2017年10月15日

《Trouble No More》:予習(3) 1980年9月〜81年11月

 2004年に出版された音源集大成本『Tangled』では、「ディランのキャリアの中で最もデータが混乱しているのが《Shot Of Love》のレコーディングである。2カ月以上に渡ってロサンゼルス・エリアの複数のスタジオで行なわれているという事情に加え、レコーディング・シートがしっかり揃っていないのだ。マイケル・クログスガード(正しい発音不明)、クリントン・ヘイリン両氏がテープ・ボックスや契約書類にアクセスしているが、どちらの調査にも欠損がある」と書かれているのですが、両氏の「アクセス」というのは今から25年も前に行なわれたもので、あれから調査も研究も進んでいます。先週届いたISIS 194号に掲載されていたヘイリンのインタビューには面白いことが書いてありました:

・ボブはサンタモニカのリハーサル・スタジオを1977年から5年間のリース契約で借りていて、固定バンドとともにそこに毎日入って、ベースメント・テープス期のように、自由気ままに歌いたい曲を歌っていた。
・《Shot Of Love》のレコーディングでは、マルチトラック・テープと、それをミックスした2トラック・テープと、スタジオ内の音をライヴでずっと拾っていた2トラック・テープ等、さまざまな段階のテープが存在。
・25年前のクログスガードの調査では、リハーサルのテープとレコーディングの諸テープをしっかり区別しなかったためにデータの混乱を招いてしまった。
・ボブは〈Ptoperty Of Jesus〉を16回演奏したのではなく、16種類のミックスを作った。


 まあ、四半世紀前のヘイリンの調査も同様なんですけどね。ここまで言ってるからには、11月に出るヘイリンの新著『Trouble In Mind』では、このあたりのデータも正されているのでしょうか。この本が拙宅に届くのは《Trouble No More》より後になりそうですが…。
 ちなみに、ヘイリンは調査結果を『The Recording Sessions 1960-1994』として発売し、クログスガードはThe Telegraph誌、The Bridge誌で発表し、当時はクログスガードの記事のほうがはるかに高く評価されました。現在、クログスガードの調査結果はここに掲載されています。

   
1980年9〜10月ランダウン・スタジオ
D4-10. Caribbean Wind (Rehearsal 09-23-1980)
D4-03. Making a Liar Out of Me (Unreleased song 09-26-1980)
D4-15. Every Grain of Sand (Rehearsal 09-26-1980)
D4-04. Yonder Comes Sin (Unreleased song 10-01-1980)
D4-07. Rise Again (Unreleased song 10-16-1980)

 9月23日、ボブのピアノ、フレッド・タケットのギター、ジェニファー・ウォーンズのバック・ヴォーカル(プラス犬)で演奏された〈Every Grain Of Sand〉は《BS 1-3》に収録されていました。それとは確実に違う演奏が《Trouble No More》で聞けることになるのでしょう。

10/19追記:違う演奏でした!


 D4-03も超楽しみな曲の1つでしたが、10月11日に先行公開されました。


1980年秋ツアー
D2-15. Caribbean Wind (11-12-1980)
D2-14. The Groom's Still Waiting at the Altar (11-13-1980)
D3-14. City of Gold (Unreleased song 11-22-1980)
D4-08. Ain't Gonna Go to Hell for Anybody (Unreleased song 12-02-1980)

 1980年11月のフォックス・ウォーフィールド公演にはロジャー・マッギン、マイケル・ブルームフィールド、ジェリー・ガルシア、マリア・マルダー等が日替わりゲストとして飛び入り参加していることで有名ですが、D2-14ではカルロス・サンタナが飛び入りしてます。マイケル・ブルームフィールドが飛び入りした〈The Groom's Still Waiting at the Altar〉はブルームフィールドの《From His Head to His Heart to His Hands》に収録されました。
 〈City Of Gold〉に関しては、拙ブログではこんな話↓を紹介しています。

ザ・ディキシー・ハミングバーズ〈City Of Gold〉秘話
http://heartofmine.seesaa.net/article/439253997.html

 デヴィッド・グリスマンが飛び入りしてマンドリンを弾いてる12月4日の〈To Ramona〉も収録して欲しかったなあ。グリスマンはボブにマンドリンのレッスンをしたのですが、レッスン料は未払いのままだとぼやいてます(『If You See Him Say Hello』で読めます)。

   
1981年3〜5月《Shot Of Love》レコーディング
D4-12. Shot of Love (Outtake 03-25-1981)
D4-11. You Changed My Life (Outtake 04-23-1981)
D4-14. Dead Man-Dead Man (Outtake 04-24-1981)
D4-09. The Groom's Still Waiting at the Altar (Outtake 05-01-1981)
D4-13. Watered-Down Love (Outtake 05-15-1981)

 前2作はどちらも1週間程度で一気にレコーディングしていますが、《Shot Of Love》はロサンゼルスのスタジオを渡り歩きながら、3カ月もだらだら作業をしています。フレッド・タケットによると、最新設備のあるスタジオではなくヴィンテージな響きのところを探していたのですが、ボブの気に入る場所はなかなか見つからなかったのだとか。未発表トラックが大量に残され、《The Bootleg Series Vol.1-3》やシングルB面、ブートレッグにネタを提供しました。正規筋からだけでも、これまでに次の曲がリリースされています:

3月26日〈Angelina〉
3月31日〈Caribbean Wind〉
4月23日〈You Changed My Life〉〈Don't Ever Take Yourself Away〉
4月27日〈Need A Woman〉
5月1日 〈Let It Be Me〉


 ただし、記事の最初の方で紹介したヘイリンのインタビューによると、リハーサルのテープとレコードを作るつもりで行なったセッションのテープが混同されていると思われるので、《Trouble No More》をきっかけにデータがしかるべき状態で整理され、ライヴ以外のテープを中心としたアルバムのリリースが望まれます。

   

1981年5〜6月ランダウン・スタジオ
 ヨーロッパ・ツアーに向けたリハーサルが行われているはずなのですが、今回のアルバムではこの時の音源は収録されないようです。
1981年アメリカ小ツアー
D2-12. Watered-Down Love (06-12-1981)

 《Shot Of Love》のレコーディング終了後、ヨーロッパ・ツアーの直前に、4公演が行なわれています。
1981年ヨーロッパ・ツアー初日
D2-11. Dead Man, Dead Man (06-21-1981)

1981年6月27日ロンドン公演
D7-01. Gotta Serve Somebody (06-27-1981)
D7-02. I Believe In You (06-27-1981)
D7-03. Like A Rolling Stone (06-27-1981)
D7-04. Man Gave Names To All The Animals (06-27-1981)
D7-05. Maggie's Farm (06-27-1981)
D7-06. I Don't Believe You (06-27-1981)
D7-07. Dead Man-Dead Man (06-27-1981)
D7-08. Girl From The North Country (06-27-1981)
D7-09. Ballad Of A Thin Man (06-27-1981)
D8-01. Slow Train (06-27-1981)
D8-02. Let's Begin (06-27-1981)
D8-03. Lenny Bruce (06-27-1981)
D8-04. Mr. Tambourine Man (06-27-1981)
D8-05. Solid Rock (06-27-1981)
D8-06. Just Like A Woman (06-27-1981)
D8-07. Watered-Down Love (06-27-1981)
D8-08. Forever Young (06-27-1981)
D8-09. When You Gonna Wake Up (06-27-1981)
D8-10. In The Garden (06-27-1981)
D8-11. Band Introductions (06-27-1981)
D8-12. Blowin' In The Wind (06-27-1981)
D8-13. It's All Over Now, Baby Blue (06-27-1981)
D8-14. Knockin' On Heaven's Door (06-27-1981)

 ロンドン6公演のうち、一番曲数が少なかった2晩目の公演がCD7枚目&8枚目に収録されるようです。珍曲としては、7月1日ロンドン公演最終日に〈Here Comes The Sun〉を歌ってるのですが(もちろんビートルズの曲です)、本当に思いつきだったようで滅茶苦茶。さすがに、これは収録されませんでした。



 そういえば、コンサートで歌ってるのに収録されなかった曲には、ディオンのナンバーとして有名な〈Abraham, Martin & John〉もあります。銃弾で亡くなった人物----リンカーン、キング牧師、ケネディー大統領----へのトリビュート・ソングですが、1980年秋のツアーから歌い始めた曲なので、特にジョン・レノン追悼という意味はないようですが…。1981年に3回演奏されている〈Let It Be Me〉も今回は未収録です。オリジナル曲ではないからでしょうか。
1981年ヨーロッパ・ツアー続き
D2-01. Slow Train (06-29-1981)
D1-04. When You Gonna Wake Up? (07-09-1981)
D2-03. Gotta Serve Somebody (07-15-1981)
D3-13. Jesus Is the One (Unreleased song 07-17-1981)
D2-10. Shot of Love (07-25-1981)



 7月10日オスロ公演、7月25日アヴィニョン公演はボード音源でお馴染みのコンサートです。
1981年秋アメリカ・ツアー
D2-13. In the Summertime (10-21-1981)
D2-07. Solid Rock (10-23-1981)
D3-15. Thief on the Cross (Unreleased song 11-10-1981)
D2-16. Every Grain of Sand (11-21-1981)

 秋のアメリカ・ツアーでは11月10日ニューオリンズ公演はSBDテープが出回っており、〈Heart Of Mine〉は《Biograph》に、〈Dead Man Dead Man〉は《Live 1961-2000》に収録。11月12日ヒューストン公演もボード音源が出回っています。
 1981年のアメリカ・ツアーに関しては、当ブログで実際にコンサートを見た人のヴィヴィッドな思い出話「1981年秋、ゴスペル期最後のツアー」を紹介しています。
 さあ、あと3週間ほどでリリースです。超楽しみです。

追記:10月16日にゴスペル・ツアー最終日(1981年11月21日フロリダ州レイクランド)の〈Blowin' In The Wind〉の動画が1分だけ公開されました。DVDに入るんですかね?




   

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2017年10月11日

《Trouble No More》:予習(2) 1979年5月〜1980年5月

 さて、本題のゴスペル期に入ります。《Trouble No More》収録曲を古い順に並び替えてみるという試みの続きです。
《Slow Train Coming》レコーディング・セッション
D3-08. Trouble in Mind (Outtake 04-30-1979)
D3-07. Ain't No Man Righteous, No Not One (Unreleased song 05-01-1979)
D3-09. Ye Shall Be Changed (Outtake 05-02-1979)
D3-05. Gotta Serve Somebody (Outtake 05-04-1979)
D3-06. When He Returns (Outtake 05-04-1979)
 「D3-08」は「Disc 3の8曲目」という具合に読んでください。

 基本的なセッションは4月30日〜5月4日に行なわれ、オーバーダブ・セッションは5月4〜11日に行なわれました。演奏がゆるゆるな《Desire》《Street Legal》と比べたら、カシッとしたサウンドなので、時間をかけてきっちりプロデュースしたものと思いきや、《Desire》より短時間で仕上げちゃってます。拙ブログでは8月にこんな記事を掲載しました:

ボブ・ディランのマッスル・ショールズ・セッション秘話
http://heartofmine.seesaa.net/article/452898769.html

 〈Ye Shall Be Changed〉は、以前《Biograph》で発表されたものも収録日が同じなのですが、同じ演奏ではなく、テイク違いであることを希望します。全体的に言えることですが、《Trouble No More》はスタジオ・レコーディングの部分が量が足りないです(実際に聞いたら別の意見を持つかもしれませんが…)。せめて、完成盤に収録されている曲1つ1つに対して、少なくとも1つはスタジオ・アウトテイクを収録してもらいたかったなあ。

1979年8月《Slow Train Coming》発売



1979年9〜10月ツアー・リハーサル
D3-11. Stand by Faith (Unreleased song 09-26-1979)
D3-04. Gonna Change My Way of Thinking (Rehearsal 10-02-1979)
D4-01. Slow Train (Rehearsal 10-02-1979)
D4-02. Gotta Serve Somebody (Rehearsal 10-09-1979)

 ホーン・セクション入りだというD4-01、02に注目。ゴスペル期のボブのアシスタントだったデイヴ・ケリーは、こんなことを言ってるのです:
 その時点ではメンバーはもっと多かったんだけど、途中で何人か減ったね。最初は4〜5人のホーン・セクションもいたんだよ。有名なホーン・プレイヤーのジム・ホーンや、もっと有名なロサンゼルスのセッション・メンとかね。ステージの一方にはホーン・セクション、もう一方には女性シンガーたちを配す予定だったんだ。パーカッショニストのラス・バブーもいた。彼はジャクソン・ブラウンのギタリスト、デヴィッド・リンドレー等、多数のレコードに参加している奴だ。いろいろと変なことをやってたね。ソースパンのふちを叩いたりとかさ。本物のパーカッショニストだ。リハーサルではこんなことがあったんだ。ツアーに出る約1週間前に、ボブはこんなふうにソファーに座っていて、急に「ホーン・セクションや女性コーラスについて、君はどう思う?」なんて言い出したんだ。びっくりしたよ。「両方は雇えないよ。財政的にばかにならない」って言っていた。たしかに10人も余計にいるわけだしね。どう言ったらいいのかわからなかったんだけど、「女性コーラスがいるおかげでサウンドが豊かになっているが、ホーン・セクションはあまり活躍してない」とだけ答えておいた。で、次の日スタジオに行ったら、ホーン・プレイヤーはいなかった。ボブが私の意見を聞いてそう決意したとは思わないけど、ゾッとしたよ。自分の発言に気をつけた方がいいと思ったね。ボブは人の意見を聞くんだよ。ただし、先に自分でどうするか決めてると思う。ツアー中も、私だけでなく他の多くの人ともそんなことがあった。こっちに自分の意見を振ってきて、それに確信が持てたら実行に移すんだよ。

 インタビュー全体はここをを参照してください:

ゴスペル期アシスタントが語るディラン
http://heartofmine.seesaa.net/article/298295287.html

10/19追記:ホーンセクション入り〈Slow Train〉が先行公開されました。


 ツアーのリハーサルからギタリストとしてバンドに加わったフレッド・タケットのインタビューはこの本↓に掲載されています。1999年にポール・バレル&フレッド・タケットとして来日した際に、東急田園都市線沿線の丘の上の隠れ家みたいなライブハウスで話をうかがいました。



1979年10月20日サタデー・ナイト・ライヴ
〈Gotta Serve Somebody〉〈I Believe In You〉〈When You Gonna Wake Up〉

 DVDにはこのシーンは入るのでしょうか? YouTubeの動画を貼ろうと思ったら、10月11日の時点で全然見当たりません(消すなよ!)。
1979年11月1〜16日サンフランシスコ公演
D2-05. Saving Grace (11-06-1979)
D2-09. Pressing On (11-06-1979)
D1-02. Gotta Serve Somebody (11-15-1979)
D1-01. Slow Train (11-16-1979)
D1-07. Precious Angel (11-16-1979)
D2-04. Ain't No Man Righteous, No Not One (Unreleased song 11-16-1979)

 1979〜80年前半のツアーはしばらくの間は人気がなく、アナログ・ブート時代は《History》という20枚組の箱物に11月16日の公演が収録されていたのみで(私はレコード屋で1度見たきりで、入手してません。高額だったし)、1980年11月〜翌年のコンサートを収録したアルバムのほうが先に出回っていたくらいです。文字情報として記録されている評判は芳しくないし、音源もないしで、1980年代中はまさに「暗黒時代」という扱いでした。ゴスペル・オンリー時代の演奏の再評価が進んだのは、1990年代にCDブート・ブームが到来し、ウォーフィールド公演のオーディエンス録音がリリースされた後なので、極めて最近のことです。
 11月18、19日サンタモニカ公演は抜群な音質のマイク・ミラード音源があるので、特に収録されてなくてもOKです。マイクはレッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズのロサンゼルス公演のオーディエンス録音で有名な人で、彼がボブ・ディランのコンサートを録音していたという情報は今までになかったので、ボブの音源発掘は超ビックリでした。ミラード音源については次の過去記事を参照してください:

伝説のコンサート・テーパーの悲しい末路
http://heartofmine.seesaa.net/article/391621874.html

ボブ・ディランの非公式音源流通事情
http://heartofmine.seesaa.net/article/431755220.html

 ツアーは続きます。

D1-08. Covenant Woman (11-20-1979)
D2-06. Blessed Is the Name (Unreleased song - 11-20-1979)
D1-11. Solid Rock (11-27-1979)
D1-12. What Can I Do for You? (11-27-1979)


 1978年のサンディエゴでファンがステージに投げた十字架を拾ったという話をしたのは、11月27日公演です。

1979年11月28日 サンディエゴ(ボーナスCD)
B1-01. Gotta Serve Somebody
B1-02. I Believe in You
B1-03. When You Gonna Wake Up?
B1-04. When He Returns
B1-05. Man Gave Names to All the Animals
B1-06. Precious Angel
B1-07. Slow Train
B1-08. Covenant Woman
B2-01. Gonna Change My Way of Thinking
B2-02. Do Right to Me Baby (Do Unto Others)
B2-03. Solid Rock
B2-04. Saving Grace
B2-05. Saved
B2-06. What Can I Do for You?
B2-07. In the Garden
B2-08. Blessed Be the Name
B2-09. Pressing On
 「B1-01」は「Bonus Disc1枚目の1曲目」と読んでください。

 どうせなら、ボブ登場前に女性コーラスが披露した披露した歌も収録して欲しかったです。CDの収録時間に余裕あるんですから。D7とD8が入れ物として用意された1981年のロンドン公演に関してもしかり。
D1-05. When He Returns (12-05-1979)
D4-05. Radio Spot January 1980-Portland-OR show
D1-13. Saved (01-12-1980)
D1-06. Man Gave Names to All the Animals (01-16-1980)
D1-14. In the Garden (01-27-1980)
D1-10. Do Right to Me Baby (Do Unto Others) (01-28-1980)
D1-09. Gonna Change My Way of Thinking (01-31-1980)

 1980年1月のツアー開始は大雪に見舞われ、日程に変更がありました。例のミラード音源と一緒に1月12日オレゴン州ポートランド公演のテープが発見されたことがきっかけで、当時の状況をよく知る人から情報を得ることが出来て、1月10日にはもともとコンサートの予定はなく、1月11日の公演が16日に延期されたために、12日の公演が1980年のコンサート初日だったことが判明しました(ここ参照)。1月17、18日はオーディエンス・テープが見つかっておらず、失われたショウとなってるだけに、どっちかの公演から1曲ずつでも収録してくれたらうれしかったのですが…。


1980年2月11〜15日《Saved》セッション
D3-10. Covenant Woman (Outtake 02-11-1980)
D3-16. Pressing On (Outtake 02-13-1980)

 コンサートでは既にお馴染みの曲ばっかりなので、レコーディングは短期間で済んでいます。ツアー先からマッスル・ショールズに直行して、いつも演奏していたように演奏したようです。アウトテイク、もっとあるだろうに!(この記事を参照のこと)

1980年2月27日グラミー授賞式

〈Gotta Serve Somebody〉


 これもDVDに収録されるかなあ? ジョン・レノンは日本滞在中にテレビでこのシーンを見て、かつて「リーダーには従うな。駐車メーターから目を離すな」と歌ってた人が「誰かに仕えろ」と歌っているのでガッカリして、後に返歌として〈Serve Yourself〉を書いたらしいです。
1980年4月17〜20日トロント公演
D5-01. Gotta Serve Somebody (04-18-1980)
D5-02. I Believe In You (04-18-1980)
D5-04. When You Gonna Wake Up? (04-18-1980)
D5-06. Ain't Gonna Go To Hell For Anybody (Unreleased song 04-18-1980)
D6-01. Slow Train (04-18-1980)
D6-04. Saving Grace (04-18-1980)
D6-09. Pressing On (04-18-1980)
D3-12. I Will Love Him (Unreleased song 04-19-1980)
D5-03. Covenant Woman (04-19-1980)
D5-07. Cover Down, Pray Through (Unreleased song - 04-19-1980)
D5-08. Man Gave Names To All The Animals (04-19-1980)
D5-09. Precious Angel (04-19-1980)
D6-05. What Can I Do For You? (04-19-1980)
D6-07. Band Introductions (04-19-1980)
D6-08. Are You Ready? (04-19-1980)
D5-05. When He Returns (04-20-1980)
D6-02. Do Right To Me Baby (Do Unto Others) (04-20-1980)
D6-03. Solid Rock (04-20-1980)
D6-06. In The Garden (04-20-1980)

 トロント公演は正式にレコーディングされ、ビデオ撮影もされました。《Solid Rock》というタイトルのライヴ・アルバムを作ろうとした意図があったのですが、ボツになったようです。20日の公演を収録した高画質、高音質のビデオは四半世紀前あたりから広く流布してます(もっと画質の良い状態でDVDに収録されるのでしょうか?)。



 4月20日に楽屋を訪問したロニー・ホーキンスによると「黒人女性がディランの後をついて回って、聖書を手にしながら神を讃えていた」そうですが、フレッド・タケットによると「それはクライディー・キング(バックvo)のことじゃないかなあ」とのことです。
D2-02. Ain't Gonna Go to Hell for Anybody (Unreleased song 04-24-1980)
D2-08. Are You Ready? (04-30-1980)
D4-06. Cover Down, Pray Through (Unreleased song 05-01-1980)
D1-03. I Believe in You (05-16-1980)

 キリスト教ネタの曲「しか」演奏しなかったゴスペル・ツアーは5月21日オハイオ州デイトン公演で終了です。1980年11月のサンフランシスコ、ウォーフィールド公演からは「昔の曲」も含むセットリストになりました。(次回に続く)


   
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2017年10月09日

《Trouble No More》:予習(1) 1978年10月〜12月

 毎年恒例の高額箱物行政《The Bootleg Series》ですが、Vol.13となる今回は、数ヶ月前からの噂通り、ゴスペル期に焦点をあてたものとなりました。タイトルは《Trouble No More》で、CD8枚+DVD1枚の量です。これにプラスして、11月28日サンディエゴ公演を収めたCD2枚アルバムが、bobdylan.comで《Trouble No More》のデラックス・エディションをプレオーダーするともらえるのだとか。
 ローリング・サンダー・レビューの後、離婚して日本を含むワールド・ツアーをして、秋のアメリカ・ツアー中に天啓を受けてどうのこうのとか、それまでダサダサな音楽しかなかったコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック(アメリカにはそういう音楽ジャンルがあるそうです)がボブのおかげでかなりレベル・アップしたとかは、以下の名著を読みましょう。

   

 今の段階では、数週間前に収録曲が公表されただけで詳しいことは全くわからない状態なので、約3週間後のリリースを前に、曲目表だけをざっと見てわかること、楽しみなこと、気になる点等をメモ程度にまとめてみたいと思います。《The Bootleg Series》の前回、前々回(ベースメント・テープス、1965〜66年スタジオ・セッション)は、現存するテープを古い順に並べたものでしたが、今回はいつものフォーマットに戻って、時間的順番はバラバラ。そこで、公表されてるデータをもとに、トラックを古い順に並べ直すという作業をやってみました。
1978年9〜12月 アメリカ・ツアー
D3-03. Help Me Understand (Soundcheck, Unreleased song 10-05-1978)
D3-01. Slow Train (Soundcheck 10-05-1978)
D3-02. Do Right to Me Baby (Do Unto Others) (Soundcheck 12-07-1978)

「D3-03」は「Disc 3の3曲目」という意味です。以下、そのように見てください。

 1978年のツアー中も新曲を書き続け、9月下旬のニューヨーク公演等では〈Love You Too Much〉を演奏し(この直後にEL&Pのグレッグ・レイクにデモテープをプレゼント----レイクの自伝にはこのこと書いてあるのかな?)、ツアー最終日である12月16日フロリダ州ハリウッド公演で、《Slow Train Coming》に収録されることになる〈Do Right to Me Baby (Do Unto Others)〉を披露していることが、音の記録として残っています。12月2日ナッシュヴィルではサウンドチェックの際に〈Slow Train〉が演奏されたことがわかっていますが(音質はよくないが、とりあえず音の記録あり↓)、今回のアルバムのおかげで、この曲の誕生が少なくとも2カ月前までさかのぼれることが判明しました(10月8日にオフィシャル筋によって先行公開↓)。

10月5日メリーランド州ラーゴ、サウンドチェック


12月2日テネシー州ナッシュヴィル、サウンドチェック


 このツアー中に書いた新曲としてタイトルのみが伝わってる曲には〈One More Year〉〈Take It Or Leave It〉もありますが、歌詞やメロディーといった詳細は(今のところは)不明です。
 ゴスペル期の話をするのに、なぜ1978年ワールド・ツアーのアメリカ編から始めるのかというと、途中からわずかに宗教臭がただよってくるからです。11月26日のヒューストン公演以後、最終日まで、〈Tangled Up In Blue〉の中盤では13世紀のイタリアの詩人の代わりに聖書の言葉を引用する女性が登場し、その引用箇所は毎晩即興で(←たぶん)次のように変化しています(該当のショウの全てがyoutubeにあるので、皆さんも聞いてみてください):

11月26日ヒューストン
マタイ33章3節

11月27日ジャクソン
エレミヤ3章1&33節

11月28日バトンルージュ
エレミヤ37章1&33節

12月1日メンフィス
エレミヤ22章1&33節

12月2日ナッシュヴィル
エレミヤ37章1&33章

12月3日バーミンガム
エレミヤ37章31&32節

12月5日モービル
エレミヤ37章22&33節

12月7日グリーンズボロ
エレミヤ37章1&33節

12月8日サヴァンナ
エレミヤ37章1&33節

12月9日コロンビア
エレミヤ32章1&33節

12月10日シャーロット
エレミヤ13章21&33節



12月12日アトランタ
エレミヤ37&38章29&33節

12月13日ジャクソンヴィル
エレミヤ10&20章21&33節

12月15日レイクランド
エレミヤ36章21&33節

12月16日ハリウッド
エレミヤ31章9〜33節

 翌年から本格的にゴスペル期が始まったことを考えると、ちょっと意味深です。この歌詞変化に先行して、11月17日のサンディエゴ公演で観客の投げた十字架のペンダントを拾うという出来事がありました(本人がこの1年後のコンサートでこう話している)。そして、11月24日のフォートワース公演ではディランは十字架のペンダント(拾ったものかどうかは不明)を首から下げているのを目撃されているのです。

 次回は《Slow Train Coming》レコーディング・セッションとその後のライヴ活動について述べます。


   
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