2016年11月04日

ディランと変わりゆくアラブ世界の文学観

 ノーベル文学賞騒ぎはアラブ世界にも波及したようで、私がかろうじて読める英語で書かれている記事としてはこんなものがありました。ボブ・ディランにこの賞が授与されることに関する意見は想定の範囲内の内容のものばかり(しかも、くだらん)ですが、普段疎遠な(あくまでも私個人にとってです)エジプトの記事であることが珍しく感じられ、記事の後半部分においてアラブ世界の文学観の変遷と、そういうフィルターを通して中東の人が見ているボブ像が垣間見られる点が面白いと思います。いかがでしょう。
 ちなみに「a」の上に「-」のあるような文字は表示出来ないので、「a」と記しておきました。直しながら読んでいただければ幸いです。人名の読み方も適当ゆえ、正しい読み方をご存知の方は、大変お手数ですが、ご一方くださると幸いです。


arabic site.jpg

アル=ハヤト紙のサイト



ディランと変わりゆくアラブ世界の文学観
文:テレサ・ペペ


 「アメリカ歌謡の偉大な伝統の中で新しい詩的表現を創造した」として、ソングライターであるボブ・ディランにノーベル文学賞が授与されることが10月14日に発表されると、文学界では賛否両論が巻き起こった。スティーヴン・キングやジョイス・キャロル・オーツ、サルマン・ラシュディーといった有名作家のように、ディランの文学的功績を讃えて「吟遊詩人の伝統の素晴らしい継承者」と呼んだ者もいれば、この決定は見当違いと呼び、たとえどんなに優れたものであったとしても、歌の歌詞が文学のレベルに達することがあるのかどうか疑問を呈する者もいた。
 この論争はソーシャル・ネットワークや顔を合わせた議論、印刷メディアを通して、アラブ文学界も巻き込んだ。ロンドンで発行されているアル=ハヤト紙は「書籍マーケットを甘やかし、世界中の作家を怒らせるノーベル賞」という記事を載せ、翌日にも、「賞はボブ・ディランを正しくも不当にも評価している」と書いていた。エジプトの国営の文芸誌アクバル・アル=アダブは最新号に「この奇妙な日の朝」と題した4ページの折り込みを付けたが、エジプトの国有紙アル=アフラムは、ディランがこれまでに親シオニスト的な発言をしていることを取り上げて、「政治とシオニズムが審査に一役買ったのでは?」と問いた。
 アクバル・アル=アダブ誌には、ディランの受賞に関するエジプト人作家や学者の意見を取りまとめた「ボブ・ディランて何者? これは冗談?」という記事もあった。こうした記事は、アラブ文学界においては失望感が漂っていることを示していると思われる。
 コメントを求められた10人の作家のうち、喜んだ者はたった2名のようだ。文芸評論家のサイド・アル=カフラウィは受賞を「恐怖が世界に影響を及ぼしている」悪い兆候だと解釈しており、同じく、評論家のシャキル・アブド・アル=ハミドも「我々が生きているカオス状態の一部」と断言している。エジプト人作家のマイ・カリドも、人々が難解な本を読む暇を持たぬゆえ、箇条書きや歌を好むような時代の、文化の平易化(istishal)の兆候だとして、こう忠告する。「我々はこのようなトレンドには逆らい、言葉(jahd al-lugha)で努力することを怠るべきではない。これこそ、文学(adab)を他の種の文と区別しているものなのだから」と。詩人、翻訳家のモハメド・イド・イブラヒムはディランの受賞を、「質より売り上げ重視の自由主義経済の一環だと理解している。でも驚いた。アラブ・エジプト文学界も同じ基準に支配されているので」と語った。学者であるヘバ・シャルフはアンビバレントな気持ちであるようで、ディランの歌は民衆文学(adab shaabi)として分類すべきだとは言うものの、アカデミーがより民衆的な形態の文化に門戸を開きつつある兆候があることは支持している。
 アカデミーの決定に反対する他の意見としては、学者のシリン・アブ・アル=ナガや作家のアフマド・アル=シャフィが言うように、ディランは歌手(mughanni)もしくは作曲家(musiqar)として世界的に知られており、それゆえ、作家(adib)ではないというものもある。アル=シャフィの説明によると、「adib」とは小説(khayal)を書く人のことを言う。「この理由から、アカデミーは文学(adab)の破壊に手を貸している。昨年もジャーナリストのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチに賞をあげているので」とアル=シャフィは考えている。アファク出版社の代表、スーザン・バシールは「ノーベル文学芸術(al-adab wa-l-fann)賞と呼ぶべきです」と総括する。文学とは何かを判断し、正統的文学と認められるものの許容範囲を定義するという役割をスウェーデン・アカデミーは担っているが、この件に関するエジプトの作家たちの他の意見が、アラビア語のオンライン・ニュースペーパー、マダ・マスルに掲載されているが、アフダフ・スエイフのように好意的な意見を寄せた者もいる。
 しかし、否定的なコメントは次の2点に集約されているようだ:まず、印刷された小説、詩、短編からなる高等文化の格調ある形態としての文学(adab)は、絶滅の危機に瀕しており、スウェーデン・アカデミーがその死に手を貸している。第2に、上記に述べた寝の文学とは全く関係のない歌手/ミュージシャン、もしくはジャーナリストに作家(adib)が取って代わられつつある。
 なぜ歌の歌詞が詩として評価されるべきなのかを論じたり、ディランがノーベル文学賞受賞者の殿堂に入る資格があるのかどうかを判断したり、ディランが持っていると思しき親シオニスト的見解(イスラエル人ファンの一部は既にこれを誇りに思っている)を調査することは、私の意図ではない。私はディランの受賞をきっかけとして、もっと一般的な疑問----現代社会における文学の理解----について皆に考えてもらいたいのである。
 注目してもらいたいのは、文学(adab)や作家(adib)といった言葉は、単なる言葉ではなく、コンセプトとして理解されるべきだということだ。1つの意味しか持たない言葉(例えば、テーブルにはさまざまな形のものがあるかもしれないが、テーブルは常にテーブルである)とは異なり、コンセプトとは、意味的可能性に満ちている抽象的な概念で、ゆえに、曖昧なのである。こうした意味はさまざまな解釈が可能であり、ここ数日のディランのノーベル文学賞受賞が我々に示したように、解釈に関する議論の対象にされることがよくある。 さらには、これらの意味は、コンセプトが使用される政治的、社会的状況によって形成される。ゆえに、あるコンセプトに帰される意味の幅は、時間の経過とともに変化していく。しかも、これが直線的な経緯をたどらないこともある。20世紀の前半までは、文学(adab)と作家(adib)に関するアラブ的コンセプトは、イギリス人の持つ文学と作家の概念とは部分的に異なっていたが、こうしたコンセプトの登場は、1850年〜1920年の間にアラブ世界を変えた「アラブの覚醒」と呼ばれる近代化プロジェクトと時期的に一致しており、グローバル化とローカル文化の変化のまっただ中の今日においても、価値を見直されつつある。
 adabはもともとはスンナ(ムスリムの習慣や慣例)を意味する言葉だったが、後に、イスラム教が広まった後は、「頭を鍛え、教育する」という機能を果たす世俗的知識全体を表すために用いられた(F・ガブリエリ『Encyclopedia of Islam』2012年)。アッバース朝(イスラム歴では2世紀/西暦では8世紀)で宮廷文化が盛んになると、adabは宮廷に出入りする人間を教育し、楽しませる作品を示すようになった。その中には、伝記、歴史、旅行記といったジャンルだけでなく、行動や品行の手引書も含まれていた。
 20世紀前半になると、「adab」という言葉は、小説、短編、戯曲といった新しい形式も含むようになった。ゆえに、「学者、つまり博識で礼儀正しい人」(J・サダン『Encyclopedia of Arabic Literature』1998年)と同じ意味だったadibは、徐々に小説を書く人として理解されるようになっていった。このプロセスは、翻訳を通してヨーロッパの文学作品と出会い、印刷機が導入され、文学を扱う市場が出現し、現代的な世俗的教育が普及し、それとタイアップして、物語に貪欲な、読書をする市民が新たに出現したという一連の社会的、文化的変遷によって進んだ。アラビア語の文学やこの言葉で著述活動を行なう作家がたどった似たような変遷は、その源をたどると文学のイギリス的コンセプトに行き着くかもしれない。文学という言葉は、もとはあらゆる種類の書籍や著作活動を指していたが、18世紀末にヨーロッパ的ロマンティシズムの登場によってはじめて、「想像力豊かな創作文学」(R・ウィリアムズ『Keywords』)という境界を定められ始めた。スウェーデン・アカデミーのウェブサイトには、賞の授与基準は100年間のうちに変わってきた旨が記されているので、これらのコンセプトが変化する性質を持ってることに、この団体も気づいている。
 これらのコンセプトの変化は議論に対して免疫を持っているわけではない。例えば歌の歌詞等の、ある種の形式を文学の領域の中に入れるか否かに関する論争は、アラブ復興運動においても、18世紀のイギリスにおいても、例えば小説(riwayah)の文学性に関して似たような議論あったことを彷彿させる。
 アラブ世界において、小説は初めは若者の意識を逸らすものと見られていたが、後には、(フィクションではない)教訓を伝え、人を啓発する品行方正な役割を強調することによって、文学の一部として認められるようになった。短編小説と戯曲は、アラブの作家によって、社会問題を描くために使われた。小説に文学の地位を与えていいのかどうかという議論が生じた理由のひとつには、ヨーロッパの小説の翻案物が、当時のアラブの印刷物市場を侵略していたという事実がある。
 これは私が話したいもうひとつの点と関係がある。アラブ世界では、20世紀の初頭に「adab」という言葉の意味が「文学」として再構築されたことは、それが高等文化として認められ、それゆえに、通俗という頽廃した領域に属する大量の作品から除外されたことを意味している。そして、こうした作品がエジプトの基準でいうところの文学から除外された理由は、想像力を大量に駆使していること、半分歌うようなスタイルであること、日常語を使った表現をしていること(サマー・セリム『The Narrative Craft and Realism』2010年)だった。エジプトの詩人、ギルギス・シュクリーはアクバル・アル=アダブ誌のインタビューで、エジプトでディランのような人物の先例があったとしたら、それはバイラム・アル=トゥニシ(1893〜1961年)だと語っている。バイラムもまた日常語を使った民衆的なバラッドをたくさん作っているのだが、彼のような詩人(zajal)が、体制からは文学とは認められなかったのは、そういう理由からだった。
 ここ数十年においては、高級な文学と民衆文学を分けるのは、アラブ世界においても、世界全体の文化的フィールドの残りの地域においても、多くの者にとっては意味はないようだ。アラブ世界の若い読者層の興味の幅が、国際的ベストセラーや古典的名著から、グラフィック小説、イスラム教の本、そして、しばしばインターネットで無料でダウンロードすることの出来る風刺小説に至るまで広がっていることを知るには、毎年行なわれているカイロ・ブック・フェアに行ったり、Goodreadsの評価を見てみるだけでいい。
 グラフィック小説のようなオーディオ/ヴィジュアル的要素と結びついたジャンルや、ブログ、デジタル小説は、他の地域と同様、アラブの文学界でも活気づいている。マダ・マスルに掲載されたナエル・エル=トウキーによるインタビューでアフダフ・スエイフが指摘している通り、エジプト革命は文学の定義にも及んでいる。今や、ブログやグラフィティー、革命スローガン、獄中からの手紙等の形態も文学なのだ----「文学はいたるところにある」
 ということなので、去る1月に「アラブ世界における非主流作品」を扱うウェブサイト、アル=キタバーに、ディランの歌詞がアラビア語に翻訳されて掲載されたのは、驚くことではない。ノーベル文学賞発表後、彼の歌のビデオや歌詞が、アマチュアによってアラビア語に翻訳され、ツイッターやフェイスブックで出回っている。これが意味するのは、文学は我々が思っている以上のスピードで変化し、社会的現実に対応しているということである。そして、アカデミーもそれを認めるようになったということである。
 結論として、私は皆さんに次のことに注目してもらいたい。ノーベル文学賞はアラビア語に翻訳すると「Nubil al-Adab」となり、ここで「adab」の複数形が使われているのは、国境線を越えて「さまざまな文学」に対してだけでなく、広い意味での「人文学」(大学の人文学部、Kulliyat al-adabのような意味での)にも与えられる賞だということなのだ。混乱と文化的、社会的大変化の時代においては、変化し、拡大した意味の「adab」において、ボブ・ディランにノーベル文学賞が授与されたのだと言える。ボブ・ディランは広い人文学的な知識を有する「adib」であって、アカデミーのメンバーの言うような「失礼で傲慢」な人物なのだとしても、言葉と音楽の両方を通して、人間の普遍的な感情と体験に声を与えてきた人なのだ。


"Dylan and the a-changing times of literature, in the Arab world and elsewhere" by Teresa Pepe
http://www.madamasr.com/en/2016/10/27/feature/culture/dylan-and-the-a-changing-times-of-literature-in-the-arab-world-and-elsewhere-2/


   
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2016年10月29日

1966年5月26日ロイヤル・アルバート・ホール公演の曲目

 11月11日に発売予定の『The 1966 Live Recordings』をさらに楽しむための副読本(?)『JUDAS!: From Forest Hills to the Free Trade Hall: A Historical View of Dylan's Big Boo』(クリントン・ヘイリン著)が一足先に届きました。そのp.259に、ファンがコンサート・プログラムに記した5月26日の曲目メモの写真が掲載されているのです。その一部がこれ:

19660526.jpg


 次のような感じで読み取れます。新曲のタイトルは不正確ですが、歌詞の一部がメモられてるので、[  ]が演奏されたのだと推測できます(〈Tell Me, Momma〉は仕方ないですね)。

 She Belongs To Me
 Gum + Jamaican Rum [Fourth Time Around]
 Vision Of Joanna
 Baby Blue
 Desolation Row
 Breaks Like A Little Ol' Girl [Just Like A Woman]
 Tambourine Man
 Unknown [Tell Me, Momma]
 I Can't Understand [I Don't Believe You]
 Baby Let Me Follow You Down
 One Too Many Mornings
 I've Got A Brand New Leopard Skin Pill Box Hat [Leopard-Skin Pill-Box Hat]
 Just Like Tom Thumb's Blues
 Ballad Of A Thin Man
 Like A Rolling Stone

 注目の箇所はセカンド・セットの〈Just Like Tom Thumb’s Blues〉と〈One Too Many Mornings〉。定説とは逆の順番になってるんです。《The 1966 Live Recordings》の曲目として発表されてるものは下の通りなので、メモのほうが間違ってるっぽいのですが、オフィシャル筋のやることには結構ミスが多いので、先日お話しした5月27日の曲目の異説の件も含め、最後の最後で大どんでん返しがあるかもしれません。発売まであと2週間!

CD 28 -London, May 26, 1966 (CBS Records recording)
1. She Belongs to Me
2. Fourth Time Around
3. Visions of Johanna
4. It’s All Over Now, Baby Blue
5. Desolation Row
6. Just Like a Woman
7. Mr. Tambourine Man

CD 29 -London, May 26, 1966 (CBS Records recording)
1. Tell Me, Momma
2. I Don’t Believe You (She Acts Like We Never Have Met)
3. Baby, Let Me Follow You Down
4. Just Like Tom Thumb’s Blues
5. Leopard-Skin Pill-Box Hat
6. One Too Many Mornings
7. Ballad of a Thin Man
8. Like a Rolling Stone



   
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2016年10月28日

リンゴ・スター来日記念! 4カ月前のインタビュー

 いつもネタを提供していただいているマイク・ラゴーニャのページにリンゴのインタビューが載ってるのに気がついたのは、関空到着をニュースで知ったのとほぼ同時。どうにか来日中にここで紹介することが出来てよかったとは思いますが、話の内容(ノース・カロライナの「トイレ法案」騒動)からすると、タイミングを逸した感は半端ないですね。
 私は10月31日と11月1日の東京公演を見に行く予定です。

   



リンゴ、愛と平和、その他もろもろを語る
聞き手:マイク・ラゴーニャ


リンゴ、2012年以来ずっと同じメンバーでオール・スター・バンドをやってるわけですが、グループはユニットとして、個人として、音楽として進化しましたか?

 全員優秀なミュージシャンだ。オレを含めて、全員が名曲を持っている。ヒット曲もあれば、美しい曲もある。心情的にも、全員仲良くやってるよ。ツアーが完了するたびに、「さあ、これで終了だ」って思うんだけど、突然、誰かが「また数ヶ月後にツアーをやりたくないかい?」って言い出すと、全員が「もちろん」て答える。そうして転がり続けているんだよ。今現在、オレたちは4年と1カ月、一緒にやっている。バンドにいるような気分さ。いつも皆で一緒にいるし----もちろん、毎日じゃなくて、年に3〜4カ月ってところだけどね。だから、本当にバンドをやってるような気がするんだよ。誰かがどこかに行くなら、全員がミュージシャンとしてそいつについていくぜって感じでさ。

最新アルバム《Postcards From Paradise》でもこのバンドをフィーチャーしていて、それに加えて全員で〈Island In The Sun〉を書いてます。そういう面でも進化を遂げているわけですね。

 その通りだ。あらゆるバンドで曲を書いてレコードを作ろうと試みてはいたんだけど、昨年初めて、それをやり遂げたのさ。ビロクシにいた時に、ゴキゲンなジャムが始まって、メロディーのアイデアっぽいのが出てきたんだ。ジャムしながら、皆が何かを叫んでいた。オレは自分の部屋に全員を呼んで、「この曲を完成させよう」って言ったんだ。で、実際にそうして、ロサンゼルスに戻った時に、オレのスタジオでレコーディングしたのさ。素晴らしかったね。これをやり遂げるのに、何年も待たなきゃならなかった。もう1曲は…すでにトラックが完成していて----いつもは逆の順番で作業をするんだ。トラックが出来て、その後、メロディーと歌詞を書くんだけどさ----「Lovers Under Mr. Moonlight」(ミスター月光の下にいる恋人たち)ってフレーズを使えたらいいなあって思って、ビートルズの曲のタイトルを使った曲を書き始めたんだ。タイトルの半分くらいはオレが出したんだぜ。自分で出来る限り作ってから、トラックとメモ全部をトッド(・ラングレン)に渡すと、こいつはどこかに行って作業し、2週間後に完成品が送られて来てみたら、いい曲になっていた。互いに知ってる仲だと、こういういいことが出来るんだよな。

ソロ・アルバムとオール・スター・バンドとの境界はぼやけてきてるんですね。

 その通り。最初のギグに合わせてレコードを作らなかったのは残念だ。そうしておけば、ツアーに持って行くことが出来たのにな。そうしたいなあ。今のツアー終了後には夏休みを取って、その後、10月に再びツアーに出る予定だ。そういうふうにずっと続く。5年後にキミから電話があったら、「ああ、まだ一緒にやってるぜ」って答えるだろうな。

いいですね! ツアー活動はあなたの創造性にどのような影響を与えていますか?

 音楽を始めた理由を満たしてくれる。つまり、夢だよ。13歳の時に、ドラムを演奏したいって思ったんだ。入院中にね。退院してからリヴァプール中を歩き回って楽器屋をのぞいた。ドラムを見てるだけだったけど、惚れちゃったのさ。ドラマーになりたいって思ったね。その後、最初のドラム・キットを手に入れた。あの頃は、楽器を手に入れたら、即、バンドに入れたんだ。楽器を始めたばかりで練習の段階なのは、皆、同じだった。オレがいた最初のバンドは、エディー・クレイトンて奴とやったんだ。家も近所で、職場の工場も同じだったこいつは、本当に楽器が演奏できる連中のひとりだった。オレはこいつと一緒のバンドでドラムの演奏を始めた。それから、ロイ(・トラフォード)って友人{ダチ}がベースを弾いて、ロニー・ドネガンの影響で、オレたちはスキッフルを演奏していた。スキッフルはイングランドでは大流行していた。当然、リヴァプールでもね。リヴァプールには何百ものバンドがあって。オレは上にあがり続けた。その数バンド後に入ったのがローリー(・ストーム&ザ・ハリケーンズ)で、これはいいバンドだった。で、その後、ビートルズに入ったんだ。オレはビートルズのフロント・ラインが気に入った。そしたら、今度はそのバンドにいた。夢がどんどん広がっていく感じだ。演奏するのが好きだから、今でもなお、バンドにいる。ドラマーがドラムだけを持って活躍するのは、とても難しいよ。

友情も活動を続ける重要なカギじゃないですか?

 混じりけのない喜びだね。オレは演奏するのが好きなだけだ。優れたプレイヤーと演奏するのも好きで、こっちもやり遂げたなあ。これこそ10代の時に考えてたことだ。「もっといいバンド、もっと優れたミュージシャンとプレイしよう」って思っていて、実際に上にのぼっていき、オレの場合、行き着いた先が最も偉大なバンドだった。全員が優れたプレイヤーで、優秀なソングライターだった。ソロ・アルバムを作り始めた時のことを見てみればわかる通り、オレはたくさんの優秀なミュージシャンにレコードでプレイしてもらった。それを一時も忘れないようにしている。このバンドを結成した時は、先のことなんかわからなかった。名曲揃いのオール・スター・バンドの別バージョンが出来て、1年は続くかなあって感じだった。先のことなんて誰にもわからない。あれから4年経った今、まだこのバンドをやっている。まだツアーをやっている。まだたくさん楽しんでいる。

ノース・カロライナのLGBTの権利を尊重したあなたの行動は見上げたものでした。コンサートをキャンセルするのは辛かったでしょうが、どんな気持ちでそうしたのですか?

 人々がまだ看板を掲げて、ああいう子供たちはここが違う、あそこが違うっていちいち言うなんて、狂ってるって思ったんだ。こういうことを経験している子供の親の反応は2種類にわかれている。PBS(アメリカの非営利・公共放送ネットワーク)はこうした若者に関する優れた番組を放送したよ。トランスジェンダーってだけでも大変なのに、でっかい看板にそう書かせたいんだろ。過去にも、人々がそう言ってた時代があった。アメリカやイギリスじゃ、ゲイってだけで投獄された。その後、ゲイでもいいよ、でも、同性同士じゃ結婚出来ないからねっていう状態になった。今は、結婚することが出来る。同性で結婚して誰かを傷つけてる? 誰も傷つけてないよね。トランスジェンダーで生まれて来た人は、トランスジェンダーでいいんじゃないの。皆、神の思し召しで生まれてきたんだ。オレたち全員、魂を持っている。こうした若者は魂にマッチしない体を持って生まれてきてしまったんで、別の性になる必要があるって思ったんだろ。こういうことが表に出るようになったのは素晴らしいことだよ。ボビーにはなりたくない、ベティーになりたいって感じている3歳の子供がいるんだろ。それって超辛いよ。3、4歳でこういうジレンマを抱えてるわけだ。そして、そのままティーンエイジャーになる。こういう子たちに「お前は人と違う、お前なんかいらない、お前はこうしろ」って言うなんて、ノース・カロライナ州はずいぶん残酷だよな。誰もこんなことしたことない。警察署長が出てきて「事件は1件も発生しておりません」て言ってるのに、ある女性が「きっと、いろいろしでかします」なんて言っている。トランスジェンダーの子供たちのことのほうを考えてあげるべきなのにさ。トランスジェンダーの大人もいるが、そういう子供もたくさんいる。面倒を見てあげなきゃいけないよ。オレのこと、偉そうに言いやがってって思ってるかい?

参考資料
"トイレ法案"めぐりアメリカ政府とノースカロライナ州が大論争。「差別だ」ってどういうこと?
http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/10/obama-administration-sues-north-carolina-over-anti-lgbt-bathroom-bill_n_9881476.html

【トイレ法案】NBA、LGBT差別法があるノースカロライナ州でオールスターゲームを開催せず
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/21/nba-pulls-all-star-game_n_11125760.html

リンゴ・スターもノースカロライナ州での公演をキャンセル
http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/37011/2


いえいえ。美しい意見です。心配には及びません。

 子供たちについて話してるんだ。愛してあげようよ。やさしくなろうよ。理解しようよ。それで自分が困ったことになるのか? ならないよ。やさしくしよう。愛そう。平和になろう。そんなに難しいことか?

そこから次の話題に行きたいのですが、誕生日の7月7日に、正午にちょっと手を止めて愛と平和を願うよう、皆に訴えましたね。

 皆にもやってもらうよう、新聞に広告を載せたんだ。ドイツでもそうしたし、イギリスでもそうした。アメリカのたくさんの都市でもそうしたんだけど、オレたちはこれをロサンゼルスで正午にやることに落ち着きそうかな。ヨーロッパの人は寝ちゃってると思うけどさ。いろんな国の正午にニュースが流れるように頑張る予定だ。バスに乗っていようが、工場の中にいようが、どこにいても、ちょっと手を止めて「愛と平和」って言ってくれ。これは、誰かから「誕生日には何が欲しいですか?」って質問されて、「皆が「愛と平和」って言ってくれたらステキだな」って答えたのがきっかけで始まったんだよな。今でもそれに向けて努力中だ。日本でも出来る。ロシアでも出来る。いろんな国で出来る。でも、もっと宣伝すれば、もっとたくさんの人がやってくれることになるだろう。


[2016年の誕生日メッセージ]


「愛と平和」のメッセージは醜い政治のレトリックのせいで少し拡散しにくくなってるでしょう。リンゴにとって「愛と平和」にはどんな意味がありますか?

 難しさは増しちゃいない。オレはただ続けてるだけさ。何度かマスコミで叩かれたことがあるよ。「あいつ、また、愛と平和かよ」ってさ。その通りさ。オレは単に平和で人を愛す人間でしかないのに、皆がうちとけてくれないのは困ったことだよ。こういうことを長年やってて、そこから得たのは…こんな夢を持ってるんだ。いつの日か----ある年のある月のある日のある時間に----世界中の皆が「愛と平和」って言ってくれたらいいなって。オレはそのために頑張ってるんだ。きっとそうなるって信念を持っている。



現在、成功の糸口を見つけようと頑張っている新人アーティストにはどんなアドバイスをしますか?

 オレがやったのと同じことをやらなきゃいけないね。クラブでプレイする。最善を尽くす。上にあがろうと頑張る。今でもまだ、レコードを作ることが重要なことなのかどうかは知らないけど、ビートルズにとってはそれが超重要だった。プラスチックの盤を見て「オー・マイ・ガーッ、すげえぜ!」ってね。今じゃ、今時の言い方だと「ビートルズはあらゆるストリーミング・サイトでストリーミング中です」なんていうのかな。先日、誰かから聞いたんだけど、クリスマスイヴ以来、オレたちの曲は100万回ストリーミングされたらしい。凄いじゃないか。ビートルズの音楽には今でもなお価値があるんだ。今の世代も、その前の世代にも聞かれているんだよ! オレたちや、オレたちが活躍してた頃に生きてた人々だけじゃなくてね。動き続けてるんだよ。ビートルズの音楽っていう恵みが、今でもなお、音楽的に価値があるってことは、本当に素敵なことだ。

今日は時間を割いていただき、本当にありがとうございました、リンゴ。愛と平和を。

 あなたにも愛と平和を!

(Transcribed by Galen Hawthorne)


The copyrighted article "Peace And Love And More: A Conversation With Ringo Starr" by Mike Ragogna
http://www.huffingtonpost.com/entry/peace-and-love-and-more-a-conversation-with-ringo_us_575d8d73e4b0b6c49600eb0e
Reprinted by permission.
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2016年10月23日

ボブ・ディランにヘブライ語とシオニズムを教えた夫婦

 今、テルアヴィヴのディアスポラ博物館で「Forever Young – Bob Dylan at 75」という特別展をやってるようです(2016年5月〜2017年4月)。それに伴い面白い話が発掘されました。

Telaviv.jpg


Forever Young – Bob Dylan at 75
http://www.bh.org.il/event/forever-young-75th-anniversary-bob-dylan/

   




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2016年10月22日

《Prog Noir》発売記念トニー・レヴィン・インタビュー

 20年くらい前にロバート・フリップにインタビューした時に、トニー・レヴィンはキング・クリムゾンに参加して俄然評価が高まりましたね、なんて文脈で、「彼はキング・クリムゾンに入る前は単なるスタジオ・ミュージシャン(just a session man)でしたが…」と言ったら、フリップから「キミねえ、単なるじゃないよ(NOT JUST!)」って訂正されてしまいました。あわてて適切な表現で言い直したことは言うまでもありませんが、そんなつもりはこれっぽっちもなかったとはいえ、あの時の失礼で無神経なものの言い方は今でも思い出すと超赤面です。その数年後にリキッド・テンション・エクスペリメントのアルバムが出たタイミングでトニーに会った時には、こんな失敗はせず(だといいな)、見事なスキンヘッドを間近で見ながら(側頭部には毛根が残ってた)、各ミュージシャン/プロデューサーのチャップマン・スティックに対する反応の違いを訊きました。ピーター・ゲイブリエルのプロデューサー(ボブ・エズリン)は未知数のものがレコーディングで使用されるのを避けたいらしく、スティックには難色を示してたのだとか。ジョン・レノンは何と言ってたか…。テープが見つかったら聞き直してみます。



 ということで、今日は当ブログではお馴染み、マイク・ラゴーニャによる最新インタビューを紹介しましょう:




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