ。
 その後、コンサートでは、ジョーンはある曲を抗議の男達に捧げて、こう言った。「話を聞いてもらいたかったんだと思うの。みんな、自分の話を聞いてもらいたいでしょ。今晩、新しい友人が4人出来たような気がするわ」
 ジョーンはいつも通りに平和主義の王道を進んだ。看板にかかれていたのは私の名前ではなかったのに、私は怒りに負けてしまったのだが、ジョーンは全く違った。暴徒や暴力的な右翼の抗議人達に対処する時には、ジョーン・バエズが50年間のキャリアにおいて、常に他者への思いやり忘れず、非暴力を貫き通していることを思い出すと役に立つだろう。
 ガンジーとマーティン・ルーサー・キングが彼女のヒーローなのだが、私の中では、ジョーン・バエズは彼らと一緒に、時間を超越して、高尚な理念に向かう王道を歩む行進の先頭を行く存在なのだ。

Copyrighted article "Joan Baez diffuses right wing protest at Idaho concert" by Waydownsouth
http://m.dailykos.com/story/2009/08/12/765667/-Joan-Baez-diffuses-right-wing-protest-at-Idaho-concert?detail=email
Reprinted by permission

   

posted by Saved at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | Joan Baez | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする